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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月11日

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さて、遊ぶ前に一仕事すっか……


 





「妹や弟によろしくね? タカさん」

 そう言って昼食の後、葉子さんに笑いながら送り出されたオレ達は、電車に揺られて、街の片隅にある施設に来ていた。雨の中だったが車を出せなかった。仕事の予定が混んで適当な空車がなく、賀川のもその日に限って車検に出していたからだ。

 ユキはバスや電車で森に行っているので、ずいぶん慣れた感じだった。楽しそうに外を眺め、俺達に笑いかける。行きは空いていたので、皆で座って目的の南うろな駅に降りて歩いた。

「ここは?」

「おめぇを引き取る時にぎょぎょに里親講習に出ろと言われてな、ここに来たんだ」

 そこは『ようごの やどり木 洞南園』と書かれていた。オレが引き取らなければ、ユキがお世話になったかもしれない場所だった。確か十八歳位までの子供が対象の施設だったはず。

 ユキはこぼれんばかりの笑顔で、そこの子供達を眺めている。賀川の方は少々複雑そうな顔をしていた。

「さっき、葉子さん、妹や弟をって言ってましたけど」

「……葉子さんはココの育ちなんだ」

「そ、そうだったのですか」

 親が居ない、あるいは理由合って育てられない子供達の家……賀川は何も言わず、傘を閉じる。三人で広間の様な遊戯室に入っていくと、ユキの白髪に一瞬驚いたようだったが、それも一瞬で変わらず元気な声が上がる。

「タカのおっちゃんだ!」

「遊びに来てくれた! タカタカだー」

「お帰りなさい、おっちゃん」

「おっちゃん、その人、誰?」

 あれからも暇があれば来ていたので、オレの事を覚えてる子供は多かった。

「うちの預かり子。娘のユキだ。言った通り、美人だろ。こっちは……」

「しってら、賀川のにーちゃんだ」

 ここで何故賀川がレインコートの下に、制服で来たのかがようやく分かる。運送屋の制服を着ている事での顔は広いんだな。慣れない感じながらも笑ってから、近くの男の子と会話しているのを目の端に捉える。

「遊んでくれに来たんだろ?」

「宿題は? 終わってない子とはダメって聞いたけど」

「学校から帰ってすぐ終わらせたよ! 一番賀川っ」

「おねーちゃんこっち」

「ええっと……」

「今日は遊べるの? 遊べるの? 今日は雨だからサッカーも野球も出来ないし、何する? おっちゃん」

「タカタカ! 戦いゴッコは?」

 ユキも賀川のも押され気味で遊びに誘われており、オレも連れて行かれそうになったが、

「おう、今日は用事が終わったらな。そっちが控えで、そこの廊下までが入っていい所だ」

「手伝いましょうか? 例の、ですよね?」

「いや、オレ一人で良い、すぐ済むだろうよ。それより賀川の、ユキを頼む」

 オレはその後、近くの職員に軽く挨拶して二人を残すと、閉じた傘をまた開き、今、通ってきた小さなグランドを横切り、職員の部屋に戻る。



「前田さん、この前は引き受けて下さりありがとうございました」

「いいや、よく働いてくれて助かるな。耳の穴はどうかして欲しいがよ? 今は個性って言うんだろうが見てるこっちが痛ぇよ」

 かつてこの施設でお世話になっていた子供を、こないだ二人ばかり雇い入れたのだ。その礼を言われて頭を掻く。

 やんちゃな奴らだが、辛くてきつい仕事をちゃんとやってくれている。

 容姿に難ありだが、若ぇ頃は何かしらあんなもんで、オレだってわかるような気はするんだ。だが、ああ言うのはいつか恥ずかしく思うもんだ。七十も八十もなって、鼻や耳に穴を開けてキラキラさせているのはどうも想像できねぇだろう?

 礼を言ってきた小さい婆ちゃんが施設長で、若い職員が段ボールを二つ抱えてくる。

「ここ置いておきますよ、施設長! じゃ、前田さん、後から来て下さい。昨日の夜から待ちわびて大変だった子もいるんですから」

 オレは小さく笑って返した。明るく過ごしている子は多いが、『親』が殆ど顔を見せないような子供、身内のいない子供はどこかやはり影がある。最初にココに来た時、今まで笑って遊んでいたのに、帰るとなった途端に『一緒にタカおじちゃんと帰るの、寝るの……』と縋ってきた子供の姿。更にその後ろに、それさえを言えずに黙り込む子供の影に泣かされちまった。

 オレが感慨にふけりながら、ソファーに座ると葉子さんの用意したお菓子を施設長に渡す。

「葉子さんが用意してくれたもんだ、皆で、と」

「ありがとうって言っておいてね。子供達が喜ぶわ」

 そう言いながら茶を出してくれる。本当は手作りを持たせたいがと葉子さんは笑っていた。気をつけて作っていても、もし食べて食中毒を起こしたりしては施設の方が困るのだという。だから精一杯、知る限りの美味しい菓子を詰めて俺に持たせていた。

 その気持は伝わるのだろう、施設長はその包みを見ながら、

「葉子ちゃん、昔は表情のない子でね。小学生の頃は居るかいないかわからないような子だったの。いつの間にか姐さんらしくなって。結婚した時はこれで幸せになれるだろうって思ったのに……」

 オレは茶を啜って答えを返さなかった。

 おんまの死がどれだけ彼女に影響を与えたか、それは計り知れなかった。母のいない寂しさは彼女が一番知っているだろうに、息子の高馬の親権は、おんまの身内が持って行った。ぎょぎょの働きもあって面会は何とか取り付けたが、難癖を付けて、許可されたのは十五年間で片手の数に満たない。騒げば高馬の立場が悪くなるからと葉子さんも諦め気味で。

 オレも数少ないその時には彼を可愛がったが、毟り取られた幸せはもう取り返せない。

 大きくなった彼女の息子が素直で、母である葉子さんを恨んでいないのだけが救いと言えた。

「で、これがその頃の面会者名簿ですよ、前田さん」

「けっこうあるな……おい……」

 それは古い帳面の束が入った箱だった。

「業者やボランティアの出入りも一緒に控えてあるから。葉子ちゃんは乳児院から流れて来て、ギリギリまで居ましたからね。頭のいい子だったから貰い手は幾つもあったけれど、まとまらなくて。ああ、彼女の実家が燃えたのはこの辺りの年で……お母さんが来てたのはこの辺り……」

 絞った何冊かが手渡される。オレはその中から葉子さんの母親の名を探そうとしていた。

「葉子さんは刀森だから……」

 そう呟くと、施設長は首を振った。

「覚えていないのだけど、お母さんは再婚したのか刀森ではなく、別の苗字だったのよ。下の名前は静子だったかしら」

「それだけじゃ捜せないか」

 暫く二人で捲っていくが、何名か同じ名、そして違う苗字の者が出てきた。後は施設長に記憶を辿ってもらうが、どうにもわからない。住所もあるからその焼けた場所を確認したいと思ったのだが。簡単に見つかると思って来て見たがどうにもうまくいかない。

 警察の事件に関する書類を閲覧させてもらうか、新聞記事を辿るか、オレより情報収集の上手いバッタにまかせた方が早かったな……そう思った時、施設長が呟く。

「そうだわ。最後に来た時、葉子ちゃんのお母さん、子供を連れて来ていたわ。その子が小さいのに、名前を自分で書けるって、この台紙に書いてくれたのよ。確か服装的に季節は秋頃で、葉子ちゃんがこのくらいの年で……ほとんどが大人の文字だから、ひらがなで書いてあるとなると探しやすい……」

 ぱらぱらっと捲り始める。オレもできるだけそのような文字を探し始める。暫くすると声が上がった。

「そうそう、これよ。変わった苗字だったから」

 静子、その名前の下にまだミミズを思わせる子供の文字があった。それでも読めた、その『苗字』と『名』にオレが目を見開いた時、部屋の扉が開いた。

「遊んでよぉ~おっちゃん」

「タカタカ~来てやったぞ」

「こら、今、お話中よ。それにココはノックして入るのよ」

「がははっはは、子供は元気が一番だ。オレなんかがそのくらいのコロぁー扉蹴破ってオヤジに何度修理させたかわかんねぇ」

「や、やっぱりやんちゃだったんですね、前田さん」

「はやくぅ~」

「助かった、施設長。じゃ、ちょっくら遊んで帰るか! おうおう、メモったから行くぞ! ほれ、悪ガキどもめー」




 オレは頭を切り替え、楽しくガキ達と遊び、夕方五時すぎて、施設を出た。




遥か昔の話ですが、ユキを引き取る前に講習と称してタカが来たのがココでした。

子供達に泣かされたタカ。

随分前に書いていたお話なのですが。しかしドラマでこういう施設の話があってる所にぶっこんで良いモノやら悪いモノやら。

とりあえずここは良心的のようです。

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