降雨中です
えっと、おかしいなっと。
オカシイな? って思うのです。
だって今日は雨。いやここ数日降っているんですよ? いえいえ、雨が降っているのがおかしいと言っているのではありません。天気だって崩れる事はあります。それくらいはわかっていますよ。
私が言っているのは直接天気をさしているのではなく、朝の食堂に何故毎日、清水先生が居るかって事です。それも仲良さそうなのです。賀川さんと。とても。
こないだ飲みに行ったと聞きました。そのせいもあるとは思いますが。仲良くしてはいけない訳ではないのですが、気になってます。
清水先生は司先生のお父様と『決闘』されるそうです。『決闘』って響きがかっこいいですけれど、大変みたいで。腕っぷしの強そうな町民の間を渡り歩いて、清水先生は『稽古』を付けてもらっているそうです。タカおじ様は強そうなので……空手をされているとの事を聞きつけてここに来ているのです。朝にぎょぎょのおじ様やバッタのおじ様もいる事が多い気がしますし。ぎょぎょのおじ様は剣道、バッタのおじ様は柔道が得意らしいです。
それできっと皆、清水先生の為に稽古をつけてあげているのかな、とは思うのですよ?
けれども、けれども、ですね、聞いた話だと駐車場で稽古はやっているらしいのですが。この所、天気は雨のハズ、なのに。皆濡れていないのです。大浴場の方を開けて入っている様なのですが、どう見ても稽古上がりって雰囲気の時に、泥汚れはないのです。葉子さんが洗うのですが、覗いていても洗濯物の山にそんな感じのモノは見当たりません。
駐車場は大型車がいっぱい。部分的に舗装はしてますが、稽古が出来そうなあいている場所は要らない土砂も積んであって。屋根も無くて雨続き。地面はドロドロなはずなのに。
何だか親しげに廊下を並んで歩いてるのも見たのです。清水先生と賀川さん。清水先生が疲れた感じなのはわかるのですが、何故賀川さんまでどことなくくたびれた感じなのでしょうか?
「いろいろ一体、何故でしょう?」
不思議に思い、隠れながら食堂を覗いていると、賀川さんと清水先生の会話が聞こえます。
「……で、どんな?」
「俺は彼女の腕は見てないんですけれど。ベルさんがおススメするくらいだからかなりじゃないかと思いますよ。日付は二十日ですか。非番だった気がするから少し覗けるかな」
「どうかな? 企業秘密らしいよ?」
そこでタカおじ様が風呂場の方からやって来て、私に気付き、背後から、
「おう、ユキ。何してやがる?」
「び、びっくりしました、タカおじ様。おはようございます。その。観察?」
更に清水先生と目があったので、出て行きます。
「おはようございます、清水先生。賀川さん」
「あ、ユキちゃんおはよう」
「おはよう、ユキさん。今日は早めだね。あ、清水先生、送りますよ?」
「いや、いいよ。ソウタ君の現場がここから出て、中学校に近いらしいんだ。そっちの車に乗るから。ま、ゆっくりして。ありがとう」
賀川さんと私を残して清水先生はお兄様の車に乗って仕事に行ってしまいます。
「ユキさんおはよう。食事どうぞ」
「お茶ね、おはようございますですわ」
そう言って葉子さんと冴ちゃんが賀川さんの近くに席を用意してくれたので、朝の挨拶とお礼を言ってから、
「あの、賀川さん、今ベル姉様の名前が出ていましたよね? 何だったのですか?」
少しだけ考えたような間があいて、
「清水先生が戦う予定なのは知っているよね。ベルさん強いから、ネットを通して清水先生を見ての指導をしているんだけれど。リズちゃんも強いらしいからネットを使って、清水先生とリズちゃん、二人の戦闘を見て今度指導する事になったんだってさ」
「そう、なんですか」
私は賀川さんからふんわりと石鹸の匂いがするのを感じます。
「な、何? 何か臭う?」
「か、賀川さんもお風呂に入ったのですか?」
「ん? ああ、寝汗をかいたから。この頃、清水先生の為に、朝、大風呂をあけてくれるから、俺もちょっと楽しみなんだ。銭湯みたいで」
「……何か清水先生の稽古のお手伝いとかしているのかと思いました」
「う、うんまぁ……」
「え? 賀川さんまで竹刀とか振り回しているのですか?」
心配になって私が彼の顔を覗き込むと。慌てたような感じで、
「お、お、俺はさ、ネットへの動画を調整とか、させてもらっているんだよ。それくらいしか手伝いできないからね。うん。そう、何か手伝いたいと思ってね」
「その気持はわかりますが、ココに赴任してきて半年くらいは司先生が清水先生を鍛えていたらしいのです。だから決闘なんかできるんですから、賀川さんは無茶してその稽古相手しようなんてしちゃダメですよ?」
「はは。ん、ああ。自分の『歩』はわかってるつもりだよ……手、放してくれる?」
言われて気付きました。私、賀川さんの手にいつの間にか自分の手を重ねていて……
「ご、ごめんなさい。だって、何だか痛そうな気がして」
「痛そう? それを言うなら、君の左手の方がまだ痛そうなんだけれど? そういえば俺、ベルさんから君の事を頼むって言われているんだ」
私は手を隠しておきます。これに付いて言われると本当に立つ瀬がないのです。誤魔化すように食事をいただきます。
「ベル姉様から? 電話でもしたのですか?」
「違うよ。ここを出る時に俺宛てに手紙を残してくれていてね。『妹を頼む』って。君にもしもの事があったら、君を俺に預けてくれたベルさんに顔向けできないよ。だからユキさんも無茶しないで。無論、君の事は言われるまでもなく好きだからね。それに俺は痛い事なんてしてないよ? 大丈夫。ネット用の動画のカメラを見てあげるくらいだよ」
「そうなんですか?」
この頃、賀川さんが優しいのはベル姉様からそういう手紙をもらったからもあったようです。それだけベル姉様が私に気をかけてくれた事がとてもうれしくて。それに紛らせるように好きと言ってくれた時に彼の表情が優しくて、それでいて照れたように視線を逸らすのです。
それに賀川さんは稽古自体に参加はしていないみたい。色々とホッとし、嬉しくながらも、
「でも何で駐車場でいろいろ稽古しているって聞いたのに、何故、雨の日まで清水先生来てるんでしょうか? 洗濯物に泥物は出てないって事は、稽古はなかったのですよね?」
「お、俺は良く知らないけれど? タカさん、その辺どうなんですか?」
「ごっ……きゅ、急に話を振るんじゃゴホゴホ……雨の日は、何だ、そのだな、つまり、座敷で柔軟とか基礎やってんだよ、まぁ色々あんだよ。気にすんなや、ユキ。清水の先生はきっと勝つからな」
「そうですよね。うろなの皆が応援してるんですものね」
「おうさ。それもこれは親子喧嘩だからな。成人しているとはいえ、最初に子供作った上に、挨拶もなしで入籍までした。もともとは義理を欠いた清水の先生に原因はあるわけだ。義理の父親の顔を立て、妻と子の為に決闘なんてものに律儀に臨んでやる先生の心意気には感心するがな。勝負の勝ち負けより、勝負をする事に意義があるんだ」
「何言ってるの、タカさん。貴方、若いうちに子供出来て。不義理は同じようなモノだったって聞いてるけど?」
「よ、葉子さん……」
慌てて罰悪そうにしているタカおじ様。葉子さんは笑います。
「そう言えば明日、行くんでしょ? お菓子を用意しておきますね?」
「ああ頼む」
「どこかに行くんですか? タカおじ様」
「ああ、一緒について来るか?」
「行って良いんですか? でもどこに?」
「それは着いてからの楽しみだ。……きっと奴らが喜ぶな」
「明日、俺、車を車検に出すから休みなんですよね。言ってた調べものですよね? 俺も付き合いましょうか」
「賀川の、お前ぇも来てくれるか。じゃ、明日は三人で、な。車はバンか軽があいてりゃいいが」
私達は外出の約束をし、それぞれ仕事に出て行ったので、私も食事を済ませると離れに戻ります。
「清水先生のお手伝い、私も何かしたいなぁ」
と、言っても戦いや稽古のお手伝いは出来ません。だから私は考えてみます。
『……これは親子喧嘩だからな。成人しているとはいえ、最初に子供作った上に、挨拶もなしで入籍までした。もともとは義理を欠いた清水の先生に原因はあるわけだ。義理の父親の顔を立て、妻と子の為に決闘なんてものに律儀に臨んでやる先生の心意気には感心するがな。勝負の勝ち負けより、勝負をする事に意義があるんだ……』
家族同士でも、家族同士だからこそ。他人が家族になるなら尚更。
言えない言葉、言いにくい言葉があると思うのです。それを出そうとする時、面と向かうと素直な言葉が出てこない。そんな時は……どうしたらいいでしょう?
私はふと、賀川さんがベル姉様に手紙をもらった話を思い出します。
「そっか、手紙とか、どうでしょう? ああ、それも長く、書かなきゃって構えると、難しいのかも。一番伝えたい事、伝わる事って、何でしょう?」
首を捻りながらも暫く考えて、小物入れから母とうろなに来た年に作った押し花を取り出して、台紙に貼り付けて行きます。
「いつ渡したらいいかな?」
そんな事を考えながら、私は『二つの小物』を仕上げたのでした。
YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』朝の清水先生。
ここでユキには『小物』作成させました。お届はお約束通りになります。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃんから頂いた手紙を。
お借りしてます。問題あればお知らせください。




