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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月4日

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続・飲会中です

想像と妄想。


ある意味リア充な二人かも知れません。


 




『可愛いなーお前は』

『ね、子供ってやっぱりかわいいのです。だって、私と……の、子ですから』



 まだそう言う関係でもないというのに、そんなの妄想してみた。

 うーん……その前段階を考えるより断然恥ずかしい気がするのは気のせいではないと思う。考えた事、無かったよな。

「何か顔、赤いよ。賀川君」

「えっ」

「そうだよねぇ。ユキちゃん、発育いいもんね。整体院の彼女程はないけど」

「ああああぁ……荷物を持って行った時に見かけた事ありますけれど、流石に目を引きますよね」

「俺は清楚な司さんも良いけれど、季節限定も捨てがたいんだよねぇ」

「そのまま維持する女性もいるらしいですよ?」

「それはそれで良いけれど、それだと前のを楽しむ期間が短かったのが口惜しい……」

 悩ましげに? そんな事を言いながら清水先生は焼き魚を箸で押さえたりしていた。そうしてから箸を入れたら、背中の骨が頭に引っ付いてスルリと抜ける。酢橘をかけて、綺麗に小骨も取って滑らかな箸さばきで食べて行くのに感心する。

 そこそこ箸は使える。だが根っから箸の国に育つのと、床に落ちた他人のパン屑を手づかみで喰っていた自分との違いをこんな所で感じてしまう。

「綺麗に食べますね?」

「そう? そんで、実際何処までいったの? まだ製造段階までは行ってないんだよね?」

「まあ、キス程度……って、製造とか言わないで下さい」

 飲み干したコップにビールを注いでくれようとしたけど、俺は遠慮した。代わりに清水先生のコップに注ぐ。それでビールがお終いだったので、注いだ杯を清水先生はすぐに空けて、日本酒を注文する。俺も飲み物はそれにロックで便乗し、山芋とチーズの鉄板焼きと焼き鳥の串を追加する。

「実はビールは苦手?」

「シュヴァルツビアの方がいいです。日本酒は良くわかりません。余り飲む事がなかったんで」

「へえ。美味いよ日本酒。今頼んだのは安いけど、いい味してるんだ。そう言えば、うろなに来る前はどこにいたんだい?」

「……さあ、遠くですね。三年くらい前に居たのはだいたい、ここらですよ?」

 俺はちょうど壁を飾っていた地図を、食べていた焼き鳥串で指す。

「え? 外国? 帰国子女なんだ?」

「そんな立派なのじゃないですよ。貧民街スラムっていったらいいかな。そこに居たんで」

「何だってまたそんな所に」

 必ずしも居たのはスラムじゃなかった。どこかの奥まった部屋に閉じ込められた時もあったし、砂漠や山に放り込まれて銃を握っていた事もあったっけ? 最後にいた性悪な店では、俺の命は風前の灯だった。薬に沈められて廃人になるのは、たった数秒で完了だし。よくもまあ、そういう対象にならなかったなと思う。

 流転し、死の際を走り抜けてきた時間を細かく説明する事は難しく、最下層に居た感じを示すのに、スラムの名が一番口にしやすかった。

 ただ、清水先生はそれなりに付き合いがあって、それを吹聴するような人間じゃないから言ったのだけれど。平和な日本でそんな所にいた事を知られるのは余り良い事ではない。

「どうしてあんな所に居たのでしょうね?」

「おいおい、どうしてって、そんな……そう言えば、警棒とか、制圧とか、たまに怖い事言うし。賀川君は変わっているよ」

「人生いろいろありますよ。清水先生ならそれを笑わないだろうなと思って。お、美味しそう」

 俺はちょうど運ばれてきた料理を小皿に分けて、清水先生に出す。

 一緒に来た丸い氷の入った酒をちびりとやる。清水先生はストレートの酒の匂いを嗅ぎながら、湯気で揺れる鰹節に醤油をさして茄子をつまんで口に入れた。

「秋茄子は嫁に喰わすなとか言うけど、司さんに食べさせたいよ」

「……好きな人と分かち合えれば、幸せですね。せっかくだし何かお持ち帰りしてあげると良いですよ」

 俺も同意しながら、豚と野菜の炒め物を口にする。

「毎日暖かい服を着て、満足に眠れて、美味しい物が食べられる。うろなの生活は幸せです」

「悟ってるねー賀川君」

「そうでもないですよ。最低限が満たされると他のモノが欲しくなりますよ」

「マズローだね」

 何の事かと思ったら、心理学らしかった。

 紙ナプキンに三角形を書いて欲求についての段階があるんだと説明される。今はこの三角が逆で、喰うモノも喰わずにやっと最後にそれが満たされるって考え方もあるんだと、教えてくれる。他にもいくつかそんな話を聞いて、そのわかりやすい説明と聞きやすい話し方に溜息をつく。

「あ、あんまり興味なかった?」

「いいえ、違うんです。その逆でとても面白かったです。そう言えば、心理学的に言うと、自傷行為ってどう対処したらいいんですかね?」

「ん? それは難しい問題だなぁ。口に出せない悩みに気付いて欲しくてやっているし、脳内麻薬に依存してる場合もあるし。とにかく話を聞いてあげないと。怒るのは厳禁だね」

 ユキさんの左掌の傷。

 あれが自傷行為だかはわからないけれど、ユキさんに怒るとまでは行かないが、言いくるめるような対応をしてしまったのは良くなかったようだ。あの後、突然姿が消えて、本人栗拾いに行っていただけだったけれど、本当に心から不安だったのだ。

 俺が考え込んでいるのを見て、清水先生が勘繰り出す。

「誰かそんな事をする人が身の回りに居る? そう言えば引っ越しの時、ユキちゃんの手に……」

 本人的には『水羽さん』という謎の人のせいだと言っていた。悩みに気付いてほしいとか、脳内麻薬の依存とか聞くと、流石にユキさんは違っていて、精神的な自傷とは思えない気がした。それとも何処にいるかもわからない『水羽さん』自体が人格分裂みたいな精神疾患なのか? そうなるともう素人の範疇じゃない。

 子供に接する事も多く、医療に詳しい清水先生に聞きたい気がしたが、そんな話をすれば梅原先生の方が出てきそうだ。だが妊婦の奥さんに心配かけるのは良くないだろうと、俺は首を振って、

「いや、ちょっと逸れた質問をしてもちゃんと返事が返って来るのかなと思っただけで。どうしたらそんなに滑らかに言葉が出てくるのかなっと。俺、そこで悩んでるんです」

「言葉?」

 話を振ると、彼らしく俺の心配をしてくれる。本当に良い先生だ。少し年が下だけれど、そんな風には思わせない。流石に梅原先生おくさんの様な貫禄はないけれど。親しみやすさとどこか優しい悪戯な視線は一緒に居る者を取り込んで巻き添える、どこか魔力めいた感じさえする。

「そう、会話のコツってあるんですか? 俺、テンパると日本語出て来なくなるんですよ。こないだアリスからキスされて、それをユキさんに見られて……」

「え? 二股! 別の女の子いるの!?」

 そう言われて全力で否定する。

「ち、違いますよ。昔の知り合いです。日系だけど外国人なので、キスってそんなに意味はないんですよ」

「おいおい。言葉がどうのとか言うより、ここ日本だから。それ、問題だろ? 言い訳した?」

 いえ、まだだし、何も触れてませんと言うと、早めに言い訳くらいしておいた方がいいと言われる。

「ユキちゃんとの会話かぁ」

 清水先生はエビやシイタケの天ぷらを、塩と日本酒でやりながら、

「彼女は芸術家アーティストだし、ほら感覚が特殊だから、まず彼女のペースを大事にした方が良いかな。何より話を聞いてやるのが一番だね、女はみんな喋るのが基本好きだよ」

「聞くのは良いんですけど、そこから聞きたい事には行けないんですよ」

「ただ聞くだけじゃダメだよ? どの辺りに興味を持っているかつぶさに確認。食いついた話題は後からでも調べておくくらいは基本だから」

 俺には無理……そう言って頭を抱えると、『清水先生がまあまあ難しく考えなくても』と、肩をポンポン叩く。



「司さんに聞いたけど、ピアノ弾けるんだって? その辺からまあデートにでも誘ったら?」

「ああ、今度弾く話はしてるんですよ。中学近くの喫茶にあるピアノを借りてるんですが。もっと良い所ないですかねぇ」

 清水先生が腕を組んで考える。

「学校にあるけど、部外者だし、雰囲気なら喫茶店の方がいいな。ああ、モールの式場にはあるか。後、ARIKAの皆が住んでいるホテルとかにないかな? ホテルなら……ね」

「酒が飲める年なら連れ込みもアリなんでしょうけどもね、清水先生……」

「ユキちゃんも女なんだから。ほら、さっきも言ったけど体格良いし、社会人だから。考えてあげなよ」

「体格っていうか、清水先生は『ロリ』って噂は本当ですか?」

「ここでその話題来る?」

「何となく。『マゾ』はホントですよね? 今の修行中の痛めつけられ方に耐えるって相当でしょう。でもロリの方は、好きになった司先生が童顔で小さいからで、本来の趣味がロリじゃないですよね?」

 マゾの方は否定してくれないんだ……酒を含みながら苦い顔をする。

「俺、ここに来てすぐ司さんと出会って、一人で素振りや型の練習をしている司さんの迫力や、その動きの美しさに惚れたんだよ。小さい、イコール可愛いって言うのはあったけど。そのギャップも、ね」

「ああ、一目惚れってありますよね。俺もユキさんの白髪には驚きました」



 凄いシーンだった。



 血染めに見える様な黒いジャージ。深い森の中。暗くて古い部屋に散らばる花の中、白髪の少女が息も絶え絶えに倒れてるなんて想像してなかった。



挿絵(By みてみん)



 水を含ませてやると、目が開き、その血の色を透かした赤い目と白い姿に俺は全部もって行かれて、あれから心が彼女にあって、離れない。タカさんの忠告なんて意味を成さなかった。彼女と唇を交わした時に契約でも結ばれたのじゃないかなって思うほどだ。

「ああそっか……俺、一目惚れじゃなかったですけどね。黒髪の彼女は知ってましたから」

「黒髪の娘が、白髪だったなんて、そこが初見だって言い切っていいと思うけど。ユキちゃんもまんざらじゃないんだろうし、応援してるよ。喋るのは苦手でも、しっかり、でも優しく包み込むように接してやれば、きっと大丈夫だ」

「大丈夫ですかね?」

「ん、たぶんな」

 急に他人事の口調になって、にやりと笑うと清水先生は酒を美味そうに飲んだ。



「ああ、ベルさんから『かけがえのない「妹」の事、よろしく頼む』なんて書かれた手紙貰ったんですよね。大丈夫かな、俺」

 俺は顔を渋くしながら酒を煽る。

「ん? ベルさん? まあ、何だか本当に色々と……凄い子だよね?」

 おかわりの杯を頼みながら俺は頷く。

 赤い髪をツインテールにした紅の少女、ベルさん。誤って車で跳ねた筈なのに傷一つなかった子。それより喜んでたよ、な。明らかに。

 ユキさんの事をとても好いてくれて、滞在中はボディガードを務めてくれた。彼女がうろなを去る日、海外から戻れなかった俺に、葉子さんに手紙を残してくれたのだ。






 玲へ。


 お前がこれを読んでいる頃、ベルは既にうろなを発っているだろう。

 お前がうろなを離れている間、色々な事があった。だが、ベルは約束通りお前の雪姫を守り切った。

 今ではあの子も元気を取り戻し、毎日を懸命に生きている。


 それと、ベルが帰った後の事はリズに任せてある。あいつはお前を警戒してはいるが、雪姫とお前の仲を想う気持ちは人一倍だ。何かあったら、あいつを頼れ。きっと力になってくれる。

 だが、あの子を守り、慈しみ、愛する事ができるのは玲だ。その事を忘れるなよ?


 最後に、ベルにとってかけがえのない「妹」の事、よろしく頼む。そして、必ず、幸せになるんだぞ。

 ベルは、いつでも二人の事を見守り、そして、心から二人の幸せを祈っている。


 いつの日か、また会おう。

 ベル・イグニス







 ……っと。

 彼女への『姉』としての気持ちがひしひし伝わってくる。

 ユキさんを任せたのはこっちであったのに、最後に俺の方が逆に任されてしまった。俺の本名は姉さんから聞いたのか……

 短い時間の滞在だった。何があったのかは知らない、俺が知るのはユキさんが付けたという左手の傷。俺の背中を押して、ユキさんの為に生きる覚悟を決めさせた事。

 時間的には短い、だがその間に培った物は大きく、それほどまでにユキさんが気になって仕方ないのだろう。文面に感じるのは静かな中の暖かい熱。だが何かユキさんにあったら、真っ先に俺が焼き殺されそうだ。

 ……いや、俺の幸せも見越した上での大きな言葉だ。俺が倒れなければ彼女の熱は大きく、俺をも庇護してくれる。リズさんは苦手だけれど、何かあれば間違いなく彼女の為に走ってくれるだろう。

 夏の朝、手合せで感じた熱さを思い出しながら、呟く。

「彼女、腕っぷしが半端ないんですよ。『ラッシー』を手に出来たのも、彼女の拳を交わした時に受けた『覚悟』から、なんですよね。彼女のアレはきっと『人外』の強さですよ」

「人外?」

「はい……でもそれは……きっと『ヒト』だからこそ、持てる……ヒトが持つべき力を越えた何か、を、感じたんですよ」

「ふぇ……強いと聞いて、ネットで指導受けてるから、戦闘のセンスは高いなと思うけれど。顔を見る限りはねぇ。今度後輩ちゃんの……」

「リズさんですか?」

「そう、稽古に来て貰うんだけれど、俄然やる気になったよ」

「それは……よかったですね」

 ゴスロリの赤い彼女を思い浮かべ、俺と清水先生は顔を見合わせ、それぞれの守るべき者の影を胸に酒を交わすのだった。



YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生。

司先生話題としてお借りしています。


綺羅ケンイチ様 『うろなの雪の里』より、星野先生。話題で。

小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、ホテル<ブルースカイ>の話題。

朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん、リズちゃん。


ベル姉様の手紙は急遽アッキ様の1月19日の話に合わせて書下ろしいただきました。

朝陽様、忙しい中、ユキと賀川の為に一筆いただき感謝いたします。

(ちなみに賀川はベル姉様の事は『ベルさん』と呼びます―一度書き直しいただいたのでメッセまでするのは気が引けて。もし気付いたらよろしくお願いいたします。細かい事ですが打ち合わせた上での敬称付になっております。立場が賀川の方が下↓笑)


問題ありましたらお知らせください。

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