飲会中です
ココで良いですか?
「あんまり飲みに行かないんだ、賀川君」
「ないですね、友達少ないんで、って言うか、居ないですね」
「ユキさんに出会う前には? 可愛い子に言い寄られたりとかは?」
「うーん、可愛いかはわからないし、言い寄られるって言うか、とにかく二回くらい飲み行くと、避けられて、付き合ってくれなくなるんですよね」
流石に俺の台詞へ返す言葉がなかったらしく、清水先生は笑った。
日本に帰って来てからは、冴姉さんがそう言う相手には、すぐに割って入っていたから……だが俺は知らない事。俺はきっと話や雰囲気がダメなんだろうなと、追おうともしなかった。
今日の飲み相手は清水 渉先生。
彼は中学校の先生、新任でうろなに来て、この町のいろんな事柄をいい方に向けて行く為に必要な『連携』を担当している立派な人だ。俺となんて飲んでる場合なのかなと問うと、『連携の担当になった全ては愛する彼の新妻、旧姓梅原 司先生をゲットするための工作がベースだったから』と、爽やかに彼は言い放った。
面白い人だ。
このくらい楽しい喋りが出来れば、一緒に居て、苦痛は感じない。
喋るのがどちらかと言うと『億劫』な俺にも答え易い話を振ってくるし、彼の話はどこか先が聞きたくなる。自分のペース、なんだろうけど、これはある種の才能だなと思う。
飲みに来た場所は『ほろろん♪』と言う名の、何処でもありそうな何の変哲もない飲み屋。場所は南うろな駅そば。清水先生の引っ越し先の方向からは離れるが、そこまで遠くない場所にある。伴侶が妊娠中だから、何かあったらすぐに駆けつけられる距離にした。
ここはコーポレートチェーンらしい。騒がしく、賑やかに店内を店員が注文を取りに来るが、多少騒いでも誰も気にしないので、喋る事がメインなら良いお店だ。
取り扱っているお酒の数も食事の品数も豊富で、安くて美味い。刺身なども侮れない程、新鮮だ。昼ランチは少し高めだが、刺身定食や海鮮丼がうまいとは仲間から聞いていた。なるほど夜も良い店である。
俺は手元のビールを啜った。
「それに酒入ると判断が狂う気がして、仕事が明日にある日は極力飲まないんですよ」
「お酒が嫌いなんじゃないよね? 賀川君」
「酒は楽しいんですけど。明日がちょっと、嫌になるだけです」
「それダメな大人じゃない?」
「ははは、清水先生は毎日鍛錬あるのに、飲んでいて大丈夫ですか?」
「明日は土曜だからね、補習授業が遅めなんだよ。朝練したら少し休んで学校に行けるから」
この所、清水先生は毎日いろんな所で『稽古』を付けてもらっている。全ては愛する妻と腹の中の子のため。義理のお父さんと『決闘』らしい。
その真剣さは目を見張るものがあって、俺もハッとする事がある。それも魚沼先生からの勧めで、『ラッシー』の練習台になってもらっていた。相手は普通の人だから骨を折ったり筋肉断絶を負わしたりしてはいけないから、適度な加減をしつつも、ギリギリの打撃を狙う。
それは微妙な緊張感と加減の中、俺に細かな操作性を練習させる為だとやっとわかってきた。ただ意識は何とか保てるが、まだ倒れてしまう。攻撃の度を越えると、清水先生が帰った後、タカさんの激しい鉄拳制裁が入る。あれ怖さに頑張ってるのもある。
「メデタイ事だけど、俺は『出来ちゃった』は避けなきゃな」
何となくついて出た言葉に清水先生は、
「はは、嫌味かな? まあユキちゃんを妊娠させたらタカさんが黙ってないだろうなあ? 俺の所より怖いんじゃない?」
「いえいえ、問答無用で日本刀はないと思いますよ?」
「タカさんなら重機で踏みつぶしてくるんじゃ?」
「はははは……冗談になってませんから。それに子供は……そう言う意味じゃなくて、俺は、正直『父親』は出来ないから」
「父親は出来るものじゃなくて、子供に学ばされていつの間にか『ならせてもらう』モノだと思うよ。俺もまだ新米だけれどもさ。子供は可愛いよ、中学生位になると生意気だし問題も抱えているけどね。自分の子供なんか、司さんのお腹にいるって知っただけで可愛くて仕方ないよ」
「子供は嫌いじゃないですが、自分の子供は要らないな」
その言葉に清水先生は意外そうだった。
「ユキちゃんを押し倒すんじゃなかったんだ?」
「何、未成年の女の子、押し倒すの勧めてるんですか? 先生として失格でしょう?」
「でも、そう言う事考えるだろ? 屋根が一緒なんだし」
「……頭の中じゃ、ですね、男ですから」
「ユキちゃんの事、本気なんだ?」
「ま、あ」
何者からも彼女を守る努力をするくらいには。宵乃宮が海外で俺を狙ってきたと言う事実。
きっと、俺を始末しユキさんをうろなから連れ去る計画が発動する日もそう遠くないと思う。
もし攫われたら、ユキさんは体を奪われて子を残し、『人柱』として殺される。子供を産む暇も与えられないかもしれないし、その時に俺は間違いなくここにはいない。そんな最悪のシナリオを頭から追い払う。
「ね、何度か見かけたのだけれど、葉子さんの賄いのお手伝いをしている可愛らしい女の子が居るよね? 噂に聞いたけど『賀川君の隠し子』ってホント?」
口にしたビールを吐きかけ、口を押える。
「情報のソースは兄さん達ですか? あれはね……」
姉さん、そう言いかけて言葉を止める。冴姉さんに『……あのね、あきらちゃん。私が姉だけど、見た目はあなたの方が大きいから、その呼び方はオカシイかと思いますわ』そう言われたのを思い出したからだ。
「で、アレは、何?」
「……ご想像にお任せします」
そう言うと、清水先生は、
「えーーーー何なんだよ。教えてくれてもいいと思うな? ド『つき合った』仲だろ?」
「何か頭の一文字抜けると誤解されそうなので止めて下さいよ。それから聞いていると思いますけれど、ユキさんは地下道場とか、俺が朝の鍛錬に出てるとか知りませんから。口を滑らさない様にお願いしますよ?」
「何で、ユキちゃんに隠すの?」
「時間帯的に彼女は寝ているから知らないし。感受性が高いので、殴るとか蹴るとか、激しいのはどうかと思って」
俺が趣味で体を鍛えているのだったら、それを告げただろうが。俺が鍛えるのは、ユキさんを狙う何者かの迎撃と、自分を守る事がユキさんを守る事に繋がる為、だ。
訓練をしている話をすれば、自ずと『巫女』のせいで俺が狙われると知るだろう。それで俺から離れて行ってしまうかもしれない。せっかく詰めた距離をここで離したくはなかったから。
「一応、駐車場でタカさんが単独で稽古を付けているって話にはしてますから。俺は関わっていない感じでお願いしますよ。それと清水先生が決闘を申し込まれた話を聞いたら、応援に行きたいって……」
「それは嬉しいな。しかし感受性ね……でも普通に剣道大会にも来てたし、そんなに抵抗なさそうだけどな」
複雑な事情を知らない清水先生は呟いた。
この時、もう少し頭を巡らせておけばよかったかもしれない。だが特別問題を感じていなかったので、俺は少し巻き戻して別の事を考える。
「……子供はユキさんだと思っていたけど……そっかユキさんの子供か」
ユキさんの子供はきっと可愛いだろう。
同じような白髪に赤い目なのだろうか? 母親の秋姫さんは黒髪だったから、綺麗な黒髪かも知れない。でもそれが自分の子だと言うのは、どうなのだろう? ユキさんが子供を産むって、誰かとそう言うコトに及ぶと言う話。他の男に触らせたくなんかはないけど、俺の子は要らないんだ。
アリサと付き合っていた時は若かったし、深くも考えた事はなかったけれど。ユキさんに対しては真剣すぎて、変な所で二の足を踏みそうな自分に気付く。妄想でなら突っ走って行けるのに。
「そう言う事は……したいけど、子供は勘弁です」
「悩まず、押し倒せば? なるようになるよ」
「そう言うもんですかね?」
「でも順序間違えると俺みたいになるけど」
「はは。とにかく子供はイヤなんですよね」
「イヤであって、嫌いじゃないんだ? 何でそんなに欲しくない?」
「俺はたぶん子供を大切にしないから」
すると酷く驚いたようにして、
「梅雨があんなに懐くぐらい世話したんだろう? 賀川君、子煩悩になると思うよ?」
「猫と子供を比べるのはどうかと思いますよ?」
「いやいや、猫だからこそ本能があるからね。人見知りなうちの子をあそこまで懐かせるってビックリしたよ?」
そう言いながら端末に写した梅雨ちゃんを見せてくれる。
「梅雨ちゃんだあ……本当にいつ見ても可愛いな。これ緑の目が綺麗に映ってる。ああ俺の服で作った座蒲団で遊んでますね。あ、あれ? こっちはなんか具合が悪い?」
「ん? ああ、それはこないだ予防接種を受けた日の夜だね、注射は嫌いみたいで翌朝までブルーな顔してるよ? ほら司さんに抱っこで寝るって甘えてさ」
「ああ、いいですね。それにこの顔。お腹空いてる時、この顔でコアーンって『ご飯コール』してました。懐かしいなぁ……あれ? 何ですか?」
画面ではなく、清水先生が俺の顔を見てニコニコしている。
「どう考えても『子供を大切にしない』人には俺には見えないけど? こう見えても人を見る力はあると思うんだけどな。司さんには及ばないけどさ。どうして『子供を大切にしない』なんて思う?」
「……子は親に似るって言いますから」
「…………もしかして、賀川君ち、暴力にでもあってた? それともネグレクト? 育児放棄ってやつ? それでも母親がいたんじゃ?」
「そ、そんなに深刻じゃないですよ?」
流石に『人攫いにあって、父親は交渉口を閉ざし、母は気が狂ったままに死にました。姉は俺に暴力で応えていましたが、今は子供の姿です』って酒の席でも口は出来ない。と、言うか冗談と思うだろう。
清水先生が言ったのと、俺の現実、どちらが深刻かは俺にはわからない。
苦笑で詳しくはスルーすると、清水先生は追求はせず、意味ありげに笑って、
「うちの所は学年がギリギリどちらになるか分かんないけど、同じ学年の子とか、近い学年だったら、司先生とユキさん、ママ友としてもいいんじゃない? 早く作っちゃえ」
俺は口に入れていたキノコのソテーを丸呑みにしてしまった。
「ちょ……俺の話聞いてました? それもユキさんは未成年……」
「でももう結婚は出来る年だし、きっと良いパパになると思うよ、賀川君」
何だかおちょくられている気もするけれど、どこか嬉しい言葉だった。誰かにそんな事、言って欲しかった気がする。
もし、良い父親になれるなら、良いなと願う。でも俺の手は血まみれで決して他人に誇れる人生ではない。それでも胸を張れるだろうか? そう思った。
長くなったので区切ります。
YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生。司先生と梅雨ちゃん、勝也氏、話題としてお借りしています。
問題ありましたらお知らせください。




