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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月1日

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158/531

収集中です

くりーくりくりーぃ





 籠いっぱいなのです。

 ほらほら見て下さい。

 ちょっと早いかなって思っていたけれど、けっこう豊作です。アトリエに居たコオロギが教えてくれたのです。西の山にいる栃の木近くにある栗が取り頃だって。途中であけびとザクロもどちらも二個いただきました。

「まだいっぱいあるので、森の子達や、次の拾い客さんの分も大丈夫です」

 今年は夏に凄い雨だったからどうかなって思っていたんですけれど。傾斜が凄いので足もとには気をつけないといけません。



 拾いながらさっき賀川さんが握ってくれた左手を眺めます。

 そう言えば夏に見かけた、バス停でキスしていた女性の事は何も聞けていません。聞きたいと思うけれど、無理して聞くのは違う気がして。だから黙っていました。ただ触れた肌の感覚だけが確かで、気持ちが良くて。

「とても、あたたかかったのです」

 優しくさわる賀川さんの手。少し無骨な男性の指に触れられて、どうしてかドキドキするのです。それなのに真剣な顔で説教するから。誤魔化したのに、母を想って沈んだ私を見て、髪を撫でてくれると、気持ちがいっぱいになって。何だかとてもとても恥ずかしかったのです。触れられる度に、大切にしたいんだと言う思いが私を包んで。




 名前さえ覚えていなかった彼に、会いたくて絵を描いていた……ココで冬を越した、それは一年くらい前の事なのに遠く感じます。その時は、会いたいという思いに気付いてなどいなかったけれど。ただの集配のお兄さん、で、きっとここ数か月の事がなければ今も気付きもしなかったでしょう。



 そんな彼の撫でる手に癒されている……だから、何か、返したくて。彼が喜んでくれる事がないかな、って思ってたら栗の事を知ったので。拾いに来たのです。

「賀川さん喜んでくれるかな? 葉子さんに栗ご飯にしてもらうのです。それとももっと美味しい食べ方があるでしょうか?」

 棘の鎧から割れて転げた、茶褐色の森の恵み。

 一回り小さな栃の実、どんぐりも幾つか拾います。栃の実を食べるにはアク抜きがとても大変なので、やるなら沢山集めてやらないと非効率かもしれません。虫を退治したら、どんぐりと栃の実はお部屋に飾ると可愛いかも。虫嫌いです。朝起きて見た時にウニウニしていたら卒倒しそうです。

 でも綺麗にしたならクリスマスリースを作ってもいいかもです。

 そう思った時、するりと少し先の茂みを何かが過ぎります。

「なにでしょう?」

 とってもよーく見るとそれはヘビさんでした。アオダイショウ、なのでしょうか? 赤い瞳と白い体の子なのです。



 仲間だっーーーー



 ちょっと近寄ってみたいけれど、とてもお腹が空いているようです。私は餌としては大きいと思います。大きさが良いなら餌になるっとことではありませんよ? でもヘビさんの食べるようなモノは何も持っていません。

「こんにちわ……」

 ヘビさんも、じいっと不思議そうな顔で一瞬私を見ましたが、食べ物にならないのが分かったのか溜息をつくようにして、茂みに消えて行きました。

 蛇に気を取られていた私は、自分の真後ろに居る人影に気付いてはいませんでした。その人影の後ろにすうっと別の影が覆いかぶさり、ヘビが獲物を飲み込む様にその存在を『消して』しまった事にも。

「雑魚なので『妹』に任せて放って置こうかと思いましたが、玲様が怒るんですよ。彼女に怪我させると。ま、この森で自由にさせる気もありませんがね」

 そう呟いた声が私に届く事もありませんでした。



 私はそんな事より、太陽の位置がだいぶ低くなっている事に気付きます。

「か、賀川さん!」

 すっかり時間を忘れていました。だって栗……

 携帯? ……それも忘れていました。家に置いて来ちゃってます。電波も届くか微妙ですけれど。

「たくさんありがとうなのです」



 いろんな樹にお礼を言って、急いで山から横に抜ける様に森のアトリエまで動きます。涼しくなった空気にひらりと蝶が舞って、私を迷わぬように導いてくれます。

 だいぶ日が落ちています。

 転げるように電車が森と山の隙間が縫う場所を抜け、賀川さんが待つ森の家に入ります。

「はあ、はぁ。た、ただいまです」

 家の中はだいぶ暗くなっているのに、電気もついていません。先に帰ってしまったの? そう思いましたが、電気と付けると土間に置いてある椅子、そしてテーブルに肘をついて指を組み、祈るような姿勢で丸くなったような姿勢でいる賀川さんを見つけました。寝ている? そう思ったのですが、彼は起きていました。

 その姿勢のまま、横に立った私に、ちらーっと視線を走らせると、すぐに逸らし、目をつぶってしまいます。怒らせてしまったでしょうか? 折角、この頃とても優しくしてくれていたのに。また、前みたいに彼が意地悪になったりしてしまうのはとても嫌だから、焦って言葉を紡ぎます。

「あの、怒ってますか? ごめんなさい。ケガの事で心配してもらったので。そのその、栗がですね、こないだのケーキで美味しくて。それで前から拾いたかったのもあるのですけれど。いえいえ、そうではなく、何かできる事がないかって。ほ、ほら、珍しいでしょ? これ栃の実にどんぐりはクヌギ、それにザクロの赤がとても綺麗ですよ。見て……」

「何でっ! 君はそうなんだ?」

 立ち上がると真剣な顔で彼は私の両肩を握ります。その手が少し震えていて。

「大丈夫だって聞いたけれど、心配で……本当は誰かに連れ去られたんじゃないかって」

 そのまま引き寄せる様にギュって抱きしめてくれて。籠が手から滑り落ちて、バラっと零れる実の音がします。でも賀川さんは気にもしていなくて。

「黙って一人でどこかに行かないで。お願いだ」

 差し迫ってくるような胸の苦しさは賀川さんが感じているみたい。それが体から伝わってきて切なくなります。

 幼い頃に攫われた事で、辛い目にあっているから、私が巫女として攫われたら良い事を想像しないのでしょう。今、私が居なかった、たった数時間でどれほど気を揉んでくれたのでしょうか。

「思いついたら行動してしまって。ご、ごめんなさい」

 色々、反省はしているのですよ、私だって。でも、栗のお話を聞いた途端に、どうしても自分だけで彼に取って来たかったのです。

「どうして誘ってくれなかった。言ってくれれば一緒に行くのに」

「だって、賀川さんを驚かせたくて」

「驚いたよっ! 驚いたさっ」

「ね、そうでしょ? こんなに栗が落ちてるなんてびっくりですよね?」

 そう言うと、賀川さんは体を放して、目をぱちくりさせます。

 そして一つ、溜息。 

「わかったよ」

「何がですか?」

「君は……やはり女神なんだろうね。気まぐれすぎるよ」

「な?」

「俺は君に勝てないって事。……さあ、早く帰ろう」

 彼は穏やかにそう言ってくれました。窓から射した黄色の光が、真っ黒な彼の瞳をちょうど射って、髪が金色にきらきらと不思議な色を見せました。



挿絵(By みてみん)



 その黄色が空から消え、夜を迎える前に山の恵みを抱えて、私達は森を出ました。


零崎虚識様『うろな町~僕らもここで暮らしてる~』より、アオダイショウの白蛇ちゃん、栃の木様お名前お借りいたしました。


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