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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月1日

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回想中です(9月28日辺り)


ラッシュに、音の訓練、集中に分散、基礎を更につけて……地味にやる事いっぱいな賀川。



 











 森の中を歩いていると、何日も重い装備を背負って、横になる事も無く行軍させられた日やら、タカさんとこの森を歩き、初めて白髪の彼女を見た日やらを思い出す。

 そう言えばあの頃は、色々が億劫で体が鈍っていて息を切らせた。

 あれからそんなに経たないというのに、昔のようで。俺の体はちょこちょこ不調もあったが、もう森を歩くぐらいで息を切らせたりはしなくなった。昔、いやそれ以上のコンデションを身に付けつつある。

 すべてユキさんの為に。俺は在りたいから。

「いろいろ、あったよな」

 俺は歩きながら手を握ったり閉じたりする。そうやって自分の気力のようなモノを溜めていく。別に手から何か出るわけではない。けれども『集中』を上手く操る事で、攻撃力は上がるモノだと魚沼先生が言うから時間があると、集中や分散の稽古をしている。

 トラックの中では音の訓練も続けている。



 そして先月二十五日の翌朝から。

 清水先生が司先生の父である勝也氏と、決闘と言う名の親子対決をするという事で、その体を鍛えるのに地下の道場にほぼ毎日やってきている。他の場所でも色々な人に教えを受けているという。



 その清水先生の特訓、三日目くらいだったろうか。

 朝から魚沼先生も来ていて、最初は剣道を主体に鍛錬を行った。よく聞けば、清水先生の対戦相手を魚沼先生はどうも知っているらしい。そして今回『一応は』剣道のスタイルを取った試合。だから、一時は剣に道を得ようとしていた魚沼先生の指導はタメになるのか、清水先生は特に真剣に教えを受けていた。

「俺の生ヌルイ攻撃が受けられんでどうする! 剣に生きたアイツの刀はこんなもんじゃなかったろう! もう休みかっ」

「いえっ! もう一本お願いします!」

「良い返事だっ」

 どう見ても生温くはない打ち込み。

 魚沼先生が本気で剣に歩み、体格も恵まれていたなら、きっとその道のどこかに名を残していただろう。いや、違う。体格は低めだからこその低い位置から攻撃や足回り。弱点を強みとしたその攻撃と防御、全てを自分に見合う様に流れを組んで編み出していた。だからこその強さ。

 俺も俺のスタイルを編み出すべきだという見本になる。

「なぁ、賀川のよ。剣道はあまり得意じゃないが、余所見させるほどこっちは温くねーぞ」

「うえ、勘弁してください。タカさん」

 姉さんが慕っている先生の強さの片鱗を目に止めながら、俺はタカさんに追い掛け回されるように竹刀を受けた。




「ね、賀川君、剣道は初めて?」

 訓練を終えて、両手で竹刀を握るのに慣れない俺に、清水先生は声をかけてきた。とにかく彼はココに赴任してから、司先生にしごかれていたとの事で、随分綺麗な所作を見せていた。

「マトモにやるのは初めてかも知れません。警棒の方がまだ良いんですよね」

「そんなモノ、使うの?」

 この道場の服装は皆バラバラだ。

 俺は私服のシャツにジーパンだし、清水先生や魚沼先生は剣道の胴着だ。タカさんや兄さん達は空手着や作務衣、俺のような私服も多いが、その日は剣道着を身に付けている人が多かった。

「スタンガンとか警棒は制圧の時に使うので、簡単な訓練は受けました」

「か、賀川君、制圧って……何?」

「あれ? 言葉間違っています? 鎮圧?」

「言葉の間違いじゃないようだけど、賀川君……」

「おい、賀川、日本では警棒を所持するのは合法だが、凶器を携帯していると軽犯罪法違反に問われる事もある、所持する場合は注意しろ」

「は、はい」

 いつの間にか後ろに居た魚沼先生の弁護士らしい言葉に、清水先生と俺が無駄に驚いていると、



「賀川、ラッシュの相手してもらえ。清水くんは油断するな。アイツは今から殺人が基本ベースの動きをする可能性がある。暴走した場合、ヘタすると大怪我を負うぞ」

「え?」

「清水の先生や、何かあれば賀川のは止めるつもりだが、俺も死にたかねぇから、気をつけろ」

「た、タカさんまでそんな事言いますか!?」

「俺は別に狂戦士バーサーカーじゃないですよ?」

「マーサーカー?」

「あ、いいです、タカさん。気にしないで下さい」



 俺も一応ガードを付ける。服の下には薄い布を巻いていたが。

 面をつけ直した清水先生に向き合いながら、俺は自分の手を見つめた。

「……この血で薄汚れた手で」

 その手が赤く、赤く染まっている様に見え、かつて手に受けた生温い他人の血を感じるほどに精神を高ぶらせる。

「それでも彼女の愛を勝ち取るために」

 戦うという『覚悟』、討たれる『覚悟』、そして、守るという『覚悟』。

 そこにいる今日の敵を見やる。

「賀川、目の前にいるのは敵は一人、だがこれは模擬である。ヤツはお前にとって『尊敬』に値する男だ。殺してくれるなよ?」

 俺は視線を上げる、そこには確かにユキさんを助けてくれた先生の姿があった。面の向こうの瞳が俺の変化をとらえて、驚きを見せる。

「ここここ殺すとか殺人とかって、ちょい冗談になってませんよ? 賀川君の目もマジやばくないですか?」

 魚沼先生の言葉はハッキリ聞き取れる。ソレ清水先生の声も。

 この状態に持って行くと、今まで音が曇っていた気がするが、今日は何故かはっきり聞こえる。



「全てを奪う覚悟を俺に……」



 そう言いながらニヤリと笑う。

 そうか、今までの敵は『何を言っても聞く気がない』相手や『聞いている余裕がないほど格上』相手だった。だが清水先生に俺は…………そう、ユキさんを助けてもらう時に見た行動に、深い尊敬の念があるからその存在や行動は無視できない。そして言葉を聞く余裕がないほど実力差がある相手ではない。

 尊敬と余裕のバランス。

 だからと言って守るべき者の為に、戦いを前にした清水先生も背水の陣。清水先生は俺の変化に驚きながらも、闘うとわかって纏った緊張感は本物だ。油断など出来ない。手加減は殺さない程度、だ。

「っ!」

 飛び掛かった俺を竹刀でいなそうとする清水先生。

 今までの俺だったらラッシュで竹刀を破壊して、尚且つ懐に飛び込んでいただろう。出されたモノすべてを考えなく破壊するかわりに、無駄も多かったと言えた。

 俺はポケットに入っていたモノを取り出し、鋭く突く。

「なにっ」

 清水先生は面の隙間から入りかけたソレを避けた為、竹刀の構えがおろそかになる。顔を覆う棒状部分に引っかかり、彼の動きで俺の手からソレは離れる。主武器でもないから別に構いはしない、怯んだ隙に飛び込んでラッシュを放つのが目的だ。至近距離に入ってしまうと清水先生の竹刀は邪魔になり、お互い拳による打撃戦にかわる。

 ただこれは俺の渾身のラッシュ、清水先生は防戦一方になるかに見えた。

 だが彼はやられっ放しでは終わらない。とにかく防戦しつつも、喰らいつくように、隙あらば反撃の機会を狙ってくる。でもなかなか手は出せないようだが、俺の拳は追えているようだ。チマチマと余りにしつこいので首の骨をへし折ってやろうかなどとチラと考えたが、彼が誰であるか考えると理性がちゃんと働いてそこまでの行動を差し止めてくれる。

「これでどうだっ」

 清水先生がいい突きを返してくるのを捉えながら、お互い覚悟の一撃で吹き飛ぶ。



「痛っ!」

「ぐっ」



 壁に叩きつけられて、脱力感から身動きが取れなくなる。

「何コレ、賀川君、急にこれは反則だよ」

 吹き飛んだ清水先生からの台詞に笑った。

 別に清水先生とお互い吹き飛んだ事を笑ったのではない、『ラッシー』を使ったにもかかわらず、意識が飛んでおらず、彼も衝動で殺していなかったからだ。

 体から力が抜けて倒れる所は変わっていなかったが。

 回りに居た兄さんに支えられながら起き上がると、ヨロヨロしながら清水先生が手にしたモノを差し出してくる。

「こんなモノ、攻撃に使うなんて驚くよ。輪ゴムでも驚いたのに。眼に入ったら失明するよ」

「避けると思ってましたし、怯ませるのが目的ですから」

 俺が清水先生の面に向かって突いたのは、会社の会議などで使う指示棒ポインターだった。

 ペンはナックルとして使うが、指示棒はペンよりもリーチが稼げるし、ボタンを押さないと引っ込まず、丈夫な金属で作ったカスタム品なので、目を突いたり、細くてもちょっとした警棒か鞭の代わりに使える。刃物でもないし、見た目でさっき魚沼先生が言ったような刑法に即引っかかる事もない。

「賀川の、ラッシーを使いながらも、姑息なやり口にも頭が回せる余裕が出来るとは。初回からすげぇ違いじゃないか」

「タカさん、褒められた気がしません」

「うぬ、いい感じだな。これからここでの鍛錬時は日一度、二人で拳を交わすと良いが、清水くんはそれで大丈夫か?」

「ええ、今回は初めてだったので驚いたけど、良い鍛錬になりそうです。こ、殺されないなら……鬼ごっこよりはマシかも知れません」

「鬼ごっこ?」

 それは楽しそうな子供のお遊びの名前ではなかっただろうか? 俺は首を傾げながらも、こうして正式に清水先生と言う練習相手を得たのだ。








「ユキさん、ただいま」

 異常がなかったので、小屋へ戻る。彼女のアトリエは何の変化もなく、そこにあった。黒髪の彼女に見送られた日を思い出しながら、そこに入る。

 集配の業者としてではなく、『ただいま』と入れる事の幸せを感じながら暢気に建物に入った俺。

「帰ったよ?」

 だが返事がない。

 俺はあわてて、靴を脱ぎ、土間を上がると二つ目の部屋に入る。そこで筆を振るっているはずの彼女が居ない。奥にも部屋はあるがそこに彼女は入らない。布団をめくってみるがそこにも居ない。

 もう涼しくなって夏にはイーゼルの近くで構えていたカマキリは居なくて、そこにはちんまりとしたコオロギが俺を見上げていた。

「ユキさん、どこいった?」

 虫から返事などあるはずがない。風呂場なども覗くが、どこにも気配を感じない。

 すうっと血の気が引くような脱力感に襲われた。あれだけ警戒していたのに、留守の間に誰かに連れ去られたのか、と。

 焦って家から飛び出そうとした所で、俺は足を止める。

「お久しぶりです。玲様」

そこには先程まで二人で座っていた椅子の一脚に見知った男が腰を掛けていたのだから。

「し、篠生か! お前、ゆ、ユキさんを知ってる?」

「大丈夫。ちょっとしたお出かけですよ」

 篠生の言葉に気が抜ける。俺が血相を変えているのが面白いのか、篠生が笑うので、軽く胸に突きを入れるように叩く。それがまたおかしかったのか、もともと細い目を更に糸のようにした。

「それより海外で怪我をしたとか」

「ああ、悪運が強くて生きているよ」

「丈夫で何よりです」

 くすくすと篠生が珍しく声を立てて笑う。俺は不機嫌に、

「それよりユキさんが何かあれば知らせろと言ってあるのに、ユキさん怪我したんなら、ちゃんと報告しろよ」

「抜田先生には事後報告しておきましたよ。まあ解決した後だったので、意味はなかったですけれど。それに彼女は『無事』でしょう? 人間なんて手足が体に付いてればいいでしょうに?」

「ちょ……お前の言う『無事』は無事に入ってない! 息していたらどんな状態でも無事って言うのは止めてくれ。頼む」

「わかりました、了解です。玲様」




 篠生 誠、俺はこいつの事を知っているようで知らない。

 仲介屋を名乗り、生きる意味を失くした俺に『玲様、ここからは他の人を救うために、生きませんか?』と言って俺を誘い、救ってくれた組織に売り込んでくれた。もし、その言葉がなかったら、早くダメになって、今頃精神科か監獄に放り込まれているか、命も無くなって、ユキさんに会えなかったかもしれない。

「で、ユキさん、どこに行ったんだ?」

「たぶん西の山に行ったと思います」

「な、何だって急にそんな所まで」

「それは彼女に聞けば良いのではないですか? ではそろそろ失礼します」

 すっと部屋を出て行こうとする篠生に、『とにかく一度飲みに出て下されば、彼女を狙うモノに付いてわかるかぎりでお答えします』と、言われていたのを思い出し、

「約束忘れていないよな?」

 そう言うと、

「貴方は『情報源』と会う筈です。近く、この地に来るようになっています。そして宝さがしに来るでしょうから。その時にでもまたお話ししましょう。今日は玲様の無事を確かめたかっただけです」

「待て、その情報源って……」

 そのまま立ち上がり、歩き去ろうとするが、俺が食い下がろうとした途端、

「良いですか、ここで巫女を待ちなさい。行くとすれ違いになりますから」

「それも仲介の一つ?」

「どうでしょうか。ではまた」

 そう言って俺の前から姿を消した。





YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生。司先生に梅原氏。

ラッシュ初日受けを書いてみました。もう各所で訓練を受け始めている感じにしましたが問題ない頃でしょうか? 『鬼ごっこ』は綺羅様の藤堂先生ですね。イメージにて使わせていただいております。


問題あればお知らせください。

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