夕食中です
どーれーにしよう、かな?
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
前に無白花ちゃんと来た事があったけれど、その時は具合が良くなくて食事も余り取れませんでしたが。今日は食べるのです。
そうやって意気込んできたお店の前で、今日の朝、水羽さんから届ける様に言われた無料券を森で下さった男性と、その券に名前があった星野と言う先生にお会いしました。葉子さんが藤堂君と呼んでいたので、やはりこの男性があの無料券のお店の藤堂先生のようです。
星野先生は私より『大きい』ので苦労してそうだなと思ったら、そちらからも視線があって。ニコッと感じよく笑われて、ちょっと恥ずかくて顔を伏せながら笑い返します。
葉子さんは朝に券を見た時に言っていたように、お知り合いだったようで店先で、少しお話していました。先生二人を見て、半分くらい茶化している感じでしたけど。
「ご注文お決まりになりましたら押してお呼び下さい」
そう言ってお水を出すと、物腰の柔らかそうな若い店主さんは厨房に入っていきます。お店はまだ空き席が多いです。
カウンターの向こう側に生クリームを絞っている女の子が居て、出来上がったモンブランが美味しそう。そろそろ秋だし、栗、今度拾いに行こうかな? そう思いながら注文するのを選びます。
そうしていると先程の男女が思ったより遅れて入ってきます。外で何か話してきたのでしょう。星野先生の方が葉子さんに会釈をしました。藤堂先生はソッポを向きましたが、
「同級生なんでしょ! もう、挨拶くらいちゃんとしないと。お客様になって下さるんだから」
「いいんだよ、よーこなんだから。星野ちゃん、君は本当に口喧しい……」
植木の影になってそれ以上はお互い見て取れなかったのですが、とても幸せそうな色が混じり合う二人だったと思います。
葉子さんは薄く笑いながら、
「かわいいわぁ、藤堂君も星野先生も……」
「あの、藤堂先生は葉子さん、同級生と言うと、同い年なのですか?」
「わかーく見えるでしょ、彼。でも全然年寄りなのよ」
「葉子姐さまもそんなにお年が上には見えませんわ」
「ありがとう、冴ちゃん。お世辞でも嬉しいわ。オーダー出すけれど決まった?」
ベルを鳴らすと、厨房の様子を見て、次はパティシエールさんの方がオーダーを取ってくれます。
「私は『鱈のポトフセット』、パンは全粒粉がいいのだけど」
「はい、ご用意できますよ?」
「おねがいしますね。それから。冴ちゃんは『オムライス』とショコラケー……」
「あ、『フォンダンショコラ』の方が良いですわ」
「じゃ、それで。ユキさんは『チーズ満載エビドリア』と、あの『モンブラン』もでしょ? 私も食べるから二つね?」
美味しそうと思って見ていたのに気付かれたようです。コックリと相槌を打ってから、
「それと『やまやま水菜と大根のサラダ』も、皆で分けて食べませんか?」
「そうね。後、飲み物は……」
エプロンが可愛いパティシエールさんがオーダーを繰り返すと、厨房に伝えてからまたクリームを絞ったり、材料をミキサーにかけたりと忙しそうです。
「そう言えば今日、藤堂君の無料券を渡すとか渡さないとか……」
「はい、弥彦お兄様に渡せました」
「あの五段のおべんとう、ひとりで食べるヒトが居るってほんとうなのですの?」
「あ、食べてるの、みました。美味しそうに、でも一瞬で無くなってました」
それを聞いて葉子さんは嬉しそうです。
「男の子がお腹いっぱい食べるのって見てて気持ちいいわ。ただ家計が問題だわね。それにしても弥彦君の満腹って顔を見たいわ」
初めて弥彦お兄様が来た日に『貴方! 次からの晩御飯は絶対に自分で用意して貰いますからね!』っと葉子さんは宣言していましたが、あれから何度か夕飯も食べに来たらしいのですが、本気で用意させた事などないとお兄様達に聞きました。葉子さん的にあの日まだ弥彦お兄様が満足して居ない顔をしていた事の方が不満だったらしく。
以降、来ると聞いた日は、お昼から盛大に料理を作る葉子さんの姿が台所にあったそうです。それでも完全に満腹と言う顔をまだ見た事がないので、葉子さんはそれを目指しているようです。
「もう五年も会ってないけれど、弥彦君見てると、どこかうちの子をどこか思い出すのよねぇ……」
葉子さんはそう大柄でも無いですが、息子さんは大きいのでしょうか? 見当が付きませんけれど。その話を聞きながら、
「そうやって、待っている、おかあさまがいるのは、しあわせですわ」
「冴ちゃんはお母さんの事を覚えているのですか?」
「えっと……おそうぎを出した気がします……母の、死に顔をあきらちゃんに見せたくなかった……そんな記憶がなんとなく……」
そう言いながら側にあった花瓶のカーネーションをボンヤリ眺めていました。
冴ちゃんの記憶はどこまでどうなっているかよくわかりません。
ただ、たまに悲しげになるのが気にかかります。けれどもすぐに笑って、
「葉子姐さんはおかあさまに似ている気がするのですわ」
「ふふ、私、娘も息子もたくさん欲しかったから、前田家に居る間はお母さんでも良いわよ?」
「え、ほんとう? 葉子お母さんって?」
「くすぐったいけれど。嬉しいわ」
こうやって見ていると、本当に母娘のように見えるから不思議です。
「お待たせいたしました。『鱈のポトフセット』と『全粒粉パン』、『オムライス』。『やまやま水菜と大根サラダ』と取り皿はこちらに」
「良い匂いね」
「パン、どうぞ葉子姐……葉子お母さん!」
「ありがとう、冴ちゃん」
「『チーズ満載エビドリア』はオーブンに入っているので、あと五分ほどお待ちください」
「じゃ、お二人は先に食べて良いですよ?」
オムライスは黄色が素敵で、ポトフもトロトロに煮込まれたキャベツが美味しそうですよ。
ドリアが来るまで水菜をとりわけ、しゃきしゃき食べます。ドレッシングがしつこくなくて、上に粒状にしてかけてあるパリパリのベーコンと玉ねぎ、クルトンに粉チーズが美味しいです。手間がかかってない様に見えて、見た目も美味しいバランスで盛られている一品だと思います。
「ユキちゃん、あーんして?」
冴ちゃんがそう言ってオムライスを載せて、スプーンを差し出してきます。その様子に笑う葉子さん。きっと物欲しそうな顔で見てしまったんでしょうね、私。
「食べない?」
スプーンを下げられる前にパクつくと、絶妙なふわふわ感のある卵とトマトソースが絡んで口の中が幸せです。
「美味しいです」
「ほんと、しんせんなたまごにトマトピューレのさんみが、とってもあっているわ」
冴ちゃん、何だか大人なコメントです。
少し待って出てきたドリアの一番大きなエビをスプーンに乗せて、ふうふうしてから、
「はい」
って、差し出すと、冴ちゃんが目を丸くして。
ちらっと葉子さんを冴ちゃんは見てから、何かを考えた後に口にしてくれました。そしてとてもとても小さく『ありがとう』という言葉を聞きました。
葉子さんは鱈をそっと口に入れて。煮込んで形の無くなる寸前の蕪を掬い、濁りのない黄金色のスープを一緒に食し、パンを浸してその味を楽しんでいました。
「こんなにスープは濁っていないのに、蕪やジャガイモは口で崩れる柔らかさで煮るって真似できないわ」
そんな事を言うので、今度来た時はポトフを頼んでみようかなっと思うのでした。
そうして甘すぎず、栗の味が活きたケーキをコーヒーと口にし終える頃には、お客さんで席がだいぶ埋まり、忙しい店内となっていました。
それでも少ない店員でお店を回しているみたいです。レジに店主さんが付いてくれます。
「君、無白花ちゃんと来た子だよね?」
無白花ちゃんはココでカレーを習ったと言っていました。だから店主さんと知り合いで、私の白髪は目立つからかな? 覚えてくれていたようです。
「こないだ来た時は余り食べていなかったから、その、心配していたんだけれど、今日は食べてくれてよかった」
「こいつ、自分の料理が不味かったんじゃないかって心配してたのよ?」
少し離れた所からパティシエールさんが突っ込んで居たので、私はあわてて、
「あの頃具合が悪くて、でもとてもとても美味しかったのです。今日は沢山食べました」
「心のあたたまる、やさしいしょくじでしたわ」
小学生サイズの冴ちゃんがそう言いながら伝票を差し出すので、店主さんは驚いたようにします。でもそれも一瞬で、ニッコリ返します。
葉子さんは財布を開けながら、声を潜め、
「ね、店主さん、藤堂君わかるかしら?」
「え、あ、それは……」
「あそこの伝票も支払は私が持つから、一緒にお願いね。藤堂君にはこっそり『おかーさんからの前祝』って言っといて? あの二人、それなりのゴールを迎えそうでしょ? ね?」
含み笑いで意図を察したのか、店主さんは笑ってそのように手配してくれたのでした。
綺羅ケンイチ様 『うろな町、六等星のビストロ』より、店主さんとパティシエールさん(葛西拓也さん・一条彩菜さん)
綺羅ケンイチ様 『うろなの雪の里』より、藤堂先生、星野先生。
妃羅様『うろな町 思議ノ石碑』より、無白花ちゃん
お借りしております。
問題あればおしらせ下さい。
『うろなの雪の里』は完結されましたね~
ココでも遅ればせながら『おめでとうございます』と言わせて下さいませ。
これからも宜しくお願いいたします。
やっと時間軸がここまで追いつけました……
しかし葉子が楽しそうです。




