続・検討中です
足りないモノは……
頭を下げる俺達。
その様子に溜息をつきながらも、カッパのような口が言葉を紡ぎ始めた。
「……目指す方向は投げ槍の考え方で良い。だがもっと基礎が欲しい。体力アップはもちろん、だ」
表情は渋いままだったが、魚沼先生がやっとアドバイスをくれ始めた。
「だが問題は練習相手だ」
「相手? だ」
「投げ槍の様に格上すぎる相手はまずダメだ。予想はしてるだろうが、こんな相手だと血が騒いでやってるうちに、お前が賀川を壊してしまうだろう。そうだな、まず賀川の殺傷形態ではなく、普通の状態で少し下か、同等の力の持ち主が良い。互いに高め合うようなのだとベストだな。だが相手はこいつが尊敬できて絶対蔑ろに出来ないような者。そして体格など近い者。そんな都合のいい感じの人材が用意できるか?」
「う……なんでそんな条件が良いんだよ? ぎょぎょ」
「こいつが限界までやるのは、自分を絞りつくさねば殺せないと思っているからだ。だが練習でそんな所までは求めてない。けれども強い技を身に付けたい……強くやれば良いのか、弱くやるべきなのか、そんな不安定な心境で、破壊的な技をやっていれば、精神がおかしくなって倒れるのも当たり前だ。実戦で長く持ったのは、練習と言う枷がなかったから、倒す事のみに集中し、長く、本当に出し切って倒れたんだと推測する。今の倒れ方とはわけが違う」
「……だから頭が狂わない程度の相手……同等か下くらいがいいのか」
言って置くが低ければいいってものじゃない、と付け加えつつ魚沼先生は、
「初めは徐々に、賀川も技に慣らす。だが伸びがない相手では停滞して、こいつも伸びない。伸びだけあっても尊敬もできないような相手では、錠前が外れた状態だと『誰』かも認識できなくなる。相手を殺しちまうかもしれない。練習ではそんなではダメだ。だからと言って体格差があっては組みにくいし、実践的には向かない……理由はこんな所か。その上で投げ槍の目指す所に向かってやればいい」
工務店の兄さんの誰かでやってくれる人はいないだろうか? 俺はそう思ったが、タカさんは否定的だった。同居人という認識や尊敬がないわけではないが、魚沼先生が求める所の『尊敬』を俺は持っていないらしい。
とりあえずそこで話は一度終えた。対人の訓練が一番いいらしい。だがそれが無理なら、何かそれ以外のモノを思案してみようと魚沼先生が言ってくれた。
地下から部屋に戻ると電話がかかって来て、夜番を回されたので、急遽会社に出る用意をする。
今日は葉子さんと姉さん、そしてユキさんは外食なので、おにぎりに味噌汁、作り置きの食品を各自で取って食べる形式になっていた。俺は会社に出がけにそれを食べようと一階に降りた所、何だか座敷が騒がしくなっていた。
「お願いします! 俺、一本取らないといけないんです。夫として、父親として!」
そこを覗くといつの間に来たのか中学の教師、清水 渉 先生がタカさんに頭を下げていた。頭をこすりつける様にして。その目が尋常ではない色を帯びていた。
傍ではそ知らぬ顔で、魚沼先生が今夜の夕食用のおにぎりをパクついている。
清水先生はこの頃その伴侶となった司先生と共に、ユキさんが森で倒れた時に助けてくれた命の恩人だ。それは俺にとっても大切な人と言う事であり、瀕死の人間の前ではなす術を持たない俺にとっては、羨ましく思う所が多い人だ。
お盆に二人がうろなを空けた時には、飼い猫の梅雨ちゃんを預かったり、引っ越しも手伝ったりで、俺的には仲良くさせてもらっている。
「清水先生や、頭を上げろって。うちは道場じゃないぞ?」
その件の結婚で、司先生側の父親から『決闘』を申し込まれたと言うのだ。決闘って響きが凄いな、などと笑っている段では清水先生的にはないらしい。
「いいえ、頷いてくれるまで。タカさんの稽古の合間で良いんです。稽古を付けてくれる約束が取り付けられるまではここを動きません! 相手は化物なんです! どんな苦しい鍛錬でも構いません!」
「おいおい。だいたいどこでココで練習をやってるなんて聞きつけてきたんだよ?」
そう言われた途端、水を得た魚の様に清水先生は目を輝かせた。
「確かに工務店の仕事は体力が必要ですが、そのタカさんの体格や年齢でその筋肉を維持しているとすれば、どこかのジムや道場に通っているハズなのに、その形跡がない。と、すれば家でではないかと思って聞いてみた所……」
「オメぇらっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
タカさんの怒声が家中に響く。
その声は特殊な『気合』のようで、大きいだけではない。聞くだけで体が吹き飛ぶ、魂を抉るのに近い衝撃が籠っていた。
俺はタカさんの呼気の音で、何かを察知して聴覚を絞ったので助かった。だが、そうでなければ痺れで暫く音が聞けなくなるほどの轟音。二階に居るはず兄さん達の部屋で何かがガタガタガタっと崩れる。どの兄さんかがタカさんの声だけで倒れたぞ……
側では変わらず涼しい顔でおにぎりとお茶で食事中の魚沼先生。清水先生は必至の形相でその怒声に耐えている。
「で、情報収集に、ココの連中に酒瓶を貢いだわけか」
「……はい」
タカさんは腕を組んで、顔を顰めている。怖すぎる。いつ相手を潰しにかかろうかという様な圧迫感に満ちていた。だが、
「で、化け物とは……お前の嫁の父親って言うのは強いのだな?」
可哀想に思ったのか、沈黙しているタカさんの代わりに、魚沼先生が水を向ける。
「つ、司さんの父親は全日本剣道選手権大会優勝経験者で、『梅原勝也』と言います。ある町で『梅原剣武道場』を開いていて……」
名前を聞いた辺りから、魚沼先生の咀嚼音が変わった。
僅かに眼鏡をズラし、タカさんの声で明らかにダメージを受けたであろう心を押さえつけ、そこで返事を待っている清水先生を見ていた。
タカさんは速達で送られてきた血付きの紙切れを見ている。たまに攫った子供の髪やら体のソレが入っている脅迫状は見た事があるけれど。
日本って決闘の時はそんな紙切れを送る風習があるんだな、知らなかった。
書かれていたのは、決闘開始日が十月二十七日日曜日で、場所は中学校の剣道場である事。
勝負は二時間で、清水先生が相手に『一撃』でも入れれば良いと言う。
方法は互いに剣道の防具を付けての何でもありとあった。
「どんな苦しい鍛錬でも構わないと言ったな?」
「ぎょぎょ?」
「魚沼先生?」
タカさんと清水先生が疑問詞を上げたが、魚沼先生は構っていない。食べかけのおにぎりをモゴモゴと、口の中でやりながら、清水先生を立たせたり腕を上げさせたりしながら、
「小梅……司、こましと嫁……なるほどな。……賀川、お前の練習相手が決まったぞ」
っと、魚沼先生は眼鏡をかけ直して静かにそう言った。
足りない『者』が見付かり、訓練は許された。
YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生。司先生に梅原氏。
9月24日に決闘が決まり、血判付の果たし状が速達で届いた…感じで話を進めました。
問題があればお知らせください。




