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ああ、俺……
「大丈夫か、賀川の」
俺は頬を叩かれて目を覚ます。
魚沼先生は弁護士で体格も小さくそんな風には見えないけれど、俺の『ラッシー』を軽くはねてしまった。
竹刀三本木刀一本叩き折って、最後の木刀一本は半壊状態だった。
その半壊した木刀を見ながら魚沼先生は溜息をついていた。
場合に寄ってはタカさんと抜田先生を二人まとめてねじ伏せる……眉唾かと思ったけれど。
腕が立つとは聞き及んでいたが、こんなに素早くて掴みにくい相手とは思っていなかった。喧嘩や勘ではない、何かもっと確実で確かな知識に裏打ちされた確信とそれに見合った実力。
結局、俺がぶっ倒れるのが先で、真面な一撃は入らないまま。
「もし魚沼先生レベルがユキさんを攫いに来たら、俺じゃ……」
弱音が口を突いて出る。
魚沼先生はぅぬ……っと、渋く唸るだけだ。
「どうだ、ぎょぎょ、見立ては」
こないだの傷もいい感じなので。
今日は午後からわざわざ時間を割いてもらって、俺が海外で身に付けた『ラッシー』が物にならないか魚沼先生に判断を仰いでもらっていた。午前中は何だかタカさん、南の倉庫に行ったとかで忙しかったらしい。
しかし魚沼先生に冴姉さんはベッタリだ。今日も一緒に居ると言ったが、葉子さんとユキさんが買い物に連れ出し、やっと作った暇。ただこんな事をするって、理由は話していないけれど。
魚沼先生どう考えているかわからないが、年端のいかない姿の姉さんが、おじいちゃんの域に近い男性とベタベタしているのは、どうも慣れない。
それでも冴姉さんは俺以外は昔から頭のいい同年齢の男子……は、通り過ぎて教授やら博士なんかにトキめいていた節があったので、変わっていないと言えば変わっていないのか。
実年齢を知っているとはいえ、小学生サイズの姉を信用して使ってくれている魚沼先生には感謝しなければならない立場だ。
冴姉さんの事を考えていたら、
「……置かれた状況に関係なく発動出来、適度な自我の維持が必要で。倒れるのは精神的なモノと俺は判断したんだが」
俺の技に何も言わない魚沼先生に痺れを切らしたようにタカさんが言った。
「これは使い物にならんな」
再び溜息の後、魚沼先生はにべもなくそう返す。
「おい、この破壊力だぞ? 何がダメなんだ?」
説明しなければわからないのか、そう言わんばかりに眼鏡をかける魚沼先生。
この眼鏡、目を矯正しているのではなく、逆に視力を落とすためらしい。見えないでいいものが日常生活でも見える、それを見ないための道具と聞いてさっき驚いたところだ。動体視力も半端ないようだ。そんないい目があれば戦うのに都合がいいだろうと思ったが、『お前の目はだいぶ鍛えられているし、常人を超える能力は制御に苦労するのはわかっているだろう?』と耳の辺りを指差して示す。
確かに俺の耳は常人を越えた音を拾って、盗聴器の存在を耳で捜せるほどだ。レディフィルドのおかげで絞れるようにはなったが、『嫌な音』を拾うという弱点もある。
ただ、俺の耳がそうであるといつの間に知ったかと言えば、前から薄々と言うから、魚沼先生の力量は明らかだった。
その男が『使い物』にならないと判断しているのに、タカさんはそこで折れはしない。それをわかっているので、魚沼先生も説明を始める。
「木刀を折る、それもこの短時間に二本。たぶん相当太い鉄パイプでも曲げる勢いだ」
「凄い力だろうが? 生かさねぇ手はねぇ」
「馬鹿か、投げ槍」
タカさんの言葉を一蹴する。
「って事を、力のある限り繰り返せば、確実に『腕』が折れる。人間の構造上、『出してはいけない力』だ。それでもこいつは目の前の敵が倒れるまで続けた。つまり俺が地面に倒れるフリ、地面に膝をつく瞬間までだ」
最後、どうやって自分が止まったのか記憶が薄くて覚えていなかったが、そういうことらしい。
「そんな針が振り切れるような力の使い方していたら、すぐにこいつは死に直行だ。布切れを巻いていたから骨はやってないはずだが。前の実戦では、それのおかげで生き延びたようだが、それはただの偶然にすぎぬ。それに意識が落ちた後にやられる可能性もあった。こいつが今ココに居る奇跡に感謝しろ」
始める前に魚沼先生の指示で、俺の腕や足には軽そうな布で出来た包帯のようなモノを巻いていた。これがなければどうやら腕や足の骨は逝っていたらしい。
「その布切れは御馬から貰った品だ。くれてやるから、まあ、地道に精進しろ」
「おんまさんって、葉子さんの旦那さんの? そんな大切なモノ受け取れないですよ?」
「俺にはもう無用だ」
そう言って去ろうとする魚沼先生の見立てにタカさんは不満そうだった。仕方なさそうに、
「人間の力と言うモノは、普段使われているのはごく僅かなモノだ。通常、錠前がかかっている。人間がいつも全力でやっていたら今の賀川の様に肉体の限界を上回った事をやってしまう。お前のラッシュは錠前を一時的に外し、開放する。それに俺達を相手にしているから自制をかけようと必死になりながらも、何とか勝とうともして、バランスが取れない。更に意識が落ちる一瞬はハッキリ言って俺を俺という認識さえ薄くなっている。練習で賀川を潰すぞ、こんな危険な技など無理して身に付ける価値はない」
そう言われてもタカさんは食い下がる。
「そんな事を言わずに、何か方法はないかよ? 既に紛いなりに身に付いたもんだ、このまま放置していても何かあった時には、迷わず賀川のは使うだろう。これで死んじまったらあの時対策してやればよかったって思わねーか? な、そうだろう?」
「そんな馬鹿ならサッサと死ねばいい」
「ぎょぎょ……オレは本気でそう言うほど冷たい男とは思ってねぇよ。何とかしてやりたいんだろうがよ? だからおんまの『布』をゆずってくれるんだろ? ただよ、それだけでなく、もうちいっと協力してやってくれや」
「……ぬ」
「こいつの気持ちはユキにある。ユキが普通の娘なら良い、だがあの子は『巫女』だ。誰よりも愛情に飢えているこいつが、ユキの『安全を守る』事だけに徹するのを何より憂いたのはお前だろう? 賀川は彼女を守り、自分も共に生きる覚悟を決めたんだ、だろ? 賀川の?」
「うぬ?」
魚沼先生の言葉とも取れない疑問詞に、俺は頷く。タカさんにハッキリは言っていないが俺の『覚悟』に気付いてくれていたらしい。玄関先で引っ付いてるの、みられたし、な。
「じゃ、なきゃオレだって危ない技を身に付けさせようとは思わねぇ。今からこいつに身に付けさせたいのは、ユキを守りながら自分も生き残る本物の守りと攻撃だ。今回のラッシーはそれに値するハズだ。こいつに力を貸してやってくれや、ぎょぎょ」
タカさんが頭を下げたのに俺は合わせた。
せっかく掴みかけた何か……いい方法はないのか?
綺羅ケンイチ様 『うろなの雪の里』二十六~七話でタカも介入、皆で事態収拾後、タカは裾野自宅に戻って……の頃で話が進んでおります。




