引越中です
一緒に行きませんか?
南うろな駅歩いて3分。
駐車場・庭付きの平屋の一軒家。
司先生と清水先生、生まれてくる双子ちゃんと猫の梅雨ちゃんのお家。
二人の勤務先の中学校も、通いやすい場所。
「冴ちゃんもついてくる? 賀川さんもいますよ?」
「ううん。わたしは魚沼様とホウテイに行くの。今日さいばんの、さいこうさいはんけつでね、かならず勝つっていってるの。みとどけないといけないから。かえりはおそいわ」
「そ、そう……」
どうやって説明するかはあるけれど、先生達に冴ちゃんを会わせておこうと思ったのにフラれました。
三日間、引っ越しのお手伝いしてるけど、一度も誘うのに成功しなかったなぁっと思いながら、彼女の背中を見送ります。
冴ちゃん、魚沼先生と居ると楽しいみたいです。こないだは道端で、コロッケを手づかみで食べたと大興奮でしたが。
お引越し。
初日はみんなで段ボール詰や梱包。
小林先生夫妻とご一緒しました。
何故かみんな頭や服に尻尾や耳やら付けられましたけど。
「おい、これを付けて何の意味がある?」
ウサ耳を付けられた司先生が聞くと、果穂先生が、
「雰囲気大切よー楽しく行きましょう!」
「楽しくぅー」
「ちゃのしく!」
っと、子供ちゃん二人が狐耳と大きなふさふさ尻尾を揺らして言いました。
「ユキちゃんはこれー、絶対バザーでの服に似合うから。ハロウィンとかクリスマスにどう?」
そう言って私に貸してくれたのは猫耳猫尻尾。
「何がドウなんだ?」
って、司先生に果穂先生は言われていて。
「どうなんでしょう? ね?」
そう言って賀川さんに話を振ると、目を泳がせます。
賀川さんは隣にいた清水先生に背中をポンポン叩かれてました。段ボールを広げていた小林先生も笑っていて、そんな三人は犬耳付きでした。
二日目はとても大量の『賀川』さんが来て、うちの賀川さんが何処に行ったか分からなくなるという、有志賀川軍団が結成されて。両先生の家からの移送をしました。別名賀川さんを探せ……
「えっと、賀川さんは?」
「どの賀川?」
そう聞かれて困ったのは、賀川さんに秘密。
どうやら賀川さんは『うろなの賀川』で通じるようです。でもたまにヘルプさんとか入る時は『うろなの一番賀川』と言われて、でも二番は居なくて、三番と四番はいるそうです。
そして今日、最終日は工務店のお兄様達が家電の設置に配線、後は皆で荷ほどきです。
私は主に寝室やクローゼットで作業しました。
その後は台所を。
早めに大方片付いたので解散しましたが、私と賀川さんだけ最後まで残りました。
可愛らしいデザインのマタニティウェアの司先生に、
「司せんせー、あと片付けるのって何ですかね? 小林先生が途中で買い出しに行ってくれたものは大体冷蔵庫と食材スペースにしまっておきましたけど」
「ユキ、ありがとうな。それにしてもそのTシャツとジーパン姿も中々似合ってるな」
そう言って褒めてもらいました。けど、その続きでお互いの胸回りの話になって。
「もー、先生ったらーー」
何て言いながら、キッチンにしまった場所を言っておきます。
「そっちが調味料で、こっちには爪楊枝や……」
「で、何があったんだ?」
司先生が優しく笑って私の顔を覗き込んできます。
「……ベル姉様が居る頃、胸を揉まれて……」
「いや、ユキ。胸の大きくなった理由でなくて。今はだいぶ良いようだが、何かあったのか?」
私は少し考えてから、
「賀川さん、この頃、うろなを離れていたんですけど」
「……賀川か。そういえば暫く三番賀川君ばかりが集配していた」
「研修だ、そうです。で。その前に……一緒に花火して、ピアノを弾いてもらいました」
「ぴ? ピアノ? だと?」
「はい、すごく上手なんです。中学校の近くにある喫茶店のピアノを借りて弾いてくれて」
「喫茶店、か? たぶんクラージュか。ピアノなんかあったかな?」
「少し奥にあるんです。で、醤油はここです。台所の網とか、小さいのはココ」
司先生が頷くのを見ながら、冴ちゃんが教えてくれる昔の賀川さんの姿を思い浮かべます。
いつもにこにこしていて競争が苦手で、ピアノの発表会では争う事を嫌って受賞を辞退する事も度々だったとか。彼の優しさは少し変わっていて、ある意味頑固で複雑で。とっても小さい頃からわかりにくい性格なのだと冴ちゃんは笑っていました。
「賀川さん、ピアニスト目指すほど、ピアノが上手だったそうです。お家も裕福で」
「ほう、ピアニスト……意外な家庭環境だな。もっとこう……暗い感じかと思っていた」
「でも」
海外で行方不明、八年間……軽く言えなくて、黙ってしまいます。
攫われ傷つけられた賀川さんの姿に狂った母親、その側で理解してくれない父親と過ごした冴ちゃん。そんな話、私が人に軽く言って良い事とは思えなくて。
言える事だけにしてしまうと、賀川さんは何の不自由もない普通の人どころか、恵まれている人にしか聞こえません。
「……破産で一家離散とか、母親違いでいじめられたとか、何かあったんだな?」
それでも私の表情で、何かを嗅ぎつけたらしく……流石に何があったのかまではわからない様子でしたが、司先生の言葉に頷きます。
「何があったのか、は、ユキの口から私が聞ける事ではない。それにお前自身も直にはまだ聞いていないのだな? 違うか?」
「はい。まだ彼の口からは何も。タカおじ様達は話す気になったら聞いてやれと言ってました。でもどうやったらそんな事聞けるでしょう?」
暗い場所に居たのに、ただ笑っている彼。笑って欲しいと願ったけれど、それが果たされてから、その笑顔の下にある素顔がとても痛そうで、私は戸惑っていました。
だから司先生に聞いてみます。
「酷い事された過去なんて、どんな顔して聞けばいいんでしょう? 私自身も冷静に聞けない程、本当に酷い……」
ベル姉さまが呪いを解いてくれた時に、冴ちゃんの心の中のようなのを覗いた……
笑って狂うお母様。
泣きながらビデオに喰いつく冴ちゃん。
救ってはやれないと言うお父様の声……
助けてと力なく呟く画面の向こう側にいた賀川さんの声は日本語でもなく、今の男性の低い声ではなく、とても可愛らしい男の子のモノで。
本当は笑って過ごすはずの五歳の少年があげる悲鳴は、今も賀川さんの中に生きていて、血を流したままで居るようで。
「賀川がどんな目にあったかは知らない」
司先生はゆっくり椅子に座り、お腹を撫でながら、
「私はこうしていると子どもの声が聞こえる気がする。あったかい、何かを感じる。ユキ、お前は賀川と居てあたたかいのだろう? 私も渉と居るとあたたかい。そこに会話や行動があるかはまた別の事だ。あたたかい事を知れば自ずと口も緩み、きっと辛い事も穏やかに語ってくれるだろう。いや、沈黙は語る以上に大切な時間と気付くだろう」
「でもずっと黙っているのはいけないですよね? 言わなきゃダメですよね? 色々言えない事が私にもあります……」
そう言うと司先生は微笑んでから、
「確かに付きあって行くのにお互いの過去を知り、語るのは大切だ。だが全てを知らなければ、語らなければならないと言う事はないんだぞ、ユキ」
「え?」
「雄弁は銀、沈黙は金……まだ沈黙が大切だと気付かないなら、お前には賀川とあたたかさを感じる時間がまだまだ要ると言う事だ。そしてお前があたたかいと感じているなら、賀川もあたたかさを感じているはずだ。心を通わせる事。語る事や知る事が全てではない」
「沈黙は金……」
「そうだ。沈黙とは心を通わせる事。それが一番だ。とにかく焦るな」
心を通わせる事。語る事や知る事が全てではない……そうかもしれません。
私が頷くと、司先生は隣に座った私の白い髪を愛しそうに撫で、ふふふと笑います。
「どうかしましたか?」
「いや、なんだ……私は夏休みの時分、元気が無く心配していたんだ。だからユキの事を聞こうと思ったのだが」
「それは……もう、大丈夫です」
いろいろ悩む事はあるけれど。ベル姉様やリズちゃん、汐ちゃんのくれた言葉や石の助けを借りて乗り越え、今ここに在れる事に感謝します。
「そうか。私はお前自身も何か辛い事があったのだろうから、それを聞こうと思ったのだが。何よりまず賀川の心配が先なんだな」
にやっと笑われて、私は焦ります。
「だだだだだって、賀川さん、私が知らない女の人と…………キ……キス……はぅ」
焦りを隠そうと余計な事を口走ってしまいました。
「ほう? 賀川め、ユキと言う者がありながら、不届きな……」
「ああああっでも、その後帰って来てからすぐに抱きしめてくれて。私も好きだって言って、いろいろ言葉が足りなくて、もう何も出てこなくて、何かキスしちゃったし…………あれ? 私、変な事言ってます?????」
「私も好きだって言って? ………………告白にキスか。そりゃ、ユキにしては大胆な」
司先生が驚いています。
「それに、一つ聞きたいんですけれど」
「何だ?」
「今からでも、武道をやったら強くなれますか?」
「はい?」
どうしてそんな話になるんだと首を捻る司先生。
「ちょっと変なヒトに付きまとわれて、その時はベル姉様やリズちゃん、お友達が追い払ってくれたんですけれど」
「それで護身術的にという事か? ユキが? うーん……賀川もいるし、工務店連中は強いだろう? タカさんなんかまともに組みたくないと私でも思うぞ?」
タカおじ様や賀川さん達が。例え強かったとしても追い払えるレベルでしょうか? それを言うなら今から私が武道に励んだ所で同じことが言える事に気付き、項垂れます。
でもそれを告げるとそれほどの相手に狙われていると言っているようなもの。妊婦の先生に余り心配させるわけにはいきません。軽く、
「賀川さん達が怪我をしたりしないか心配で」
その台詞を聞いた途端、司先生は微笑みを宿して、
「やっぱり賀川の心配か? ユキ」
「え、あ、その」
「はははっ……あいつの拳を見る限り……そう弱くはないと思うのだが。直で見た事ないから断言はできんな。その辺はまた今度、ショッピング&ランチの時に、更にゆーっくり聞かせてもらおうか。とにかく賀川が好き、なんだな?」
「……はい」
「ふふふ、今日は助かったし、いい話も聞けた。ユキが幸せなら私も嬉しい……お?」
司先生がお腹を少し押さえます。
「何かお腹がむずっと……泡立った感じがするな?」
「もしかすると赤ちゃんがくすぐっているのかも知れませんね」
「胎動を感じるのはまだ先なのだがな。もしかすると二人だから狭いのかもしれん」
そんな話をしていると、向こうで清水先生の声が聞こえます。顔を見合わせそちらに行ってみると、
「ほら、梅雨。賀川君、帰るんだから、な、降りようよ」
「なっ!」
短く鳴く梅雨ちゃんは賀川さんの膝の上を占拠して降りようとしません。降ろそうとすると器用に爪を引っかけているようです。賀川さんが撫でてそっと離れようとしますが、それもダメなよう。
おろおろする清水先生に、つーんとする梅雨ちゃん。
「ああ、長女にあんな感じだと、双子が大きくなったらどうなるんだ? ほら、梅雨。そろそろご飯の時間だし、賀川も飯に帰してやらないと。又遊びに来てくれるよ、な!」
「え? ええええええっともちろん、来ていいならまた来るよ? 梅雨ちゃん」
ご飯と言う単語やまた来ると言う言葉にどうも心動いたのか、梅雨ちゃんは緑の目でじっと賀川さんと司先生を交互に見つめます。
「そうだ。そう言えばそこの荷物取ってくれる? ユキさん」
「はい?」
いつぞや見覚えのある鞄から、一枚の布切れを賀川さんが取り出します。
「葉子さんからのお土産。俺の古いシャツで作った座蒲団。毛もつくし、前のはそろそろ汚れてるだろうからって」
「よし、ほら、梅雨。良い物貰ったぞ。お前が使わないなら私が先に座蒲団に……」
「なあーん」
司先生がワザとに意地悪く座ろうとすると、梅雨ちゃんは賀川さんの膝からやっと降ります。それを敷いたソファーに陣取って嬉しそうにそこに丸くなりゴロゴロしたり、袖口に入り込む梅雨ちゃん。
「ま、こんな風だから、梅雨の為にも二人で遊びに来てくれ」
そう言って司先生は笑ってくれるのでした。
この後。
清水先生は謎の人物に襲われ。
さらに後日、その人物に決闘を申し込まれる運びになるなど、誰も想像せず。
私は司先生の言ってくれた、『心を通わせる事。語る事や知る事が全てではない……』それを考えながら。賀川さんが少しでも心地良い気分でいる事を願いながら、一緒に帰宅したのでした。
いつかお互いが自然に話せる時まで待とうと。
ですがそれと同時に、その時間を待つ間に、変なヒトに賀川さんが傷つけられたりしないか不安になるのでした。
YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生、司先生、梅雨ちゃん。小林先生家族四人。お引越しとリンク。
お借りしています。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん、リズちゃん
妃羅様『うろな町 思議ノ石碑』より、無白花ちゃん、斬無斗君
三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より、小角様
話題として名前や雰囲気をお借りしております。
司先生の言葉で、一つ問題が片付きました。
ですが、微妙にネジはかみ合わないまま。
時間はそっと流れて行きます。




