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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
9月15日

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諜報中です(謎の配達人)

 







 刀森……代々、宵乃宮の巫女を人柱まで育ててきた女達の名簿に、葉子さんの苗字と同じくする女性の名があった。それなりに珍しい苗字だから、赤の他人ではないだろうが、結局彼女は何も知らないようだった。俺が見たのは戦中の記録だ、覚えられていないのが当然だろう。

 前から結構な頻度で届く彼女宛の小包の差出人、『土御門 高馬』という名を見ても、息子とは思わなかった事がある。それはソコにかかれている葉子さんが刀森という苗字だったからだ。

「情報として有益だったのは、刀森は『刀を守る』と本来書くということ、か」

 宵乃宮は水滝の神を崇めていたが、御神体は『刀』であったと聞く。巫女を人柱として殺すようになるその刀、赤い刀。名前からしてそれを守っていた一族であろうことは察せた。

 白き巫女が穢される前に彼女を守った者が殺されたという記述がある。それが『刀守』……刀と巫女を守っていた者達。

 だが宵乃宮に押し流される形で巫女を人柱にする役目を担い、いつしか名前も刀森と音だけ残して飲み込まれていったのだろう。戦後から衰退し、最後に火事によって消え、生き残りは葉子さんのような自分をそれとも知らない人物だけ。

 この際とタカさんは冴姉さんを外させると、ユキさんが巫女と呼ばれる存在で、命を狙われている事や、俺はちょっと『変わった』場所で育ち、それ故に戦闘経験もそこそこあり、今は気持ちをこめてユキさんを守っていきたい事を葉子さんに告げた。

「また詳しくは話すが……」

「とにかく私の祖先がユキさんの家の女性を苦しめたなんて、恥ずかしい話だけれど。私はそんな事はしないし、賀川君も辛いトコを耐えてよく生きたわね。偉いわ」

 そう返す彼女は心底強く、その言葉に偽りはなく、信頼のおける女性だと思った。



「さ、食べて」

「いただきます」

 兄さん達も揃い出して、食事を出し始めた頃、葉子さんの目にもう涙はなかった。ただ優しく差し出された山盛りの白ご飯に愛情を感じる。

「あきらちゃん、私が買って来た豆腐のお味噌汁もどうぞ」

言いつけられた朝の豆腐の買い出しから戻った冴姉さんの、小さな手から差し出される汁椀を受け取ると、

「玲。もう、とても自然に笑えるんですわね」

「え?」

「いいの、食べて」

 怪訝に思いながら箸を進める。食事をしながら俺は考える。



 うちにあった『レプリカ』は行く方知れずだ。

 俺もこの写真を見るまで、知っている事を忘れていたのだが。

 俺が家に居たのは五歳まで。その間に見たのだろうが、一体いつ見たのかも良くわからない。でも俺が切り捨てられる理由となった赤いネジと赤い刀のレプリカ、そして宵乃宮の刀の色が同じであった事が、『俺』の無駄で冷たい地獄の地下生活に何か運命のような、意図的なモノを感じたのは確かだ。



 『レプリカ』の行方は姉さんに聞けばわかりそうだが、当人と名乗る少女は俺が攫われたころからの記憶が曖昧と聞いている。写真を見せたら、混乱させるかもしれない。だから今は止めておいた。

「なに? 冴姉さん?」

 件の冴姉さんが汁椀を渡した後、そのままちょこんと座って、俺のご飯を食べる姿を嬉しそうに見ている。

 ……って言うか、本当に姉さんなのか、俺にはよくわからない。大人が子供になるとか、映画かアニメの世界だけのハズ。だが、耳に入る彼女の声は間違いなく俺の覚えている『姉』の昔の声と一致するから、……本物なのだろう。

 もうそろそろ、どういうトリックか、誰か俺に教えて欲しい。

「おいしそうに食べるのねって……それから、あのね、あきらちゃん。私が姉だけど、見た目はあなたの方が大きいから、その呼び方はオカシイかと思いますわ」

 でも、ならば何と呼べばいいのだろう? 返す言葉に詰まった俺に姉さんは、とてもとても昔、してくれたのと同じように、そっと肩を撫でて、

「そうね、そうね。別にほかの誰がどう思っても、アナタは私の弟だもの。なにも困らなくていいわ」

 クルリと台所に消える小さなその背を目で追う。やはり小さくても彼女は俺の姉だと思う、ただし狂ったように俺を打ち据えるようになる前の、俺の理解者だった優しい姉だ。

 それがうれしくて、撫でられた肩を俺は軽く触ってみる。

 そうして俺が食事を食べ終えると、ちょうど起きてきたユキさんが居た。

 笑顔でおはようと告げる。

 すると一瞬戸惑ったような顔をするのだが、すぐに嬉しそうな顔で『おはようございます』と丁寧に言う。その笑顔が眩しすぎて直視できない。

「森……」

「はい?」

「いや、近くお休みの時、森に行こうか? この頃、行けてないんだろう」

 俺が海外に出ている間に、えらく深い傷を左手に作っていて気付いた時は驚いた。俺が帰宅する前は熱を出して不安定だったらしい。あれだけ姉様と慕っていたベルさんも帰って、寂しいだろう。

 それでももう熱も出なくなっているから、家と言う枠内に長く放って置くのは彼女の精神上良くはない。

「でも次のおやすみは、清水先生と司先生のお引越しで……」

「そうだったね。じゃあ、その後かな? 他に行きたい所はある? どこでも良いよ。決めておいて」

 俺の申し出に顔を輝かせてコクコク頷く彼女が可愛らしくて、人目がなかったらその頬にキスを捧げて行くのに。そう思いながら彼女の髪を撫でるだけにとどめ、仕事に向かった。










 トラックの中で一つの音楽をかける。気を抜くと息苦しい。死にそうだ。て、か、気を失って壁にぶつかったら死ぬな、俺。

 俺は意識して、吐き気を催し頭痛の元になる音を無視できるように絞る。またその音に絞って抽出し、限界になると吐きそうになりながらザラつく感覚に耳を慣らそうとする。

「これでもあの破壊力に比べると、そうでもないな」

 クラウド女医に苦手な音があると話したら、まあ耳でも慣らしてみたらといわれたので。『ツール』と呼んでいる細工師に頼んで、『音楽』を作らせた。俺が不快となる音を選んで、普通の音楽に組み込んだのだ。

 だが鳥を使った謎の郵便配達人『レディフィルド』の奏でる笛の不快さには到底及ばない。

 あの『怪音』は、彼にしか作り出せないのだろうか、それとも笛のせいなのか。

 どちらにしても鳥以外には、普通の人間には聞こえない……



「ぎゃあああっ! やめんかーーーーーーーっ」



 普通の人には聞こえないはずなのだが、聞こえる者にとっては死にそうな暴力。それが耳に出来る人間が、偶然にも俺以外にも居合わせたらしい。トラックから降りた途端にものすごい蹴りがすっ飛んできた。

 俺は腕をクロスして防御すると、相手はそのまま俺を踏み台に一回転して、ひらりと着地した。俺は慌てて音楽を止める。

 ちょっと衝撃が傷に響いた。

 海外から帰宅前に受けた傷、もう大丈夫かと思って今朝、地下でタカさんにラッシー……どこかの飲み物か飼い犬の名前になった我が技をタカさんに見てもらった後。傷が少し開いてしまったのだ。

 おかげであの後、着替え終わるまで意外とネチネチと叱責の後、一週間ほど鍛錬はお休みを喰らった。本当は配送も休む様に言われたのだが、ユキさんの為に休みは使いたいのでコルセットと包帯で固めて、普通に仕事している。

 良い蹴りだな、そう思いつつ俺は隠しながら脇腹をさする。そして華麗に着地をキメた人物を見た。

「あ? 海さん? この音聞こえる?」

「あれ? 何やってんの? 久しぶりじゃん、一番賀川君。この頃、三番君しか見なかったし」

「ちょっと、かいが……いや、研修でうろなを離れていたんだ。それより今年はうろなに居るんだ?」

 蹴ってきたのは、海の家ARIKAの海さんだった。あまり喋った事はないが、ここ毎年、夏の配送中には何度か挨拶は交わしている。お店をやっている場所は配送先としてお得意さまだから、俺ら配送員かがわの事が見分けられるらしい。

 それにしても海の家が終わると、毎年この町からは立ち去るのが通例だった気がするが。



 とりあえず俺はやった、と、思った。



 『レディフィルド』は俺とユキさんの双子石の片割れを見て、『セキの夜輝石』と言った。

 セキ、という名に聞き覚えはなかったが、夜輝石は汐ちゃんから貰った物。俺の『手紙』を持って行ったレディフィルドが何者なのか気になったが、海外から戻った時にはARIKAは店仕舞いしていたから、汐ちゃんに話を聞く事が出来ない事をもどかしく思っていたのだ。

 そう言えばカイとも言っていたが海さんの事なのだろう。そう考えると汐って漢字は、セキとも読むのか。漢字は難しいな、そう思いながら『この音』が海さん、聞こえるようだし、何か情報が入りそうだと嬉しくなる。

「ここ、ジジィのホテル。みんなで今年はうろなで過ごすんだ。で、何でそんな音楽掛けてるんだ? 一番君」

「訓練してるんだ……」

「訓練?」

「この音が急に聞こえたら隙が出来るだろう? その間に何があるかわからないからね」

「何があるって言うのさ、運送会社の賀川君に????? だいたい慣れる事なんて可能?」

 そう言われて説明に困った時、

「あーーーー賀川のお兄ちゃんだ!」

 彼女の後ろから栗色の髪をした少女が弾丸のように走ってくる。この姉妹、意外と身のこなしがいい。ぱふんと飛びついてきた彼女に、

「こんにちわ、汐ちゃん。こないだはありがとう」

 そう言うと、フルフル首を振って、

「この頃、見ないからどうかしたのかって思っていたの~」

「ありがとう、一つ聞きたいんだけど……」

 俺はタグが二枚に増えたチェーンにぶら下がった青い石を取り出し、

「これを、『セキの夜輝石』と言った男の子に会ったんだが、知ってるかい? 白髪に青い目、白い鳥を肩に連れていた。謎の郵便屋……」

「レディだろ、それ。その音楽よりももっとひどい笛、吹いてなかった?」

「そう、それだ。」

「フィルだねぇ~」

 そう言って汐ちゃんも頷く。

「レディフィルド……ビンゴだったな。しかし海さんの呼び方だと女性っぽいな」

 耳が英語になると lady という単語は、礼儀をわきまえたしとやかな淑女と言う感じがする。今は絶対的にまでそんな意味では使わないが、やっぱりそんな雰囲気の言葉だ。

「フィル、レディって呼ばれるとすっごく嫌な顔するんだよ〜」

 そう言って無邪気に笑う汐ちゃんの言葉に、俺はニヤリとする。いつか会って、あの笛をワザとに吹かれたらその名で呼んでやろうと思ったのだ。

「何か、すごい悪い顔で笑ってるぅ~」

「そんな事ないよ。でも海さんも聞こえるんだ? あの笛」

「いや~一番君も聞こえるんだ?」

「フィルは男の子っていうか、ちゃんとした青年なんだよ?」



 ホテルへ届ける荷物を卸しながら話を聞くと、彼は生者からの言葉を集め、死した人に手紙を届ける、らしい。手紙はどこかの神殿で、神より賜られたと言われる〈神火〉によって焚き上げるそうだ。

 そしてそこから焚き上げられた手紙には、死者から生者に、返事の便りが返ってくるのだとか。

「ちゃんと返事が返って来たんだよ?」

「ふーん」

「信じてないでしょ? お兄ちゃん」

「そんなこと、ないよ?」

「あーひどいー海お姉ちゃん、何とか言ってぇ」

「普通の、夢のない大人はこんなもんだって、汐」

 俺も今、首から下げている彼女から貰った石で変な現象にあったり、ユキさんが虫と会話したり、最後には姉さんが幼くなってしまうと言う珍事に出会っているが。

 やっぱり、オカルトやらそう言うのは信じられないんだよ。

 とりあえずいつか彼が、又うろなに来る事もあるそうだ。

 あの笛の音……心底聞きたくないが……あの不快感をどうにか払拭できる方法でも、編み出すためにいつか会えればなと思った。


小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、海さん、汐ちゃん、レディフィルド君、夜輝石

お借りしています。


YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生、司先生

朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん


話題としてお借りしております


問題があればお知らせください。

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