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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
9月15日

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質問中です

どういうことだよ、おい



 








「刀森 静香?」


 朝七時。鍛錬終わって、賀川ののラッシーを体感した後。

 奴は海外の図書館で『宵乃宮に関する文献』から出てきた写真、そして巫女を育てた者の筆頭に名を連ねていた『刀森』という名を見つけた事をオレに告げた。

 オレ達は同じ苗字を持つ身近な人間を知っており、その本人である葉子さんにその名を尋ねる。

 ユキはまだ起きて来ていない。遅くまで絵を描いているから彼女の起床は遅いのが通例だ。熱をたまに出していた原因となっている、掌の傷も随分良いようでホッとする。左手とは言え、若い娘の傷は痛々しい。森へは最低その傷が治るまでは行かないように言ってある。



 刀森の名を聞いて明らかに不機嫌になった葉子さんだったが、料理をする手は休む事無く動いていた。

「祖母か曾祖母の名かしら? アノヒトが静子だったから」

「『刀森』の……何か変わった話とか知らないか? 葉子さん」

「変わったって言ってもねぇ」

 出来れば話はしたくない、そう言った雰囲気を醸し出す。

「葉子姐さま、お味見をお願いしますわ」

「ん、いいわよ。あら、舌が確かね、冴ちゃんは」

「魚沼様の舌に合えばいいんですけど」

「彼は意外に薄味で、イリコより鰹系の出汁を好むわよ。昆布系を加減良く合わせなきゃよ?」

 さえちゃんの料理をする手つきがよくなっている。かなり葉子さんに仕込まれているのと、ぎょぎょの奴に美味しい物を食べさせたいと頑張っているからな。ただ、その対象が何故ぎょぎょかはよくわからねぇ。

 一番初めに彼女の相手を任せたのは偶然だったが、その時相当気に入ったらしい。

 何が、かは、オレには不明ぇだが。この家に来て一週間で程で落ち着いて。気付いた頃には、魚沼が居る日は毎日、この町の商店街にあるぎょぎょの事務所で、仕事をしている奴に弁当を届け、仕事を手伝っている。

 今までぎょぎょは、俺達以外とつるんでいるのは見た事がない。弁護士の仕事では特にそうで、指導や統括の立場に立つ事はあっても、仲間や純粋な手伝いを求めないタイプだったのだが。書類整理や電話応対などを、さえちゃんにさせているらしい。どういう心境の変化か? 彼女も嬉々としてやっているから良しとしようか。



 そんな姿を眺めたまま、オレと賀川のが無言のまま台所の入口を塞いでいるから、葉子さんは溜息をついた。さえちゃんに指示を幾つか与えると、お茶を入れてオレ達に椅子に座る様促す。

「私は『刀森』の家で過ごした事なんて、ほとんどなかったから」

 おんま、とオレが呼んでいる幼馴染、土御門 和馬の結婚相手である葉子さんは、養護施設で育ったと聞いている。母親が幾度か面会に来ていたが、会わない事もあり、そうしないうちに亡くなったようだ。そう聞くと寂しい少女時代、だが明るく朗らかに育った。勉学は良く出来てレベルの高い高校も奨学金で通ったという。



 どこで知り合ったかはよく知らないが、まったく女性の興味がないと思っていたおんまがそんな器量良しを連れて来たことに驚いた。おんまはにこやかな性格だったが、家庭事情は複雑で、そこら辺りの事をオレ達は良く知らない。この工務店に片手間に勤めていたが、家族全員が何らかで公僕であったと聞く。

 連れてこられた葉子さんは年齢はオレ達と十違うが、ハッキリとモノをいい、仲間達を震撼させた。オレの妻だった房子とも仲が良かったと思う。夫婦と子供が離れで三人暮らした事から、賄いの手伝いをするようになって。おんまが亡くなり、それから房子が死んじまって、この家の仕事一切をやってくれるようになった。

 オレが仕事で居ない時は、生前の房子とこの家でこうやってお茶を楽しんだ仲ではなかったろうか。オレは茶を啜りながら思う。



「あの家は、変わっていたと思う、わ」

「変わってってどういう意味ですか?」

 賀川のは柔らかい口調でそう聞いた。

「私も何回かは母や親せきが寄り合って住む家にね、帰ったけど。見も知らない子供や赤ん坊が居るのを何度か見たわ。誰って聞いたら『うちの子よ、今はね』って」

 自分は養護施設に入れられているのに、余所の子が『家の子』と扱われているのを彼女はどう思っていただろうか?

「後は……そうねぇ、だいたい戦時中はそれなりに羽振りがよかったらしいのよ。軍や国から『特別な仕事』を任されていたらしくて。戦後は事業に失敗したのかガタガタだったみたい」

「今もその実家は……」

「私が幾つかの頃に燃えたわ。深夜で寝込んでいたのか、誰も生き残らなかったのよね。警察も若い者もいたのに、誰も助からないなんて、と、言っていたけど」

「じゃあ……その時に?」

「いいえ。アノヒトは遺体が見つからなかったの。暫く行方不明だったけど。だいぶ経って遺体で見つかったのよ。どうしてそうなったのか……私には関係のない事だけど。あ、そうそう……」

 お茶を啜ってから、近くにあった紙に、

「昔は刀森じゃなくて、刀守と書いていたらしいのよ。何でも神社か何かに祭られていた刀を守っていたとかで」

「刀を、守る……」

「タカさん、私がうちの人と結婚する時、揉めたの知ってるわよね?」

「ん、ああ。おんまの家族が大反対だったとか」

 葉子さんは笑いながらもどこか疲れた様に、

「高馬がもうお腹に居て、出てきたから『許して』もらったけど。あれ、私が施設の育ちで、身寄りがないからって思ってるでしょ?」

「違うのかよ」

「……どうも『刀森』の人間だからって理由だったのよ。『土御門』とは昔から仲が悪かったらしいの。あの人が死んでから、私は戸籍を追い出されたし、 高馬こどもの親権、取られちゃったけど」

 その言葉に賀川が眉を寄せた。こいつの家族の問題が複雑なの葉子さんも薄々知っていたからか、明るく、

「ぎょぎょさんも弁護士として動いてくれたのだけれどもね……色々難しかったみたい。でもあの子も事情は分かっていて、私に、ほら、気を使ってよくプレゼントくれるのよ? 賀川君はよく届くから知っているでしょう、あの子のおかげで私は幸せなのよ?」

 だからと言って、頻繁に会えるわけではない息子を思い出したのだろう。

 交通事故でもう会う事も叶わない息子を持つオレを憚り、なかなか見せない悲しそうな顔をする。



 おんまをあの日、あそこに行かせなかれば……詮無い言葉が頭を過ぎた。あの時、死んでいたのがオレで、その後、一~二年でうちの嫁と息子は逝ったのだから。オレがココに居るのは間違いで。

 本当はオレが三途の川を渡るべきで、こっちではおんまと葉子さん息子の高馬の三人が笑い合っているのが本来あるべき姿だったのでは、と、たまに思うのだ。




全ては運命のいたずらなのか。

詮無い事と割り切るにはそれは辛い。


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