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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
9月15日

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試技中です


それは、何だ?



 








「ちょっと試したいんですが」

「何をだ?」

「ラッシュ……とにかく枷を外したような攻撃で。それやって向こうで倒れてるんです」

「ほう? ラッシー?」

「……いや」

 ヤツは何か言いにくそうな顔を見せたが、取り直したように言葉を選び、

「『連続攻撃』と言うか、全開放って感じで……それを倒れないでやれるようになるには、やっぱり練習が必要だと思うんです」

「ふうん、ま、撃ってきやがれ。見てみねえとわかんねぇな」

 賀川の、怪我をして帰国が遅れ、それでも『もういいから』と仕事はすぐに復帰しやがった。喰いっぷりも良いし、動きにおかしい事もなかったので鍛錬も許可して。その日、他の奴らが立ち去った後、奴がそう言ったのに付き合う。

 ユキがまさか賀川のが全く『戦えないヤサ男』と認識しているのなど知る事も無く。オレ達は何かの為に備えて、自己研鑽に励んでいた。

 賀川のは海外で『糧』として、始末されかけている。本気で『宵乃宮』が動く時も遠くない。本当ならその連中を締め上げて情報を吐かせるべきだったが、ほぼ全員を賀川は地獄へと送るか再起不能のゴミにしてしまっていた。スミマセンと謝られたが、手を抜いて賀川のが死ぬより余程いい。

 こいつを失えばユキを人柱へ昇華させることになる。賀川のもユキも、二人共が揃っての『王様』の駒。どちらも欠けちゃなんねぇ。アキヒメさんも見つからない今、ユキの奥底を支えているのはこの男の存在だ。



 奴は自分の手を見ながら、何事かを呟きながら『気』のようなモノを体に溜めて行く。その闘気にオレは薄ら寒くなるような気迫を感じる。これはと思いニヤリとしながら、オレも下っ腹に気合を入れた。



 奴の目から人並外れた炎のような気配を察し、オレは語りかける。

「自我はあるか? オレがわかるか?」

 こくりと頷くものの、はち切れる寸前の風船の様で、喋るほどの余裕はなさそうだ。

「思い切り、やってみろっ、賀川の」

 突如。

 何を咆えるわけでもなく、突然に襲い掛かってくる様は野生動物のそれだ。今まで懐いていた飼い犬が突如として牙を剥いたような。いや、ちがう。もともとこいつは犬じゃない、……猛り狂う肉食獣だ。いつもは檻と鎖に自らを繋ぎ仕舞い込んでいる。だが鍵を持つのは奴自身で、それを解き放ったヤツに理性の欠片が低い事に危うさを感じた。余り長くこの状態にさせておくのは危険だ。

 いつも一歩退いた防御などそこにはない、防御など必要に及ばない圧倒的な攻撃力。

 その拳の重さに骨が軋む。

「いいじゃねーか、賀川の」

 本気でやり合ったら面白いだろうな、腕を取って投げ飛ばしたが、その反動を利用し、するりと畳を転げて、怯みもせずそのまま飛び掛かってくる。身の軽さはもともとあったが、小回りが更に利いていた。

 オレは激しい攻撃をいなして、その様子を見切る。

 流れも勢いも良い、だがヤツにとって最大限の力を発揮しているので、確かに電池が切れたら終わりだ。

 オレは拳を繰り出す。絶対に当たる、ヤツはそれを避けるでもなく相撃ちとも取れる拳を返して来て、お互いの衝撃で壁際にすっ飛んだ。

「ふうん、いいな。ただもうちょっと余裕がいるな」

 いい練習相手が居ればいいのだがな、毎回受けてたら身が持たないのはこっちだ。その前にこいつもオレ相手だと壊れかねない、様子を見ながら仕上げて行かなければならない技だ。



「どっこいせの、だな」

 オレは気合を入れて立ち上がるとヤツの側に寄る。

 宣言した通り、賀川のの意識が完全に落ちている。

 ま、大丈夫だろ、そう思ってふと見ると、服に赤いシミがついていた。それが見る間に広がって来たので、驚いて服を剥ぐ。

「おいおい、傷ってこんな所……まだ治りきってなかったのかよ」

 その出血は俺が最後の一撃を見舞った場所ではなかった。どうやら奴の体の方がまだ技について行ってないのだろう。一番今弱っている所に歪が出たようだ。痛みにはすこぶる強いのだろうが、自分の体の管理が出来ないようでは一流ではないな。

「また鍛錬は一週間、休んでもらうしかねーな、お前よ」

グリグリと頭を突いてやると、次第に覚醒して目を覚ます。

「タカ、さん、痛いです。頭」

「それより腹、血ぃ出てんぞ、お前、体を労われってーんだよ」

「す、みません」

「まずは、ラッシーを撃った後も意識を保ったまま居られるようになるのが目標だな」

 オレは意識を取り戻したヤツにテープや包帯を投げ渡す。



「初めにこれをやった時は訓練中か?」

「いえ……リアル……現実の敵に相対していて、目の前の者を全て片付けなければならないと判断した時です」

「その時の方が開放された感じだったし、時間も長かったろう?」

「たぶん。初めから半分くらい意識が飛んだ感じで、後半はほぼ意識がなかった感じでした」

「ん、まずは置かれた状況に関係なく発動、適度な自我の維持が目標か。体力がないわけではもないから、倒れるのは精神的なモノか……ぎょぎょの方が詳しいかも知んねぇな」

「え? 魚沼先生?」

 バリバリと俺は頭を掻いて、

「あいつはもともと剣道場の跡取り息子でよ。体格や顔はあれだが、小学生の半ばくらいにはもう親にも期待される出来をしてたんだそうだ。だが剣を捨てて、勉学に励み、そして弁護士なんぞになったんだ」

「何故、剣を捨てたんですかね?」

「妹が救えなかったからと、聞いている。剣などより、現実的な『剣』を……『司法』に求めたからだ。頭のいい奴らしい選択だろう。ただそれなら検事にならなかったのはどうかと思うが。剣に生きなかったとはいえ、鍛える事は怠ってないからな、武道家としても一流だ」

 頭の良さは仕事だけではなく、武道にも生かされていて、いろんな運動理論や精神学なんかも重ねている。オレみたいな勘で仕立てるのも良いが、そこいらの指導員よりちゃんとしてやがる奴がいるのだから、まあ、どんな進め方が良いかあたってやろう。

「ま、まずはその傷が塞がるまではお預けだな」

 ばん、っと、背中を叩いたら、不満そうにしながら包帯を上手い事使って、止血やらテーピングを始めた。傷に対し手慣れた感じの処置に場数は踏んできた事を感じ取りつつ、

「ふうん、見た目に何かあったようには見えないな……」

 何となく呟いてしまう。こいつの過去を考えると綺麗な肌をしてるなと。

「助けられてすぐ、社会復帰を促された時に綺麗にしてもらったんで……今回もついでと言っていろんな所いじってくれて。もう赤み、引いてますね……」

 ヤツは弁解のようにそう口にした。

 血の巡りで浮いて見える傷はあれど、思ったよりまともな肌をしているのはそう言う事らしい。脱いだのをユキが見ても、腹の傷以外はさほど問題にはなるまい。玄関口でイチャつくのは無しにしてもらいたいが、いずれそう言う事になるなら綺麗であるに越した事は無い。大切な娘だ、すぐにやる気はないがな。

 とりあえず着れそうな胴着を渡す、畳に染みついた血を倉庫から出してきた洗剤で浮かして拭き取る。早いので意外に簡単に落ちたが、血は固まると厄介だ。



「すみません、これを見てもらえますか? 海外の図書館で探してきました」

 そこでそう言いながらヤツは一枚の写真を出して来た。古い写真だったが、カラーだった。

「こりゃあ……赤い……」

「戦時中の写真だと思います。宵乃宮の……主に人柱の命を刈る時に使われた、『御神体』です」

 赤い刀身、薄ボケた写真だったが、その底光りする色に俺は見覚えがった。

 そこにあったのは一振りの赤い刀。

「俺が幼い時に攫われたのは知ってますよね。その身代金として要求されたのが、うちの実家の会社で『赤い宝刀』と呼ばれたネジの特許などです……」

「あ……ああ……」

 奴が暗い道を辿った一端は、俺の息子刀流が作った赤いネジにある。刀流は自分が作ったモノがいろんなモノに入っているなど面白い、……冗談半分で無償にてTOKISADAに特許やらを流したという。だがその権利を巡って、ヤツは見捨てられたんだ。

 その『赤いネジ』と宵乃宮の『御神体』とが同じ輝きをしている事に、オレは言葉が出てこない。

「俺、小さい時にうちの研究所でこれと同じ刀を見た事があります」

「何?」

「でもレプリカ……模造品です。でもそれを見せてくれた人は『本物と違わない』と言ったんです」

「そいつは……」

「その模造刀は現在うちの実家にはないようです。それよりも……」

 俺は刀流とネジの事を話そうかと思ったが、先に賀川のは紙切れを出して来た。

「これは?」

「代々、巫女を人柱まで育ててきた女達の名簿です。その筆頭の苗字……」

刀森ともり……って」

「はい、……ですよね?」

 その苗字はオレも賀川のも、よく知っていた。だが、余りに使わないから知らない者が多いはずだ。賀川のが知っていたのは、運送屋だから。

「息子さんは土御門でしたよね?」

「ああ、オレの幼馴染『おんま』……ヤツの苗字だ」

「じゃあ……」

「刀森は結婚前……そして今の葉子さんの苗字だ……」

 そこにあった刀森 静香しずかという名を見ながらオレは唸った。




そして赤いネジが回っていきます。



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