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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
9月10日

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帰還中です


戸惑い。

 









 約二週間の予定が五日ほど過ぎてしまった帰国……いや、他県から戻った事にしなければ、かな。

 向こうであった事、ユキさんには知られない方がいい。でも怪我して帰りが遅くなった事は言っている。どう誤魔化そうか……俺は家の前で暫し躊躇していた。

 それも、もし『お前しらねー』と言われて追い出されたら、ちょっと立ち直れない気がする。でもココに居ても仕方がないので、俺は門を潜って玄関を開けた。

「ただいま」

 で、いいのだろうか?

 この家の人間ではないのだけれど。声が小さくなる、恥ずかしくて。



「賀川さ、ん?」

 一番に現れたのはユキさんだった。

「ただいま。……会いたかった」

「おかえりなさい」

 自然に口に出た言葉を告げると、彼女は笑顔を返してくれた。だが少し考えてから……急にムッとした表情になる。

「会いたかったって言ってくれるくらいなら、出かける時も教えてくれればちゃんと送ったのです!」

「忘れていたんだよ、ごめん」

 俺は頭を掻いてそう言うと、ユキさんは口をモゴモゴさせて何か言葉を探した後、顔を伏せて、もう一度思い直したようにしてから、

「怪我したって、本当ですか?」

 そう聞いて来た。銃で撃たれそうになって、殺されかけたんですけど何か? って言うわけにもいかず、幾つか用意してきた答えのうち、一番どうってことなさそうなのを選んで口にする。

「こけてね。ちょっとだけ足が疼いたから。ほら、仕事が仕事だから。皆、養生しろって」

「足ってどこですか? 心配しました」

 包帯ぐるぐる巻きにしてるから、大丈夫。痛み止めもある程度は効いている。

 本当は女医にまだ安静にとか、アリスに寝てろっとかて言われたのそーっと抜け出して来たんだ。まぁとりあえず地下鍛錬はしばらくお休みかな? 

 そんな事言えなくて、痛くなさそうな所を叩いてみせる。

「ほら、もう分からないくらい良くなったよ」

 でも痛いかも……顔には出ない様にそう言ったら、信じてないのか彼女は俺を凝視する。

 何か感じたのか、赤い、赤い瞳にじわっと涙が溜まって、あんまりに心配そうにしてくれるから、止められずにユキさんを荷物のない片手で抱きしめて、肩口に顔を埋めた。ちょっと肩に顎を置くには低いけれど、小さくて細い彼女は可愛くて、ふんわりした胸は柔らかくて暖かい。両手で支えたら重量ありそうだな。体重の大半はココが占めてるんじゃないかな? などとふざけた事を考える。



「ありがとう、大丈夫だよ」

 ユキさん、とても良い匂いがする。

 俺の汚れた手で触ったくらいでは穢れもしないんだな。そう思う。そんな事、思う方がおこがましいのだと気が付いた。それはそれはとても変わらない白さで、俺を動揺させてくれる。

 僅かにためらった気がしたが、彼女の手も俺の腰の辺りに微かに触れて、抱き返してくれた事がとてつもない大きな喜びになる。痛みも消し飛ぶ気がした。

 服着てて彼女が僅かに返してくれただけで、こんなに嬉しいんだから、このまま連れ込んで自分を押し付けたなら、もう死んでも良い気持ちになれるだろう。でも包帯取れるまでは止めとこう。腹の傷なんか見せたら、何してきたんですかと本気で泣かれそうだから。

 うん、平気にしてるけど、俺実際、包帯だらけだった。きっと一週間もしたら大丈夫だけど。

 あ、包帯取れたら襲うって意味じゃない。

 そんな事を考えていた俺の耳をユキさんの声が打つ。



「聞かせてくれますか?」



「え?」

「……ごめんなさい。聞こえてなかったですよね?」

 俺は少し体を浮かせる。

 そう言えば日本を出る前のバス停で彼女に何か言われた記憶がある。



 ……今度……聞かせて下さい……貴……好き……?????


 ……こ、今度、気持ちを聞かせて下さいっ。私、貴方が、その……その、好き……です。


 レディフィルドの笛の音で、俺の耳は感度が良くなっていて、確かにそう言った気がした。俺の事好きだと言ってくれたと良いように解釈した瞬間もあるけど、それはちょっとが良すぎる言葉。

 だから、俺は『今度ピアノを聞かせてください。私、貴方のピアノが好きです』そんな風に言ったのだと通す事にしていた。

「ああ、聞かせてくれって、ピアノ? 好きだって言ってくれてうれしいよ。また借りて弾くから聞いてくれる?」

 そう答えると、ユキさんは小さく『ぇっ』っと表現しずらい発音の後、オドオドして、

「ち、違います! いや、ピアノ、も、嬉しいですけれど」

 息を飲むような間があって、

「私、賀川さんが好きですって言ったんです! 私、いろいろ言えないような事があったけれど、それでも私は……」


 は?


 好きって?


 言った?


 あんまりにさらりと彼女はそれを口にした。

 俺を見てくれと言ったものの、あれから一緒に居れたのはあの日一日。彼女は俺を『見る』暇などなかったはず。それなのにどうしてそんなセリフが出て来るんだと慌てる。

「ユキさん、言えないような事なら俺だって山とある。昔、俺さ誰かもわからないヤツに、口にしたくも無いような事だってさせられてきたし……」

 口の中に砂利が入ったように辛いけど、言わなきゃいけないだろう。俺がどんなに汚いかって、わかった上で、彼女が俺を好きと言ってるなんて到底思えない。

 彼女にも色々あっただろうが、さして俺には問題にもならないような事だ。

 だけど彼女にとっては重荷なのだろう。それをいつか支えられるようになりたい。オレが先に言えば、きっと彼女だって言いやすいはずだ。それで嫌われても仕方ない、彼女の側で彼女を守る事だけでも許してもらえれば、まずはそれで……そこから始めて行ければ俺はいい。

 時間が経っても振り返るだけで見る間に血が溢れそうな気分だけど、ユキさんがそれで少しでも負担が減るなら構わない……

 だが俺の言葉はふいにユキさんが動いた事で、それ以上は口から出る事がなく止まってしまった。



 だって、彼女。



 俺と口を重ねてた。



 キス、してる。



 彼女は、こないだみたいにどこを見ているかわからないような表情ではなく。

 明らかに正気だ。



 でも愛情と言うより、たぶん俺が辛そうにしてたから、言うのを止めるのにどうしていいかわからなくて、焦ってしたんだろうな。彼女らしい理由のキスだ。他の男にはしないでくれ、そう思いながらも、そんな事されたら。

 気持ちが止められなくて、ダメだって心で押さえこもうとするのに、ユキさんの唇に自分の舌を割り込ませてしまう。キスの仕方などわからないのだろう、慌てたような間があって。歯をどうしていいかわからない様にやわやわと俺の舌を刺激してるから。そのまま舌を絡めてやろうかなんて思ったけど止める。

 だけど。

『欲しい』

 ただ一つ、そう思った。

 頭が霞むほどクラクラする。この続きがやりたいけれど俺は口を離して、さも冷静そうに、

「ねぇ、ココ玄関先だよ?」

「は! ……あぅ」

 赤くなってる彼女に、

「急ぐ事ないから、またね……」

 そう返した時だ。



 俺をつぶらな瞳が見上げる。

 その小さい子供は、どう見ても……俺の記憶の中の、大切な姉だった。

 だが、そんなわけがない。姉は俺より三つ年上。今年二十八になる、大会社のトップだ。

「あきらちゃん!」

 だが俺を呼ぶ声までが間違いなく彼女のモノで。

 ユキさんは赤くなったまま、その場を取り繕う様に、

「わかりますか? 賀川さん。冴ちゃん、です。貴方のお姉様ですよ?」

「はい?」

思考ががストップする。

「……俺、キスでトリップしてるのか? いや、姉さんがトリップしてきたのか? 夢か、俺、やっぱりアリスに殺されたんじゃないか?????」

 グルグルと混乱する俺を余所に、ユキさんは小さな姉に、いや姉と思われる少女に、しゃがみ込んで、

「あの、冴ちゃんは。賀川さんが『あきらちゃん』ってわかるんですか?」

 少し逡巡の間があった気がするが、姉に見える少女は弛みなく言った。

「私には玲がどんな姿になっていても、どんなに時が経っていても、あきらちゃんならあきらちゃんってわかるわ。ユキちゃんだって、私がどんな大きさでも『さえ』だってわかるのでしょう?」

 そう言われると、ユキさんはニコッと笑って、

「そうですよね、わかりますよね。姉弟ですしね、わからないわけないですよね?」

 いや、ユキさん。

 それ、普通わからないし、俺も今まだ完全に信じていないから。

 で、何で約20年前の姿をした姉がいるんだろう、誰か説明してくれ!



「もし姉じゃないなら、お前の隠し子だって事になるな。賀川の」

「え?」

「それだけ似てればそう言う事だろう?」

 どこからか湧いて出たタカさんにそう言われ、更にいつの間にか隣にいた葉子さんに、

「いくつの時の子? 賀川君は二十五だったわよね? 十七か八くらいかしら? 若いわねーーーー」

 じょ、冗談になっていない。その頃、心当りがないわけでも……いやいやあり得ない。

 それにいつから見てた? この人達……気配感じなかったぞ……

「法律上、認知はまだか? いつでも認知は可能だぞ」

「う、魚沼先生まで!」

 玄関から入ってきた魚沼先生にまで突っ込まれたが、それに返す前に姉を名乗る女の子は、

「魚沼様! は、恥ずかしいです。私まだパジャマなのっ」

「うぬ。幼女であっても、いつでも身なりは整えておけ、冴。いついかなる時、敵に襲われるやも知れんからな」

「はい! 少しお待ちください。すぐに着替えて参りますぅっ」

 すっ飛んで行く冴姉さん……あの反応は間違いない、ちょっと気になっている男性相手だと声が上擦るそれは間違いなく、あの頃の姉のモノだ。しかし敵って何だよ?

「だけどその相手が魚沼先生なのか?」

「ん? 何だ?」

「いえ、何でもありません」

 薄い髪にスーツに底瓶眼鏡、金バッチの男を俺は見やって、一体何がどうなってこうなったのか溜息をついた。

 ただ、姉が、俺への固執が取れてちょっと変わった方向へ、向かっている気がした。ただしそれが良い方向かどうかは別としてではあるが。

 ユキさんは俺を見上げると、ただ緩やかににっこりと笑ってくれたので、俺も何となくそれに微笑み返した。


小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、レディフィルド君。


話題として。問題あればお知らせを。


読んでいただき感謝です。



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