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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
9月9日

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回帰中です


思い出してしまった……



 








 私は、その能力をもって、強欲なまでに戦いを好んだ。



 ただ戦いと言っても私の戦場は株式市場にあった。

 何故かいつも数字の向こう側の人間の心が読めた。交渉する相手、何故それを売りに、買いにしたのかが何故かわかっていた。それは当たり外れのわかるクジを買うのに近い。まだ8つだったけど、株式を動かし、会社では大人顔負けの交渉をする。名前の通り、勘だけは『冴』えた小生意気な少女だったと思う。

 ただし表面上は父の会社。矢面に立つ事はなく、父を後ろで動かして、日に日に私の色にして行った。それでも生産競争、価格競争と技術競争…果てしない戦いが私の戦場で、それに生き甲斐を得た。



 母も人の心の機敏を察する事に長けていた。



 だから母譲りなのだろう。でも決定的な違いは、母は思慮深く貞淑で、他人との争いを好まなかった。ガラスの花のように繊細で、父は観賞花を愛でるように母を妻とした。そして私とアキラを儲けたけれど、私が知る頃には愛人が居て。

 そんな母と父だけど私には大切な両親で、アキラは大切な弟だった。彼は少し変わっていたけれど、その感受性が素晴らしく特にピアノにその能力を見せ、私の一番だった。

 その弟が攫われた……

 彼を取り戻す為には会社の『赤い宝刀』を差し出さねばならなかった。そんな物がなくても会社は守れる! だから……私は言い張った事を思い出す。

 だかさすがに子供の言葉に父も従わなかった。



 アキラを切り捨て、事は動いてしまった。



 私は思い出してしまった。



 玲の一番の親友だった少年の名は篠生 誠といい、いつの頃からか私の所に『仲介屋』として出入りしていた。猫のようにいつも目が細くニヤリと笑っている……無論、玲の友だった事は知っていたけれど、小さい頃は確かもっとか弱くにこやかなだけの『普通』の少年だった。

 大人になって色々変わったのかと思っていたが、私がアラストールと名付けた『悪魔』さえ、その力を恐れていた。悪魔の力を借りてみた彼の目は、瞳孔が縦で……どう見ても人間のモノではなかった。



挿絵(By みてみん)



 それを思い出した時、自分がしてきた今までを、玲に何があったのかも、玲に何をしたのかも……全て、思い出してしまっていた。



「どうした、冴? 元気がないな」

 葉子姐さんから習った食事はとても美味しい。でも、過去を思い出した今、それを口にする権利があるのかと考え、辛くなる。

「冴、茶でも飲め」

「ありがとうございます、魚沼様」

 記憶を失ってから……何となく気に入った弁護士魚沼の所に足しげく通った。

 顔はともかく、仕事が出来る。いや、顔だって悪くはない、私は年季の入った皺深い顔は好みなのだから。

 彼は仕事だけではなく、色々と視野が広く、私の言う事の『意味』が解る人だった。弁護士事務所の仕事も面白く、出来るとわかると小さくなった外見に躊躇することなく、『楽しいならやってみるか』と、私を使ってくれた。



 弁当を食べ終え、与えられた仕事をこなした。



 そしてそれが終わった頃、また彼はセピア色の写真を眺めていた。

「冴はちょっと巴に似ている気がする」

「今、巴様はなんさいですか?」

 弁護士になる、ならないで、実家から勘当された話を聞き及んでいたから、意地悪く言って見る。

 ロリコンで、シスコン? 自分だってブラコンだから卑下するつもりはないけれど。魚沼様は五十五歳だから、彼女はもうどう見積もっても五十に足をかけるくらいのはずだ。

「四歳」

 四十を聞き間違えたのかと思う。眼鏡の向こうの小さな目がその表情に気付いたのか、彼はふっと笑いを浮かべた。

「死んだ時、四つ、だったからな。どの子を見ても、そう見えるのかもしれん」



挿絵(By みてみん)



 ドキリとする。もう妹に会えない、それが死を意味しているとは思っていなかった。

 私に向けられていると感じていた愛情が少しあって、それは何故かとても嬉しかったのだ。彼が特別だと思ってくれているのだと。

 でも見ていたのは私ではなく、妹の巴様の影を見ていたのかと思った時。私の心は重くなった。

 だが魚沼様は写真をしまうと、ぱふと私の頭を撫でる。

「だけどお前はお前だ。比べた訳ではない。自分を持て。曲がるな、腐るな。冴の賢さと先見の明は俺が保証しよう。いつまでも手元に置いておきたいほどに、だ」

「あ……」

「だがお前はもっと高い所に住まうだろう。そこに戻った時、この低い世界で起きている事もお前の住む場所も繋がっていて、その経済活動は大きく循環している事。全ては包括して考えねばならない事を忘れないようにすれば、冴はもっと大きな者になるだろう」

 素直に嬉しいと思った。だが、同時に寂しさを覚えたのは何故だろう。







 弁護士事務所と、工務店の事務所は同じ商店街にある。甚平姿の魚沼様にそこへ見送られ、私は帰途に着く。

「さえちゃん、ぎょぎょの所がそんなに楽しいか?」

「ええ、いろいろ勉強になります」

「ふーん、偉ぇな。ちぃこいのに」

 工務店の事務所に送られた私は、そう呟くタカさんの車に揺られていた。

「あの、魚沼様が寂しそうに眺める写真があるのですけど……」

「ああ、あれか。ありゃ妹の写真だな。小学校高学年になって、うろな町に引っ越してきたんだが。もうその頃には死んでたから、よくは知らねぇ」

 ガリガリと頭を掻いた後で、

「昔住んでたとこの友人にでも聞きゃ、もう少しわかるかもな」

 そう言ってから、

「さえちゃん、ぎょぎょの事好きなんだなぁー」

 他意も無く呟かれた言葉に、自分の姿に関係なく能力を認めてくれる、彼の事が本当に好きなのに気付いた。





そう言えばコロッケ甚平は夏バージョン。

もし商店街で冬に魚沼のお見かけを書いていただける場合は、長い半纏や綿入れを着せてくださいな。流石に甚平で冬は寒いです……笑



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