夢遊中です
嫌いだ……
ふわふわする。ユキさんじゃないけれど。
『If you would like to be safe and to be, be quiet.
We are angel's shield.
You were come to help. 』
無事で居たいならば、静かにして。私達は「angel's shield」。君を助けに来た。
『angel's shield?』
エンジェルズ シールド?
母に会いたいと言った俺に、あの日の救いの声がする。そう言えばああいってくれた女性の声は、アリサだったのか……
「こんなに一気にだと痛むし、熱出ると思うけど、いいのかい? アリス」
「やっちゃって。自分じゃ行かないだろうから」
「厳しい愛情だねぇ。そんなだから彼も出来ないんだわさ」
「ほっといて」
俺は麻酔をかけられてたけれど、何かが聞こえていた。
クラウド女医が、レーザーで痣を取ったり、皮膚の再建を施す。その手際は美しい。今、受けたばかりの傷も最大限美しく治る様に仕上げているようだった。
アリスや他の仲間が器具用意などの手伝いをしているのが、途切れながらも感じられた。アリスは自身の体も痛むだろうに、側に居てくれるのが、ありがたいけど申し訳なかった。
次に気付いたら、皆、手術用から普段のカッコに着替えて、持ち場に戻って行く所だった。
クラウド女医は手術の拒否反応やらを気にしてか、俺の側に居た。差し出されたコーヒーを飲んでいる。アリスは怪我で動けないからか、俺の噛んだタグを弄びながら、そこで女医と喋っていた。
「……麻酔の拒否は異常だわさ、おかげで神経立っているのか、ずっと痛みを感じてるみたいさね」
アリスが俺の髪を撫で、汗を拭いてくれるのがわかった。ちょうど傷みの波が襲ってきて、それをかみ殺すと、きつく奥歯を噛む音が自身に響いた。起きようとしたが、麻酔の力が俺を夢の中にまだ引き込もうとしている。
起きようとして起きれないまま、アリスが喋っているのを聞く。
「昔、彼を助けた時が私の初陣だったの。警戒してなかなか出ない彼を説得して、姉さんが彼を連れて出たわ」
「そうかい、あれは大掛かりだったさ。私も待機呼ばれたから覚えているさ」
「まだ飼われていた頃の彼をおかげで知っているけど、死んだ魚のような目をしてるのに、はずみでギラギラした眼を見せるのよ。毎晩見世物として手を汚し、買われれば麻酔で半端に意識を持って行かれておもちゃにされてた。彼は強かったから、尚の事、手に入れた者は楽しかったみたい」
「あそこに居て常習麻薬は使われてなかったのは奇跡的だわさ。だけどそれだけに苦しんだのだろうさ。神の采配なのか、……あぁ、トキはPTSDは出てないんだったね」
ぱらぱらっとカルテを捲って、
「少しの妄想壁はあるみたいだけれど。強いさね、この子」
「一度実家から戻った彼は酷く鬱な所はあったけど。ここで働いて行くうちに、徐々にそれもなくなって」
「でも最後は残念な追い出し方をアンタ達したそうだねぇ」
クラウドの意地悪な言葉にアリスが黙った後、
「今は、うろなで好きな人が出来たみたい」
「うろ、な?」
「日本のうろな町って言う所に住んでるの。迎えに行った時、少し居ただけだけど、不思議な感じの町だったわ」
「……脳に故障があって手術してると思えば。良い手術だと思ったわさ」
そう言いながら、クラウド女医はアリスに俺を任せてその場を離れた。
まだ麻酔が効いているのか、目がうまく開かない。
「本当に……殺されてもいいと思ったのよ。それほど貴方の事が……ね、トキ……」
それでも汗を拭いてくれる手、俺の唇を撫でるアリスの顔がチラリと見えた気がする。
「綺麗にしてあげたから。今度こそ白い女神と幸せになってね」
美しい緑から零れる涙。
そんなアリスの言葉を聞きながら。
「どうして」
夢の中でユキさんが泣いているのを見た気がする。
どうか誰も泣かないで。
俺はどうして人を泣かす事しか出来ないのだろうって思うから。
睡眠薬が見せる夢は、余り心地が良くない。
無秩序に湧く夢。
今度は無邪気に笑っている、攫われる前の俺が居た。
「…………と君とは世界に出てから一緒にセッションしたり、コンサートする仲間になる」
「え? どういう事?」
「辞退にしちゃった。それに本国に姉さんが戻るから。一緒に帰りたいって」
「ええっ? 次、もどるのは?」
「夏休みかな?」
俺と喋っているのは誰だろう?
当時の友達だろうか。
俺がその後の夏を迎える事は無かった。
久しく日本に戻る事は無かった。
ピアノの腕を磨いて、世界に出る事なんてなかった。
約束は何一つ果たされぬまま。
叶えられないと気付いて無意識に封印していたモノが、ゆっくり開く。
約束した君は元気だろうか?
彼の名は、何と言っただろう?
賀川海外編、終了になります。
ありがとうございます。




