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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
9月4日

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撤退中です


誰だ、蹴ってるのは……



 









『それ、返して』

 俺はうつ伏せに倒れていた体の、横っ腹を蹴る様にして転がされてハッとした。死んでなかったよ、俺。

 全力で敵を叩き落とし、蹴とばした。何をどうしたと言う記憶が薄くなっているが、確実に動くモノを消しさったような記憶がある……

『あのラッシュ凄いって思ったのに。最後に倒れちゃカッコ悪いわよ、トキ』

 戦意を喪失して離脱した者を除き、目の前にいた者が全員居なくなった途端に、意識が落ちてしまったようだ。

『もし生き残りが居たら殺されてるわよ、危ないわ』

 ただ、俺は本当に死んでしまったのかもしれない。

 それとも悪夢が続いているのだろうか?

 何故なら。

 さっきから俺に声をかけ、蹴ってる者は『アリス』だったから。俺がさっき、殺したハズなのに。



『どうして、アリス、生きてる?』

 口に咥えた彼女のドックタグ。

 噛みこんだ顎を、まさに本人の手で動かしてもらって、俺はやっと疑問を口に出来た。ドックタグを包むサイレンサーにもタグ自体にも俺の噛み跡が付いている。我ながらどんなに強い力で噛んでいたんだと思う。

 それを握り締めながら死んだハズの『アリス』は、

『迫真の演技だったでしょ? 貴方の本気を見てみようって、今日の宴会で余興をやる予定だったの』

 俺がアリスに突き刺したナイフは数センチ引っ込む様に出来ていて、服には血糊が仕込んであった。それを見せられて、余りの趣味の悪さに薄ら笑いしか出なかった。

『言っとくけど私、右肩と肋骨折れたみたい。息しにくい。全く馬鹿力なんだから……骨が心臓に刺さらなくてよかったわ……』

『ごめ……しかし、今の急襲自体が演技だったのか?』

『そんなわけないでしょう? トキ、何人屠ったか……凄い覚悟ね。ナイフが偽物じゃなかったら本当に、私、死んでいたわ』

『やめてくれよ、俺……どんなに覚悟があっても……』

 言葉が上手く出ない。

 本物を持ちなれた俺が握っても、偽物とは分からない重量があるナイフ。切っ先は彼女の丈夫な服を裂き切っていた。もし心臓ではなく、首を狙っていたら、俺は彼女の頸動脈を突き破り、骨を叩き折っていたはずだ。

『俺が…………首、狙っていたら殺していたぞ! アリス!』

『弾、外す気なかったのよ。私……貴方を殺したかった』

 そう言って彼女はにっこり笑う。

『好きだったのよ、本当に。他の女に渡すぐらいなら殺したいくらいに。でも貴方、本気だったから。もういいわ、殺しあったのはお互い様よ。生きていたのだから仲良くしましょう?』



 そこまで話した所で、ひゅーっと口笛が鳴った。

『女の嫉妬は怖いね、トキ、愛され過ぎて怖いなぁー』

『お二人さん、片付けは任せて。医者は手配しておいたから』

 そう言ったのは俺の昔仲間のツールとジュライ。彼らは作戦の小細工や必要な品物を作る細工師。他にも何人かが遺体回収に来てくれている。どうやらある事ない事に、始末してくれるらしい。

『病院はいい、明日には帰るからそんな暇は……』

『バカ言わないで、腹に風穴あいてるし、足の太ももの傷……明日は間違いなく熱出るわよ。ツール、トキを連れて行って!』

 俺はやっと腹や足からの出血に気付いた。担がれると、彼らが手配した車に放り込まれる。

『頼むーー俺、明日には帰るんだ』

『無茶言うなよ、頚損は負ってないようだが。早く弾抜いてやるから。今の弾は即悪いって事はないが……おい、動くな』

『か、帰るったら帰るんだ! ツール! お前だろ、あのナイフ作ったのは! こら、触るな! 帰るぅーーーーーー』

 







「ちょい、何やったのさ」

 エンジェルズ シールドの医務室に居たのは、やけに高圧的な日本人女性の医師だった。

「クラウド女医……」

「覚えていた? 久しぶりさね」

 常勤じゃないので、現役時にも何度かしかお目にかかった事がない。見立てや施術は確かだが、けっこう手荒いのだ。俺の古いカルテが残っていて、それもあってか彼女は俺の事はわかったらしい。

 年の頃は葉子さんか、いや、タカさんより上か……わからない。眼鏡に、髪をサッと結い上げ、きりりとした目つき。日本人女性にしては少し長身だと思う。

 ついでに耳の検査をしてもらったが、当時より異常な高音を聞き取れる範囲が広がっていると言われ、今までの現象はそのせいかと少し納得していると、

「派手にやったね、打撲痕が凄い。それも自分の攻撃のダメージって……腕折れなくて幸いさね。貴方、肌綺麗にしてあげたのに、また何でこんな虐待の痕みたいなのが出来て、残ってるのさ」

 バシッと背中を叩かれる。

「日本じゃこんなの見たら女の子逃げて行くじゃないのさ? ついでに施術してあげるから脱ぎな」

「いえ、いいですよ。痛いし」

「ゆっくりすれば痛みはないハズ……って、貴方、面倒って嫌がるタイプだったわさ……ふぅ。ぷりーず へるぱーす」

 嫌な予感がしてきた。逃げようとした所に仲間が俺を取り押さえる。

『やだ、離せ、やめてくれ』

『お前、注射嫌いだもんな』

『トキが死にかけてない限りは、恒例行事だったもんな~』

『ガキみたいにいうなっ』

『トキみたいな、頑固なガキいらねーよっ』

「はいはい、押さえて~」

『やめろって、うぁああっ』

 注射自体がどうではない。普通の注射は良いが麻酔は……身が竦む……液体が体に入り込んで、力が抜けて。意識がなくなって、その間に何されてるかわからないって恐怖の何物でもない。過去のトラウマなんかないつもりだが、この嫌悪と恐怖感はソレに入るのかも知れない……

「起きたら痛いかもだけど、ま、傷もあるから我慢しな……暫く安静さね」

『俺、明日、帰国す……』

「おバカだねぇ、出来るわけないだわさ」

『や、め……』

『きれーにしてあげるからさ』

『やーーー離せーーっ』

 酒で酔わされて乗り遅れる事はなかったが、こうして俺の帰国は遅れることになったのだった。



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