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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
9月4日

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覚醒中です


ユキさん♪


今回の話は残酷表現があります。ご注意ください。

(その前に賀川の妄想も……笑)

 








 ああ、ユキさんとキスしたいな。

 アリスと別れてから、暢気にそんな事を考える。

 赤い瞳を細めて表現のしようもない美しい表情で、ユキさんは俺にキスを一度だけくれた。

 正気ではなかったようだけれど。それでも嬉しいモノは嬉しい。キス一つでガキみたいだと思うなら思えばいい。幸せなんだ、人とつながっても感じた事のない喜びが俺に去来するんだ、彼女とだと。

 回された腕の重みと温かみが未だに忘れられない。何とか歯止めをかけたけれど、美しい歯並びにそっと舌を這わせた感覚が蘇る。

 たったそれだけで背中に電気が走ったような痛みにも似た甘い痺れがあって。

 初めて、水を含ませようとした時のキスから、彼女との接触は特別だった。

 アリサとは通じていた方だったと思っていたけれど、彼女とどれだけたくさん話しても、どれだけ激しく抱いても埋まらない穴があって。その穴を埋めきれない事に完璧なアリサは耐えられず俺と別れた。

 それにしても一生埋まらないと思った穴が、うろなでの平凡な人生とユキさんとの出会いで埋まっていく……不思議な話だ。

「おい。時貞 玲、だな」

 何だよ、せっかくあのキスの感覚だけで一時間は楽しめそうなのに。ああ、囲まれたか。





「ちょ……」

 人数にして両手の指数はそこに揃っていた。喋りかけてきたのは日本人だったから、雇い主も日本からではないだろうかと思う。または襲う奴の国籍に合わせた言語に揃えると言う事は、対話の用意があるとも取れるが。

「それはない、か」

 彼らは俺を殺す事を目的としていた。何故わかるのかと言えば、ただの勘。俺もかつてこんな顔で『仕事』をしていたのかと思うと憂鬱になった。ただその後に続いた台詞に俺は真剣にならざるを得なかった。

「宵乃宮 雪姫の糧となれ」

「彼女が本当に俺を愛しているかも定かじゃないのに気の早い話だ」

 こんな方法で彼女の気持ちなど知りたくない。

 小道で挟まれた俺は、喋りかけてきた男と逆、押しの弱そうな方の人壁に向かって体当たりを喰らわせる。怯んだ男の上から攻撃を仕掛けてきた男の手にはナイフがあったが、俺は一歩踏み込みその腕を取って一本背負いで投げ飛ばした。抜田先生に自慢したいくらいの動きだったと思う。

 背中ががら空きにならないように即座に拳と蹴りを繰り出しつつ、突破口を見出すととりあえず道を走った。一人で左右に敵を置くのは分が悪い。鍵をナックル代わりにして、一撃の殺傷度を上げてやる。

 俺は小道を利用し、彼らを寸断しながら少しずつ戦力を削る。アップダウンや建物の隙間や屋根を渡り、挟み撃ちならないようにしながら殴り合っていると、何人叩き潰したかわからなくなっていく。次第に戦力を落していくのは俺の方だ。

 さっき目にしたのは一部であったようで、どう考えても人数が半端ではない。日本でやるより、無茶苦茶やっても誤魔化せそうなココで、俺の始末をつけたいのだろう。

「逆に言えば、俺にも容赦がないって事なんだけれど」



『左右からから囲め』

「奴を押さえろ」

『あいつ、何なんだ。傭兵か?』

 交わされる言語が英語だけではなく、スペイン語やフランスっぽいのまでが混じっている。金がかなり動いたのだろう。目的意識の低い烏合の衆は穴が開きやすい。殺し屋を雇わなかったのは嘗められているのか、数押しの方が確実と判断されたか、……とはいえ、もう、頭がおかしくなりそうな人数に手をかけている。拾ったナイフを本気で振り下ろす。この人の数だけユキさんを連れ去りたい者の意志であるなら、俺に手抜きはなかった。

 ユキさんを奪おうとする者への怒りが俺の手を操り、何の躊躇もなく人の急所に拳を振るい、奪ったナイフで視界を奪い、高い所からその体を叩き落としてやった。

 だがこの人数は……どこかで退却すべきだろう……隙を見付けねば。得物が引き抜けずに、素手になったので、警戒を強くする。

「次は誰だっ」

 俺はその時、小さな音を聞いた。撃鉄……何かを判断する前に俺が今立っていた場所に鋭い光が走る。

 銃弾。

 俺を狙った銃まで、距離はさほどなかった。近くに落ちていたナイフを拾い、そこに隠れていた者を引きずり出し、容赦なく手にしていたナイフを心臓を目掛けて…………俺はそれが誰かを知ったが、手を止めなかった。手に握った銃口は間違いなく俺の額をぴったりと狙っていたから。足でその肩を踏みつけ、心臓を突き上げる。

 だが思考が伴って行かず、口を突いたのは疑問詞だった。

『アリ……アリス、冗談だろう? トキが裏切ってなくて良かったって……言ってくれ、たよな?』

 容赦など微塵も入れなかった俺の手は、確実に『アリス』の急所を切り裂いていた。



 今の今まで寄り添っていたんだ、久しぶりに一緒に歩いて。アリサに少し似ていて、でも違う彼女と居る事で、三人で歩いたかつての思い出を手繰り寄せていたんだよ? やっといい時間だったと飲み込めた今、なぜ? 何故? 何故、彼女の血が俺の手を染める?



「う、ぁ」



 誰かわかっていた、でも止めなかった、死ぬわけにはいかなかった……ユキさん、俺……それでも悲しいんだ、迷わない、誰にでも君の為になら……そう思っていても、悲しいんだ……

 涙がどうしようもなく溢れる。手が赤く染まる、嫌に鮮明な赤……

『待って、くれ、何の冗談だ? 頼む、冗談にさせ…………』

『別れた後も、姉さん……貴方が好きだった。でも貴方は心の底から人を愛す事はないだろうって言ってた。私もそう思っていたの……』

『やめて、くれよ』

『だけど、貴方はあの子の事を話す時、とても幸せそうで……貴方からそう思われるあの子が……羨ましかっ……』

『あ、あり……アリス……銃でなくて素手なら。隙をついた接近戦なら俺をやれたはずだ。何で……』

『ふふ。私は、臆病だか、ら、貴方の血で手を汚す自信がなかった。それでも銃を受け取ってくれたなら、そうしたのに……銃の腕は最後まで勝てな、かったわ、ね……』



 動きを止めた俺の回りに、壁が出来始める。

「精神的に、まいるな。へへ、アリス。君を殺しても、俺……」

『最後だ、全員で囲め! 今ならやれるっ』

『もう、力も残ってないハズだ』

 彼女の首から下がった鎖を引き上げ、、タグ、二枚のうちの一枚を引き千切る。

 アリスの血や他の者達の血で塗れた自分の手を、涙で滲む目で見た。

 うろなを旅立った日、ユキさんは俺を呼んでくれた……ピアノではなく、俺を『好きだ』って言ってくれたと、今だけでいい、思っていいかな? ユキさん。それだけで俺は……



「……この血で薄汚れた手で」



 俺は、呟く。

 あるヒトの言葉が頭に過ぎる。

 戦うという『覚悟』、討たれる『覚悟』、そして、守るという『覚悟』。



「それでも彼女の愛を勝ち取るために」



 俺はどこかでこの場を逃げ切ればいいかと思っていた気持ちを完全に捨て去る。

 覚悟を教えてくれた赤い彼女に、ユキさんの知らぬ所で告げた言葉を脳裏で繰り返す。

『俺、もう逃げないよ。何があろうと、誰が来ようと、ユキさんは俺が守ってみせる。でも、命は懸けない。彼女を守って、俺自身も死なないようにする。そして、絶対に彼女を人柱になんてさせない。彼女の愛を、歪んだ欲望の道具に使わせない。俺の手は既に血塗れだけど、ユキさんを守るためなら俺は命を奪う事も厭わないよ』

 眼の前に何人いようと、何人現れようと。

 『妹』と思った『アリス』だろうと。

 どんな化け物だろうと。

 例え、『覚悟』、この言葉を教えてくれた主であろうと。

 今、この瞬間は越えなければならない。



「全てを奪う覚悟を俺に!!」



 アリスのドックタグを口に咥えると、猛り狂った獣のようにその場にいた者を地獄へと導いて行った。

 飛び散る朱に塗れる姿は、『覚悟』を教えた彼女のドレスの色と同じ『赤』に。

 俺の服を、手を、髪を……染め上げて行った。




朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん

YL様 "うろな町の教育を考える会" 業務日誌より賀川のラッシュ(初期時)に集中の為に呟いていた文言を。 


話題としてお借りしました。



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