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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
9月4日

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墓参り中です



時間的にはベル姉様が帰る少し前……


遥かなる異国の地で


 










 俺はあるケーキ屋に入ると店で一番安いシュークリームを買った。

 別にケチった訳じゃない。あの頃、一緒にいた彼女の好物だったから。表面が赤色で出来た小さな箱に、薄いピンクのリボンがかかる。

「変わらない、な……」

『近頃、顔見なかったけど……久しぶりだな。彼女も元気かい?』

『覚えていてくれたんだ。彼女は来ない? 別れたんだ。今度来たら『俺は元気だ』って伝えてくれよ』

『そうか、もし会ったら伝えておくよ』

 気のいい店主は俺の事を覚えていた。

『彼女』と別れたのは本当。でも彼女が絶対に、二度とこの店を『訪れられない』のも知っていた。それでいてそんな事を言ってしまった自分に苦笑する。

 俺は箱を手にツーブロック離れた場所にある目的地に足早に向かう。途中のベンチでシュークリームは平らげて、箱は捨て、リボンだけポケットに押し込む。

 その途中の道端でコンクリの隙間に芽吹き、花を咲かせている草に目をやる。

「あった」

 俺はその中でもひときわ白い綺麗な花を選んで一輪摘んだ。花の名前などは詳しくないけれど、確かマーガレットと言う名だった。ついでに一枚葉っぱも拝借する。



 そうしながら向かった先は、とても広い公園の様に見えた。



 日本では余り見ない、広大な土地に広がる墓地。



 俺は一つの墓の前に立つと、さっき摘んだ花と葉っぱをポケットの中に突っ込んでいたリボンで結わえてそこに置いた。ヨレたリボンを見ながら、

「俺には綺麗に結べないけど、『君は完璧だったよ』、アリサ」

 綺麗に揃ったマーガレットの花弁を見ながら片膝を付いて頭を垂れる。



 俺がこの地を去って、日本に逃げ込む寸前に最後に来たのはこの墓だった。

 かつてのパートナーであり、元恋人であり、俺が死なせた女性の墓。恋人としていたのはそう長い間じゃなくて、亡くなる前にはすでに別れていたけれど。最後までパートナー、仲間としては信頼していたはずだ。

「どっちも裏切ったのは俺だ」

 今日はイイ天気だけれど。あの日は雨で濡れながら、同じように結わえた花を置き、自分のドックタグを一枚置いてきた。

「俺はあの日に死んだつもりだった。けれど……好きな人が出来たんだ。俺、まだ死ねない。ユキさん、あの人の為に生きるんだ。もう二度と……失わない為に」

 もう、あの時置いたタグはなかった。三年以上前だ、もう片付けられているに決まっている。わかっていたけれど。



 本来、ドックタグは二枚で一対。



 一つは遺体に、一つは生者が報告の為に持ち帰る。俺はここに死んだつもりで置いてきたタグを、心の中で、ではあるけれど、拾いに来たのだ。

『姉さんが好きだった花、まだ覚えていてくれたんだ……』

『アリス!』

 声でやっと気付いて振り返る。彼女の気配の消し方は完璧で、アリスに命を狙われたらひとたまりもないなと苦笑した。彼女は自分の首に手を回し、チェーンを引き上げると、そこには三枚のドックタグが引っ掛かっていた。その中の一枚を手早く外すと、

『これを返すわ』

 それはあの時ここに置いてきた、俺のタグだった。ここを去る時、俺のせいでアリサが死んだのだと詰って荒れた彼女が、まさか持っているとは思わなかった。

 そう今回うろなで再会した時、本当に殺しに来たのではないかと思ったので、あのキスに余計驚いたのだ。彼女は俺をリンゴでも剥くように『サクっ』と殺せる実力がある。

 そう……元彼女の妹だから懐いていただけに、俺の裏切りに見える行動は衝撃的だったようで。いつ俺を刺しても不思議ではない程に彼女は俺を恨んでいた。それなのにこれを持っていてくれた事に感謝する。

『見付けた時……腹が立ったわ。そして何度も捨てようと思ったけれど。死んだ姉さんの顔、……笑っていたの。だから捨てられなかった、捨てなくてよかった。トキが裏切ってなくて……よかった』

『ありがとう、アリス。……アリサ』

 俺は心の中で、アリサが言ってくれた言葉を思い出す。



『トキ、完璧じゃないけど愛してる』



 彼女はマーガレットが好きで、家によく飾ってくれた。

 花壇から外れたコンクリの隙間、そんなところでも花開く。真白のその花。それは町の片隅で、汚泥に塗れて生きる俺達の様であり、そうでありながら白い花弁を揃えて真っ直ぐ優しく咲くその花の姿勢が、俺にとって彼女の姿そのものだった。

 付き合っていたのは俺にしては長かったが、一般的にはそう長い時間ではなかったかもしれない。

 彼女は俺と喧嘩するとその白い花に一枚の葉、そしてそれに俺が買ってくるケーキ屋のリボンを結わえて渡す。その時だけ、彼女は必ず花弁を一か所、切り取っていた。

 花弁が欠けたそれは俺で、『完璧じゃないけど愛してる』という隠語で、完璧じゃなくてもそれでも許すと言う意味だった。

 俺にリボンは上手に結べないけれど、『君は完璧だ』と言う意味で、彼女には欠けない花を送る。

 そうすると彼女は綺麗に二本の花を一本のリボンで結わえなおして、並べて飾るのだ。

 


挿絵(By みてみん)



 もうあの花が並ぶ事も、あの言葉を聞く事もない。

 甘えかも知れない、けれど、願わくばもう一度、もう一度だけ、聞きたいと思った。









 ユキさんとお揃いの青い石の横に、生きて行く証として二枚のタグを並べて。

 それから二人でゆっくりと帰途に着く。結構、長い事滞在したホテルを片付けねば。明日にはこの地を去る、やり残した事はないか、頭で考える。

『今日は、ツールとジュライが来てくれるって』

『お前ら、本気で酔い潰す気じゃないだろうな?』

 今日の飲み会で酔い潰されない様にしなければ、明日帰る飛行機に乗せてもらえないかもしれない、そんなくだらない事を考えていると、俺達は何かに気付いて声を顰めた。

『トキ?』

『普通に歩いて』

『やっぱり拳銃所持していた方が良かったんじゃない? 貸そうか?』

『持ってるのか……いや……日本じゃ使えないから。武器は一度『ある』事に慣れると、頼ってしまうから』

『変なこだわり、変わらないわね。でも試弾したら、前よりスコアが高くなっていたのに。残念ね。私より成績良いんだから……』

『集中力が増したんだろうと思うよ。雑音と必要な音を集中で分けれる様になってるみたいだ』

 うろなを出る時に暴力的な鳥笛の音を聞いてから、意識的にやる事で、更に繊細な音まで俺の耳は拾うようになり、逆に絞り込む事も出来るようになっていた。体に防衛機能が付くほど嫌な音だったようだ。

 また聞けば何か成果があるとしても、あの鳥笛は二度と聞きたくない。本当に勘弁してほしい。

 白髪に海のように穏やかな瞳のレディフィルドを思い出し、

「次またワザとに笛を吹いたら殴り後してやろうか」

 ……などと算段する。

 急に吹かれたら絞り込むも何もない。いや、場合に寄ってはそうならない為の訓練も必要か……あんな暴力的で悍ましい音がその辺に転がってはいないと思うが。とりあえず彼の身元は調べに行くか……

 それにしても彼に音楽的才能はないと見た。もっと歌うように吹いてやればあの笛だって、いい音を出すはず。鳥を呼ぶ為だけに思い切り『来い来い!!!!!! 俺様の所に!』って思いだけで吹くから、あんな音になるのではないだろうか?

『何だか楽しそうね?』

『そんな事ないよ』

 それに道場でやっていても特別成果を感じなかったが、こっちに来て仲間達と試合やら簡単な手伝いをした事で、三年前の現役時に近い能力、また上回っている部分まである事に気付いた。一か月くらいだが集中して基礎をやった事、三年間の運送会社でのハードな仕事は思いの外、俺の体を鍛えてくれていたらしい。

 もちろん落ちた所もあるが、それは今からの課題かと思う。



「白昼堂々、っていってもここじゃ普通か」

 もうすぐ夕刻、夜よりも逃走経路が目視できる分、人数を確保できれば、狙いやすい時間でもある。

『アリスは戻れ。お前は政府の加護がある、たぶん俺が目的だ。誰も居ない方が動きやすい』

 俺は警察などの目には付きにくい『隙間』の世界に入る。ついてこようとする彼女を睨み、最後に素気無い言葉を付け加えて、追い払う。俺を恨めしげに睨むアリス。

『……生きて帰ってきてよ? せっかく返したタグを回収するなんてごめんよ?』

『えらく真面目だね』

『もうっ。今日の飲み会には間に合うようにするのよ?』

『ちょ……口は、やめ……』

 強引に顔を掴まれ、キスをされる。何とか口にされるのは避けて頬で許してもらう。彼女はギュッと俺の体に縋るように抱き付いた。

『アリス、君は魅力的だけど、女神には敵わないんだ』

『今、女神が居ないからその分よ』



 ユキさーん、彼女とは何もないから。断じて、何もないから。



 そんな言い訳を心の中でしながら、アリスと離れた。

小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、レディフィルド君と『夜輝石』を。


お借りしております。

問題あればお知らせください。

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