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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月28日

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128/531

調査中です(紅と白)

日本より遠く離れた地で。



 




 俺は古臭い書物の中に埋もれていた。

 かつて大戦で敗戦した日本の文書は、大量に戦勝国に持ち去られている。

 ほとんど手つかずの文書、一般には公開されない、もう存在さえ忘れられたそれらに、俺はユキさんの祖先の亡霊を探していた。

『いつまでやっているんだ、トキ。飲みに行こうぜ?』

 トキと呼ばれて、ああ、俺の事かと二テンポくらい間が開く。暫く悩んで、

『なあ、今夜一晩だけ、ここに……無理か……?』

『笑うな。怖ぇよ、トキ……泊まり込みだな。わかった頼んでやる。まあ相変わらず粘り強いのはいいが。あっちでも鍛えてたか』

『いや、やっと一か月前くらいに、思い立って……』

『ふん、だがすぐヴァンガードに復帰出来そうだな』

 ペタペタ体を触って来るが無視して、

『もう戻らねーって』

『ヴァンガードじゃ嫌ならレアラガードにでも、な』

 俺はかつての仲間に否定的に首を振ると、頭をぐしゃぐしゃにされてしまった。



 辿り着いてすぐにアリスが渡りをつけてくれた図書館に入り込んで、墨で書いた字に頭を悩ませる。達筆すぎて読めないし。時間は昼の一時頃だ。光がないので、時間の感覚が鈍る。

『トキ、これ、あの白髪の子のでしょ? 女神ともう恋人なのねーーーー』

『いや。そうなったらいいなって、思ってる』

『え、まだ寝てないの? 貴方が?』

『……人をハイエナの様に言うな。あの子はまだ未成年だ』

『そう言う問題?』

『何とでも言ってくれ』

 俺はお手上げの格好をして首をすくめた。

 無駄口を叩きながらも、ずっと手伝ってくれているのは俺を迎えにきたアリスだった。

『アリスはいつまでヴァンガードをやるの?』



 ヴァンガード、先鋒と言う意味だが、『エンジェルズ シールド』の中でも危険な立ち位置だ。ちなみにレアラガードは後衛を指す。後衛だからと言って楽だとか安全と言う意味ではないが、やはり後衛の方が死亡率は低い。

 特にヴァンガードには、囮として組織に『商品』として売られる『バード』という役がある。その場合、何の情報を手に入れる間もなく、組織の下っ端にヤラレまくったり、いきなり遊び半分で殺される危険と隣り合わせだ。

『もうバードなんかやってないわよ。レアラ……それも兵站業務ばかりよ? 現役退くかもしれない』



 そう言いながら立ち上がると、

『お昼食べに行こうよ。久しぶりに外で』

『いや。一分でも無駄にしたくない』

『またテイクアウトでいいの? それも殆ど食べてないし』

『マズイんだ。喰えない。葉子さんの料理が懐かし過ぎる』

 そう言うとアリスは葉子さんって誰と聞くので、下宿先の管理人みたいな女だよと話すと、びっくりしたように、

『贅沢になったと言うか。それよりトキがそんな風に笑いながら話すの、やっぱり慣れない』

 昔の俺は、相当笑わない奴だったらしい。会うやつが皆、口を揃えて驚いていく。

『でも、その顔、悪くないわ』

 お世辞を放ち、昼飯に去った、アリスの均整が取れた後ろ姿を見送る。

 あんなに細くても俺より機転は利く、判断力に優れた人材だ。射撃の腕だけが彼女よりは上だったが、俺のその腕も日本じゃ意味がない。訓練もしていないので錆びついているだろう。

 唯一、使えるのはいろんな周波を聞き取れる耳で盗聴器が探せる事ぐらいだ。と、自分の耳を心の中で自慢した途端、



『賀川、聞こえているかいないかは関係ない。力を貸せ、お前の雪姫が危ないぞ』



 そんなベルさんの幻聴を聞いた。

「疲れているのか、俺」

 疲れていないわけではない。だが幻聴を聞くほどではないはずだ。でもこないだもユキさんだけならまだしも、ベルさんまでのおかしな声を聞いてしまっている。

「自分が疑わしいよ、本当に」

 人が居ない部屋、古い紙切れに埋もれながら、俺は首に下げた鎖を服から引き上げた。



 ドッグタグ。



 認識票、俺は正確には軍人ではなかったが……バードは身元を割り出せるものを付ける事はなかったが、直接武器を握り、死地に乗り込む時にたまにこれを下げた。これで頭が爆風で吹っ飛んでも、個人識別できる寸法となる。

 回収されなかったので、何となく捨てきれずにずっとぶら下げていた。この頃はICタグが多いようだが、古いモノなのでただの金属片で出来ている。


 

 捨てきれなかった過去の遺物の横に、うろなの森で貰った水色の雫が下がる。涙のような美しいそれは、ユキさんとのお揃いだ。



挿絵(By みてみん)



 ユキさんのお見舞いにと海の家の子が遊びに来てくれた時。最後にこれをくれたのだ。

 栗色の髪をふわりと揺らした少女、汐ちゃん。

 幼いのにしっかりしている感じがあったが、彼女自身もユキさんのように何か神がかった何かを感じた。

 そんな彼女から、これを渡され握った瞬間、風のような、なにかがソコに舞い散ると言う不思議な感覚があった。

 そんな石を、そっと握ってユキさんを想う。



 白い白い、俺の女神。

 上手く言葉には出来ないけれど、いつでも君を想っている。

 側に居ないけれど、一番近くに。

 俺は貴女の為にあり、貴女の為に生き抜くから。



 気休めのつもりだった。これをユキさんの首に下げてやると、彼女がうれしそうに振り返ったのを覚えている。照れてしまって直視できず、シートベルトを付けろと急かしたら、ぷくっと怒っていた。

 子ども扱いするな、と。

 ……やっぱり年長としてはただ欲望だけで動くわけにはいかない。どんな妄想を抱いても、それを実行するかは、彼女を大切だと認識すればするほど難しくなっていく。

 こんな事を思っていても、妄想がエスカレートしていくのは許してはもらえないか……

 溜息をつきながらタグと石を服の下にも戻そうとして驚く。

「ひ、光ってる?」

 握って熱を与えたら光る性質でもあるのだろうか? それとも人の呼気にでも反応するのか?

 汐ちゃんが『夜輝石』と呼んだそれが、その石の名の通り、輝く。今はここは夜ではないけれど。そう言えば日本は深夜のはず。

 そして俺はベルさんの声に続き、ユキさんの声を聴く。



『この光をくれた子が言っていました。皆幸せになる権利がある。求める事は、自然な事なんだって。だからもう苦しまないで……賀川さん、お姉様をお願い』



「ユキさん?!」

 お姉様? お願い? 意味が解らないまま、また幻聴を聞く。



『……あきらちゃん』



 その声は、姉、冴のもの。だが、それは今の姉の声ではなく、昔、俺が攫われてしまう前に聞いた、懐かしく優しい声、夢にまでみたその声。

 俺の耳が……忘れるわけがない。

「姉さん? 姉さん???」

 何度か呼び続けると、青い石の光は大きくなり、また姉の昔の声を運んで来る。

 光はこれを渡されたあの時の様に風を産んだ。だが紙は舞わない。俺の衣服と髪の毛だけが不自然に、ふわふわと浮く。

「姉さん、聞こえる?」

『本当にあきらちゃん、あきらちゃんなんだ!』

 風が勢いを増し、光が辺りを飛び回る。きゅうきゅうとゴムを絞ったような音が響き出す。

「これ、イルカの声??????」

 テレビか何かでしか聞いた事がないが、何かをこすり上げる様なそれが、『イルカ』だと確信した途端、光は凄い勢いで跳ねていく。



 ドルフィンジャンプ……水族館でしか見た事のないそれらが、俺の足元から光となって舞う。



『あきらちゃん! 見つけた!』

 その声を聴いた途端、光は最大になり、俺を包み込む。誰かに抱きしめられたような質量と熱、それを感じた途端、光は収縮し、小さくなる。

勝利した炎を(ユニケ レセフ)讃える(べネディクテュス)

 炎の天使に(イグニス アンゲルス)感謝を(グラテアス)

 貴女に力と(レカー ヴェゲブラー)勝利と(ヴェネツァク)加護のあらん事を(アナ ホゥ シーアー)

 ユキさんの声で呪文の様なのが聞こえ、小さくなった光は細く伸び、本棚の一か所を暫く指示し、消えた。



「ベルさん? ユキさん? 冴姉さん?」

 俺は遠くの国に置いてきた彼女達の名前を呟く。



 白昼夢だろうか?



「それにしてもリアルに聞こえたな。こりゃ、耳の医者にでもかかりに行くか……」



『トキー、テイクアウトしてきたわ。食事はそこではできないからこっちに来て』

 アリスが呆然としている俺を呼ぶ。

 食事とコーヒーでも摂って、ゆっくりしよう。そう思いながら、何気なく先程の光が最後まで残っていた本棚、その本の背表紙を見る。

 何も書かれていない、でも、俺の琴線を揺らす感覚に突き動かされ、それを手にした。

 宵乃宮の資料ではあったが、中身は大した事はなかった。だが一枚の古ぼけたカラー写真がそこにはさまれており、はらりと落ちる。

「こ、れは……」

 そこには一本の剣。

 もともとはうろなの森にある滝に収められていたという、御神体の写真が写っていた。


リアリスト賀川に起こる不思議。



朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん


小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、汐ちゃん、夜輝石


(『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』27〜28日深夜 青き夢の導き※割込分 に、繋がっています。加筆感謝です)


何か問題があればお知らせ下さい。

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