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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月28日

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再会中です(紅と白)【うろ夏の陣:裏】


どうして……

私、動けないよ?









 突然体が靄のような影に縛られ、動きません。

 重い、なんて表現は生温くて、体中の血管が波打ってすべての血液がどこかへ流れ出て、失われる気がしました。でも私、大したケガなど怪我などしていません。

『少し予想より、早いが』

 誰かの声が私を呼んでいます。

『我が残した最後の『呪』よ』

 その声は地を這うように悍ましく、どうしても生理的に受け入れられないモノでした。



 嫌、イヤ、行きたくない。



 首を振ってみますが、自分でもわかるほど、呆然と見開いた目で、目の前にいる赤いドレスの少女と黒い髪の彼女を見つめます。その姿が二重にも三重にもなり、視界が急激に歪みました。

 何が起こっているか、意味が解りません。

 私が倒れる理由なんてないのです。

『ベル姉様、早く病院行かなきゃ、私の事で手間取らせてる場合じゃないの』

 そう言いたいけど声にもなりません。ベル姉様もリズちゃんも随分と酷いけがで、それは私がこんな所に連れてこられてしまったからで。

 冴お姉様もおかしくなって、体は綺麗なのだけど、ただ呼吸をしている肉の塊になっていて。

 どうしていいかわからないのに。

 倒れている場合じゃないってわかっているのに。

 立とうとしたのに足から崩れて、膝をつき、地面にべたりと倒れます。

 掌に穿っていたネジがはらりと零れ、血がぽたぽた落ちました。

 側に落ちている黒軍手君に手を伸ばしますが、とてもとても遠く感じて拾えません。

「賀川、さん……」



『巫女の命を我が元へと運べ。一緒に黄泉へ逝かん』

 これは、誰の声なのでしょう。どこかで聞いた事がある気がします。そうあれは、猫夜叉の二人が私を助けようとしてくれた少し前のあの夏の日、私の唇を奪った老人のモノ。

『喰ろうて、我は現世に戻ろうぞ』

 体の熱が、声の元へと運ばれ、吸い込まれていくのを感じます。

 呼吸しなきゃ、そう思うけど酸素なんてもういらないみたいです。体からすべてが引くのが解ります。

 ベル姉様、リズちゃん、お二人が何か叫んでますけれど、もう聞こえないのです。

 ああ、せめて、黒軍手君を拾いたい。

 二人に、ありがとう、って言わなきゃ、だけれどそれもできなくて。

 何とか笑えたか……そう思った時、意識がトプンと沈むのを感じます。



 真っ白。

 闇ではなくそこは白い世界でした。


 誰かの声がします。






 私達が自由になる方法は一つだけ。


 貴女がもし自分を失ってしまったら。




 もしもの時は『死』をもって、終わりにする覚悟を。


 貴女にそんな日が来ない様に。


 私は全力で貴女を守ると約束するけれど。



 ねえ、ごめんね、


 今日、清らかな雪が降り積もるこの日に、


 産まれなくてよかったって。


 貴女がいつか思わないと良いなって思うの。




 あの人喜んで、ミルクを買いに行ってくれたけれど。


 その間に、私達はうろなから去りましょう。


 ごめんね、


 ごめんね、


 貴女を誰より想う人を側に置いてあげられなくて。


 いつか貴女もこんな思いをするなら……


 でも生まなければ良かったなんて口が裂けても言えないから。


 あの人を巻き込んでしまった事が申し訳ないけれど。


 あの人が生きてる限り、私はソレにはならないから。


 でも。


 もしもの時は、このネジだけが私達を解放してくれるはず。


 私達は巫女である前に、人間で。


 本来、人柱となるのは己の意志に置いてだけ。






 それでも。






 誰かの傀儡になるのなら。


 人間としての尊厳を持って『死』を選ぶ事も必要だと知っていて。







 懐かしい、その言葉に少女の声が重なります。

『お姉ちゃんは優しいから、『皆の幸せ』の為に、それを望むんだろうけど……。どうして、『自分』は、入ってないの……? 『自分を入れた皆の幸せ』じゃなきゃ……、皆、幸せになんて、なれないんだよっ……?』

 それは少し前に聞いた汐ちゃんの言葉。微かな青色を感じた私はハッとします。

『そう、自分を入れた幸せ……私はまだ誰かの『傀儡にんぎょう』になってないのだから……』

 沈んでなんかいられない!

 それで暫くジタバタしようとしたけれど、何の抵抗も、何の変化もありません。だいたい私、何処に居るのでしょう?

 私が首を傾げた時、また別の声がしました。





『……確かにこの方法ならば、全てを丸く収める事ができるかもしれない……だが、本当にこれでいいのか……? ベルは、あまりにも愚かな方法をとろうとしているのではないか……? 誰でもいい、教えてくれ……! ベルは、どうすればいい……!?』

 そう、それはベル姉様の声。白い白い中でベル姉様の声が響きます。

 でも、何か、悩んでいるみたいです。何があったと言うのでしょう?

 私は心の中で呼びかけてみます。

『ベル姉様……』

『……雪姫? お前なのか? 頼む、応えてくれ……!』

 返事がします、声が届いたようです。思わず嬉しくなりながら、

『……ベル姉様? どうかしましたか?』

『どう、って……』

 ベル姉様が戸惑った声を返してきます。

『……えーと、雪姫? 今自分がどうなっているかわかるか?』

『え? うーん』

 私は言われてよく目を凝らします。白、限りない白。

 でもそれは良く見るとチラチラ雪の降る場所だとわかってきました。それもどこか懐かしく思い、

『何だか雪が積もった場所にいます。何だか、懐かしい風景です』

 そう伝えると、

『そうか……雪姫、今から大事な事を伝える。今のお前は非常に危険な状態だ。今からベルが助けるが、もし失敗したら二人共死ぬ事になる……それでもいいのか?』

 ベル姉様が死ぬのは嫌です。やめて、と言いたいです。でも私が止めても、きっときっと無茶をするのでしょう。私は自分がすべき事を考えます。

 私が出来るのは、ベル姉様を信じること、受け入れる事。

 もしもの時は……そう思った瞬間、私の頭の中に微かに誰かが『べる は、できるこ。だいじょうぶ。巫女が信じられるのならば』そう聞こえたから。

 私はちょっと考えてから、ベル姉様に答えを返します。

『くふふ……ベル姉様らしく、思いのままに。その結果がどうなっても、私はそれを受け入れます。だって、ベル姉様の()ですから……私は、ベル姉様を信じています……』

 その後、微かにベル姉様の笑い声と礼が聞こえた気がしましたが、

『ねえ、ベル姉様?』

 更に呼びかけますが、もう姉様の声は聞こえませんでした。



 もう痛みも苦しさもありません。

 私の全てが終わってしまったのでしょうか?

 でも、でも、ベル姉様が助けてくれると言いましたよね?



 うーん。



 うーん。



 うーん。



 どうしようかな?

 どうしようもできなんですけれどもね。

 自分はホントにどうなっているのでしょう?

 良く考えると雪は真上から落ちてきています。

『ああ、私……』

 雪の降る中、私は空を見上げて、地面に寝ているのだとやっとわかりました。

 冷たい……

 起きなきゃ、そう思うのですが、自分では身動きできないのです。気持ちの中でもがいていると、誰かの声がします。ベル姉様? そう思ったのですが、違います。

 それは幼い少女の泣き声でした。



『玲ちゃん、私が悪いの? ねえ、どうして』



 女の子の声、玲ちゃんって賀川さんの事?

『誰なの?』

 聞いてみますが、返事はありません。

『もう……どうしたらいいんだろう?』

 そう思った時、白い空に赤い点が見えました。白い雪雲の中に赤い点は次第に大きくなり、それがベル姉様だとわかります。

その時、

シャン!

っと、乾いた金属音が聞こえました。ゾクっと嫌な感覚が私を襲います。

何でしょう? この嫌な感じは……

ベル姉様はその音のした方向に火の玉を作って、傍らに投げつけながら近づいて来てくれます。でも手を振る事も出来ず、ただボンヤリとそれを眺めている私。

『雪姫、しっかりしろ! 雪姫!』

『ベル姉さ、ま?』

 慌てる様に舞い降りてきたベル姉様は私をかき抱いてくれて。温かい熱の様なモノがじわりと私に入り込んできます。そうするとゆっくり私の中に動く力が芽生えてきます。

『雪姫っ! 大丈夫かっ。ベルの後ろに隠れていろ! お前の中に巣食っている奴を焼き尽くすまで』

『どういう、事ですか……?』

 ベル姉様の指や体から伝わった熱で、やっと私は自分の意志で首を回し、足で立って、周りを見る事が出来るようになりました。



 白く白く閉ざされた世界に赤のベル姉様と白の私。



 そして気付いたのは、先程ベル姉様が投げた火の玉を避け、少し離れた場所に立つ小柄な老人。その瞳は私を舐める様に見つめていました。

『先に拾われてしまったか。まあ良い。遅かれ早かれ、その力は我の物となる』

 その老人……どこかで見た事がある気がします。

 私はその老人に重なり、『やめ、て。嫌、入って来ないでぇっ』っと叫んだ記憶がハッキリと蘇り、ハッとして唇を押さえます。

 この老人は二度も、私の唇を奪い、私に……『鬼』を降ろしたヒト……

『お主の唇は柔らかだったの』

 嘲るような声に、私は震えが止まりません。

『お、小角……様』

『雪姫! そんな奴の事を『様』などと付ける必要はない!』

『こ、ここはどこなのですか? ベル姉様』

『簡単に言うならば、お前の精神世界といったところだな。そして、ベルはお前の呪いを解くためここに入り込んだ。そして、こいつこそが、お前を苦しめる元凶だ! まさか、雪姫に呪いをかけた上、その内部に巣くっていたとはな!』

 ただただ驚きます。

 小角様……彼は少し前に夏の日、私を『鬼』とし、奪おうとした何者かの一人。そんなヒトが何故ここに? 私にはよくわかりません。ただもしベル姉様が来てくれるのが遅かったなら。私はどうなっていたのでしょう?

 ベル姉様は目を細めて老人を睨みつけ、

『巫女の体から搾り取る力は、まさに甘露だ。この力があれば、我は現世へ戻る事ができる。小娘、邪魔をするでないわ』

『……胸糞悪い。雪姫の生命力を搾り取って生きているだけのお前など、蛆虫にも劣るカスだ』

『くくく、口だけは達者だな、小娘。さあ、巫女よ。我にその力を』

 そう言って差し出す枯れた手は、恐ろしい力を持っていると私は知っているから。やっと動けるようになった私はベル姉様の前に出ます。

『止めて下さい、もうあの時の様に奪ったり傷つけたりしないで下さい。お願いです』

 ベル姉様、平気そうにしてますが、かなりボロボロです。今、この老人と戦ったら……私はそうならない様に頼んでみます。

『それなら巫女よ、我に全てを捧げよ』

『そうしたら止めてくれますか? ベル姉様を、そして町を、ヒトを……傷つけないで』

『よかろう。今、欲しいのは黄泉と現世を繋ぐ、その巫女の力だ』

 私がその老人の元に行こうとしましたが、ベル姉様が割って入ります。

『バカな事を言うな! お前の目的は雪姫を喰いつくし、現世へ戻ってヒトを、町を、果ては国をも支配する気だろう』

 ベル姉様の言葉に老人は暗い微笑みを浮かべて。その禍々しさに思わず身を引きます。

 その時、また泣き声がします。

『玲ちゃん、私が助けるから……ねえ、どこにいるの? お父様、私の言う事を聞いてぇっ!』

 それに気を取られた隙に、ベル姉様は私の体を自分に引き寄せ、

『いいか、必ず勝つ。だからお前は安心してそこで見てい……』

 私はベル姉様の言葉に頷きつつも、どうしてもその泣き声が気になり、その行方を捜してしまいます。

『どうした? 雪姫?』

その様子に気づいたベル姉様がそう声をかけてくれます。

『誰かの声がします、悲しい声が……もしかしたら冴お姉様かもしれません』

『声? あの女の?』

 ベル姉様はどこか遠くの音を探る様な表情の後、

『……雪姫、お前はあの女を助けたいか?』

 その言葉に頷いた私の手を強く引き、泣き声のする方向へ押し出します。

『雪姫、こいつはベルが引き受ける! お前はあの女の所へ行け! 救いたいのだろう、あの女を!』

『でも、ベル姉様……!』

『ベルを信じろ! 大丈夫だ、問題ない!』

『……はい、信じています。ベル姉様!』

 私はあの時と同じ言葉で返します。

『ベル姉様、必ず、無事に戻ると約束して下さい!』

『雪姫、お前もだ。気をつけろ、お前はヒトの言葉を信用し過ぎる。さあ、行け!』

『わかりました!』



 雪が舞い散る中、私は走り出します。



『逃がしはせん!』

『それはベルのセリフだ!』

『おのれ小娘、我の邪魔をするか』

『お前の相手はベルがすると言っただろう! ……お前、ほ、本当に雪姫の……乙女の唇を奪ったのか! 幻であってほしかったというのに……やはり許せん、神や仏が許してもベルが許さん!』



 何かが打ちあう音、赤い閃光、それを背後に聞いた途端、私はどこかわからない広そうな屋敷の廊下に立ち尽くしていました。




 あれ?




 雪が消えました。

 白い空間が消えてここはどこかの建物の廊下……




 不思議だな、そう思いながら何かに呼ばれる様に私はフワフワ歩いて行きます。

『お前にはどうにもできない』

 そんな事を言う男性の声が頭の中でします。

 何を出来ないのか、わかりません。出来なくても行くのです。

 だから私は突き当りにある扉の隙間から、暗い室内に入り込みました。



朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん、リズちゃん、そしてアラストール。


妃羅様『うろな町 思議ノ石碑』より、無白花ちゃん、斬無斗君

小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、汐ちゃん

三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より、小角様


お借りしております。


問題あればお知らせください。


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