祈念中です(紅と白)
ベル姉様……リズちゃんも……
私の前に現れたベル姉様の後ろから声が飛びます。
「雪姫ちゃんに何してやがるっスかこのーっ!」
リズちゃんの体を炎が覆い、黒いレザーのライダースーツに変わります。そして右腕がどう見ても人間ではない……わんちゃんの右手になり、冴お姉様に飛びかかりました。
「待て、リズ! そいつは……」
ベル姉様止めますが、リズちゃんの体が冴お姉様と接触した途端吹っ飛んで壁に叩きつけられていました。冴お姉様の腕が攻撃を仕掛けたようです、リズちゃんが瓦礫に埋まっていて可哀想なのに……私は息をのむだけで動けません。
「リズ!」
「だ、大丈夫っス! 私の事よりも先輩! あいつは私が押さえておくっスから、早く雪姫ちゃんを!」
リズちゃんにその場を任せて、ベル姉様が駆け寄って来てくれます。
「道案内、感謝する。そして、この子は必ず助けると森の皆によろしく伝えてくれ」
そう言って頭を下げるベル姉様の姿。その言葉の先には蝶達がいて。彼らがベル姉様とリズちゃんを呼んでくれたのを感じます。
「ありがとう」
私からもそう一言伝えていると、ベル姉様が声を上げ、
「雪姫! 大丈夫か!? ああ、怪我をしているじゃないか! 痛かっただろうに……!」
そう言われた途端、自分の無力さに涙が溢れてしまいます。何も言えなくなって、ただ、
「ベル姉様……ベル姉様ぁっ!」
と、その名を呼びます。ベル姉様は私をやさしく抱き寄せ、
「よしよし、怖かったな。もう安心しろ。あいつに何があったのかは知った事じゃないが、ベルがあいつをとっちめてやる。もう外を歩く事ができないように……」
やっとそこでハッとします。顔を上げてフルフルと、首を振って、
「だ、駄目です! 今の冴お姉様はアラストールという……おそらく『悪魔』に憑りつかれているんです! 前の私みたいに……! 私が賀川さんの事を想っているから……!」
「悪魔……だと……?」
悪魔、その言葉が正解かわかりませんが、ベル姉様には何か伝わったようで。
「なるほどな。だったらなおの事都合がいい。悪魔ごとあの女を消滅させれば、お前も賀川も安心できる」
う、冴お姉様を見たらそう言う感じになるのではないか、そんな気がしたので、二人に知らせず森の家に出たのに。全く逆効果だった気がします。私……攫われてこんなトコまで来ちゃって、迷惑かけてばかり。情けなくて……ちょっと涙が出そうになりましたが、泣いてる場合じゃありません。
「ベル姉様! それはダメです! 冴お姉様は、賀川さんのたった一人のお姉さんなんです! 確かに今までしてきた事は人として間違っているかもしれません。でも、それは賀川さんの事がとても心配で、大事だからなんです! だからお願いです、ベル姉様。せめて、冴お姉様を止めて下さい! このままでは、冴お姉様が冴お姉様でなくなってしまい、賀川さんが悲しみます……!」
「雪姫……」
ベル姉様はじっと私を見ます。赤い赤い炎の瞳は、私の赤より苛烈で。でも私に向けられる赤はとても優しい物だから。
その赤の瞳に微笑を込めて、優しく撫でてくれるその掌は暖かくて。
「……お前は本当に優しい子だな、雪姫。……いいだろう。痛めつけはするが、どうにかあの悪魔を追い出せるところまでで留めてやろう」
「ベル姉様……!」
「だが、お前に危害が及ぶとまずい。ベルが結界を張っておこう」
先ほど私を包んでいた赤いガラスで出来たような半円ドーム状の何かを、『闇御津羽の結界』と冴お姉様の中の者が呼んでいたのを思い出します。
『結界』……
色と形は似ていましたが、ベル姉様が作ったのは、ガラスの様ではなく炎で出来ていました。でも私の体を焼く事はなく、ベル姉様に似てとても優しく、暖かいのです。外の様子はちゃんと見えます。
「ベル姉様、これは……?」
「我が力で作り出した火炎結界だ。物理的、霊的な攻撃を防ぎ、敵が近付こうものなら高熱で焼き払う。ベルが倒れない限り、その中なら安全だ。そこで待っていてくれ」
せ、説明聞いても意味がわからなかったですが、安全だと言う事はわかりました。なので頷いて、
「はい、ベル姉様。どうか、気をつけて……!」
何もできないのはもどかしいのですが、私に出来る事は何もなくて。
その時、辺りに轟音が響き、地面にリズちゃんが……リズちゃんが!
私は見ていられなくて。でも微かに声がします。
『見なさい、巫女、あなたをまもってくれているのよ』
はらはらと無駄に涙が落ちます。
『あなたができる事をなさい。あなたが今できる事を』
私はそこに居るヒト達を見ます。
左手のネジを握りしめながら、私は祈るのです。
祈る事しかできないけれど。
そして願うのです、ベル姉様も、リズちゃんも、あんなになってしまった冴お姉様も。
いつか笑いあえる時が来るようにと。
そうしている間に、冴お姉様の手には禍々しいばかりの大太刀が現れ、二人に向かおうとします。
リズちゃんはベル姉様の声に応え、突然、黒い黒い、かわカッコいいワンちゃんに変身します。ワンちゃんというには大きすぎだし、頭が三つあったりするのですけど。
本気の姿らしいのですが。こんな時でなかったら撫でに行くのになどと考えていると、そのワンちゃんから流れ出る黒い色も、ベル姉様の体を覆う赤い炎の気配も、何故だか不自然に空気へと溶けて行くのが見えました。
冴お姉様は二人を蹴り飛ばし、投げ飛ばし、ただニタリと笑っているのです。
「『無駄だ、我が前ではそのような攻撃など児戯にも等しい』」
そう言いながら。
「ベル姉様! リズちゃん!」
名前を呼ぶ事しかできなくて。祈る事しかできなくて。
『だ、大丈夫っスよ雪姫ちゃん! こんなの、鉄パイプで殴られたほどにも感じないっス!』
「……それ、重傷じゃないか?」
二人の掛け合いに、ふっと私は力を抜き、そっと左手に右手を重ねながら、首を覆うチョーカーの勾玉に触れ、二人の無事と冴お姉様が戻って来てくれるようにまた祈ります。
リズちゃんの左の頭が、冴お姉様の大太刀で裂かれ、ベル姉様の攻撃は冴お姉様に届きません。
けれど、ベルお姉様はそんな中にあって穏やかな口調で冴お姉様に問うのです。
『……何故お前はあの子をそこまで憎む? 妬む? そして、羨む?』
『……ではアラストール、お前は何故宵乃宮を、そしてあの子を憎む?』
この二つの問い、そしてベルお姉様が発した答えにより、冴お姉様を包んでいた黒い霧の様なモノが少し解けて。ほとんど私には見えなかった冴お姉様の姿が見え始めます。
「お願い、冴お姉様。貴女は優しい人。本当はこんな事をする人じゃない。ベル姉様の声を聴いて。そしてアラストール、アナタには酷い事をしたのですね、謝る事しかできないの。私には」
二人とも、小さなかけ違いや境遇が重なって今を迎えているのがとても悲しくて。
泣く事、祈る事、謝る事……何もならない事でも私に出来る事をしながら、ただ炎の結界の中でベル姉様とリズちゃんが戦うのを見守るのです。
けれど、それをあざ笑うかのように、ベル姉様もリズちゃんも傷ついて。
「『まずは、お前からだ! 宵乃宮の巫女ぉぉぉっ!』」
恨みを込めた咆哮を放ちながら、冴お姉様は太刀でベル姉様が作った炎の結界を切り付けます。それを前に私はそっと目を閉じます。ベル姉様が守ると言ってくれて、リズちゃんもソレに手を貸しているのだから大丈夫。私は信じて『結界』で待つだけ。
『やめろっスーーっ!』
倒れていたと思っていたリズちゃんが飛んできてくれます。
「リズちゃん! 大丈夫なんですか!?」
『死ぬほど痛いっスっけどね! でも、あの人に憑りついている悪魔の力が弱まったおかげで、治癒力も戻ってきたっス!』
少しずつ、冴お姉様と中の『悪魔』が食い違ってきたせいでしょうか? けれども無理矢理に冴お姉様を『悪魔』は働かせようとします。かつて自分がされたように。
もう彼に言葉は届かない……それに巻き添えて冴お姉様の体を盾に逃げようとし、冴お姉様は『今まで犯した罪への償いになるのならば……』そう言って全てを諦めかけるのです。
「冴お姉様が死んだとして、本当に今までやってきた事の償いになるんですか? それは間違いです! 生きて、罪と向き合って下さい。それに、貴女が死んだら、賀が……玲さんが悲しむんです。たった一人の、弟さんが! だから、冴お姉様……生きて下さい!」
その言葉に、そしてベル姉様とリズちゃんが、出来る限り自分を傷つけずに対処してくれている事に気付いてくれて、『今度こそあの子を、優しく抱き締めてあげたい』と、その口から願いが漏れます。
「お願い! 堕天使達よ! 自分が望んで受け入れたのに、その始末を任せるのは、勝手な願いかも知れませんわ。でも……お願いっ! 私が押さえている間に、アラストールを……悪魔を討って!」
リズちゃんが冴お姉様の体を押さえ込みます。
その間に、ベル姉様は不思議な炎となって体に入り込み、アラストールを追い出そうとします。
アラストールが初めから『悪魔』であったかわかりません。宵乃宮、私の一族がかつて彼を弄び、彼の体に刻んだ痛みも苦しみも、けして許されるものではありません。でももう彼は戻れない所まで来てしまっていて、どうにも出来ない事に私は涙を零します。
「可哀想……に」
『そう思うならアレをしばりなさい。アレの居るべきは、もうこの世にはない。よみ、しかないの。だから『錠』をつくり、しばるの』
「しばる?」
『あなたの、ふあんていな力では『逝かせて』あげられない。けれど、そうすればだてんし達がやってくれるかもしれない』
「どうすればいいのですか?」
私は頭の中に流れてくる声の通りに、左手の指先で地面に円や線をいくつか書きます。ネジを握っているのでとても痛いのです。でも外して良いとは言われないので、必死で書いていきます。
そうしている間にベル姉様は冴お姉様の内側からアラストールを炎と共に追い出します。
ベル姉様とリズちゃんから逃げようとするそれ、
『ふふ、良い感じ! いのりの水鎖錠! じゅばくするよっ』
その声が私に響いた瞬間、ネジを刺した腕から背中を貫く様な痛みと共に
ガキィッ!
それは鎖が軋むような音が響きます。
暗い壁面から四方八方から伸びた、青く光る鎖……空中に拘束されたアラストールという名を付けられた悪魔が居ました。
『何だ、これは!? まさか、闇御津羽の力か……!?』
『いまよ、べる、りず――』
私に響く声が、ベル姉様にもリズちゃんにも聞こえたようで、ハッとしたように二人はそれに向かって炎の攻撃を放ちます。ただそれによって生じた爆音と爆炎の中、私には、
『……逝かせてあげられなかったわね。残念』
そんな声がちらりと聞こえました。
でも、終わった。そんな気がしてホッとします。
リズちゃんが三つ首のワンちゃんから女の子の姿に戻るのです。大量の出血……近付いてきたベル姉様も酷い怪我で。
「ベル姉様、なんて酷い怪我……」
「泣くな、雪姫。可愛い顔が台無しだぞ? 本当に、無事でよかった……」
ベル姉様が微笑み、手を握ってくれている、それが見えるのに……私の頭はふわりふわりと揺れ始めます。何でしょう? これ。
「先輩、この人、大丈夫っスか?」
リズが倒れていた冴お姉様を連れてきて、ベル姉様が診てくれます。とても嫌な予感の中、私の頭に靄がかかって行きます。
「……何て事だ。アラストールが最後に暴れたせいで、冴の体を巡る生命エネルギーが大きく乱されてしまっている。体の傷は癒えているが、その内部――生命力と精神力がごっそり持っていかれてしまっている……これではもう、助からない」
「そ、んな……」
嫌な知らせを聞いたせいか、『靄』が体まで支配し始めているのに私は気付いたのでした。
迫力ある戦闘については朝陽さんサイドでどうぞ。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん、リズちゃん、そしてアラストール。
問題があればお知らせください。




