再会中です(紅と白)
息が、重い。
何で…………
目が……覚めます。
一体……何時だろうと思います。だいぶ明るいです。
「起きたッスか? 何か食べられそうなら……」
あれ?
私は軽く頭を捻ります。
来たのはベル姉様と一緒だったのに姿が見えません。そうすると私が混乱しているのに気付いたリズちゃんが、『昨日の事、覚えてないっスか?』そう聞かれてやっと『昨日』があった事、今日はココに来て二晩は経っている事を知りました。
「リズちゃん、来ていたんですね。今、何時ですか?」
「お昼過ぎ……もうすぐ一時っスよ」
私が時間を聞きながら、ふわふわと首を振って、食べ物を拒否したのでリズちゃんは心配そうです。でも、余り食べ物は欲していないので仕方ありません。
「昨日、もしかして無白花ちゃんと斬無斗君が来てた?」
何とか昨日の事を思い出そうとすると、猫夜叉の二人の事が頭をよぎって。そう聞くと、
「西の山で知り合いになったっスよ。まさかユキちゃんとも知り合いとは思わなかったっス」
「挨拶したかったな……」
そう思い出した……『昨日』はとても具合が悪くて、眩暈もして、口に言葉を乗せるのも苦痛で。顔をちらりと見られただけで、言葉も交わせなかったのです。
今も、体が痛いですが、でも昨日より随分良いです。
「お風呂、入りたいな」
「まだ一人で歩くのは無理っすよ」
立ち上がろうとしてフラ付くので、リズちゃんは『お風呂なら私がすぐに沸かすから、雪姫ちゃんは休んでいてちょうだいっス』そう言ってお風呂を用意してくれました。
その後、彼女に支えてもらって、お風呂に入ります。まだ、と言うより、このままではもうすぐ一人で歩けなくなるのではないかと思います。
でも出来る限りは自力で動かなければ。
手を借りながらお風呂に入るとだいぶすっきりして、水だけチビチビ飲み干した所で、
「め、目が覚めたのか、雪姫! お、起きていて大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
ベル姉様が何処からか戻ってきました。どこか散歩にでも出ていたのでしょうか? もしかしたら本探しも大変なのかもしれません。それにしても赤い髪に緑の葉っぱが一枚、とても映えて苺のようです。
そして手にした籠には木苺が入っています。
私はベル姉様の髪の様に艶やかな輝きを放つ、イチゴの美しさに見とれます。自然は何もしなくてもゆっくりと生死のドラマを紡いで、綿々とそれを子孫に引き継いでいきます。人間のような計算無しに。美しい形を作り上げ、惜しげもなく散らしては、種を落とし、芽を出し、花から実を付けるのです。
私は次の年のソレを無事に見たい、そう思いながら、机に置いていたチョーカーを首に、そして青い賀川さんとお揃いの首飾りを下げます。
青い飾りは服で隠しておきます。でも目敏くそれに気づいたベル姉様が、意味ありげに、ニヤリと笑います。
「本当に、それが大事なのだな。あれか、賀川とお揃いだからか?」
「べ、ベルお姉様ともこのチョーカー、お揃いですよ。そうだ! 『統哉』さんと何かお揃いしたらいいです」
「え? と、統哉と、お、お揃い……」
そう言うと、何を考えたのか耳まで途端に赤くなるベル姉様。
どうしたんっスか? っとリズちゃんが首を傾げますが、ベルちゃんはコホンと咳払いをして、
「もしかして絵を描くのか?」
「はい。賀川さんが帰るまでに一枚でも多く描くのです」
そうすれば、きっと、笑ってくれるはず。
私は抱えられるようにリズちゃんに連れられて絵の前に何とか座ります。そしてゆっくり絵を描き出すと、二人は感心したように眺め、褒めてくれます。
そしてベル姉様がふと気づいたように、
「そう言えば雪姫、その黒い犬、お気に入りなのか?」
イーゼルに引っかけている黒軍手君を指差します。
「寝る時も握って寝ているだろう?」
そう言われると少し恥ずかしいです。ちなみにその横に居たカマキリちゃんは威嚇ポーズ中です。
「これ、お守りなんです。夏祭りの時に賀川さんが射的で獲ってくれました」
「……あいつも犬なのか」
「あ、先輩酷いっス。あいつと同じじゃないっス……」
「おい、お前……」
それで何となく思いついて、
「リズちゃん、お手っ!」
そう言ってみると、何の抵抗もなくリズちゃんは椅子に座った私の横に、片膝を付き、私の差し出した手にぽん、っと自分の手を乗せてきます。
「絶対賀川さんはこんなに素直に乗せてくれません。リズちゃんは可愛いし、とってもお利口です」
そう言って綺麗に上げられてポニーテールの頭をポンポンと撫でると、
「うれしーっス!」
そう言って飛びついてきます。尻尾があったら振ってそうです。
賀川さんだったら、『何、言ってるの? ユキさんもう寝なよ』とか言ってくれるならまだしも、スルーしそうで、こういう遊びに乗って来てくれる感じは全然しません。
その点、リズちゃんはとっても可愛いのです。
「リズ、そう言う問題なのか?」
だけどベルお姉様はそう言って笑っていました。
これ以降は、ある程度、集中している私を邪魔しないようにと、気遣ってか、
「じゃあ、ユキ。私達は夕食を用意していよう」
「無理しちゃ駄目っスよ」
そう声かけをして台所に二人は移動してしまいます。
「はい、疲れたらベッドで横になります」
私はそう答えて、暫く集中しています。
暫く……暫く……
ぱちん。
目の前が突然明るくなります。
「えっと」
「暗くなっているのによく絵が描けるな、雪姫。さて、飯にしないか」
ベル姉さまがそう言って、テーブルまで連れて行ってくれます。
テーブルの上には、焼き立てのパンと木苺のジャム、紅茶、サラダ、キノコのスープなどが並んでいます。木苺の赤に、サラダの緑、パンに入ったトウモロコシの黄色……焼き立ての匂い、燻るスープの湯気。キノコの旋律。
目にもとても美味しそうだけど。
私は紅茶に木苺ジャムを入れ、それだけしか手に付けられなくて。きっと二人はがっかりしたでしょう、私の為に作ってくれたのでしょうから。
私は再び絵を描き始めます。
二人は後片付けして、風呂など済ませ、
「おやすみ。頼むから、無理はするな」
「はい、ベル姉様」
「隣にいるっスからね。何かあったら呼んで下さいっス」
「ありがとう、リズちゃん」
私の後ろを通り、母の部屋に入って行きます。
それからどのくらいしたでしょう?
ひらりと蝶が窓より舞い込みます。
「え? 誰が来たんですか? ……出てっちゃダメって言われても」
立ち上がると、側に置いていた黒軍手君を掴んで、立ち上がります。ふわっと体が倒れそうになりました。それでも私はゆっくり、ゆっくり、伝いながら外へ出て行きます。靴を履いて。そっと。
扉を開け、懐中電灯をつけます。普通は要りませんが、相手が必要かもしれません。
「大丈夫よ」
心配げに蝶が『二人』を呼ぶように言いますが、私はゆっくり樹を伝いながら前に進みます。
私は蝶が知らせてくれた人影を程なく見つける事が出来ました。
「あら、ユキさん」
そこには漆黒の、闇で染めたような真黒の、喪服よりもさらに暗い色をした着物を身に纏った女性がそこに居ました。
「冴お姉様……」
一人で向き合うのは怖いけれど。
ベル姉様はこないだ冴お姉様に飛び掛かって行ってしまいました。『隣にいるっスからね。何かあったら呼んで下さいっス』と言った、リズちゃんの言葉を忘れた訳ではないですが、ベル姉様に会わせない方がいいかと思ったのです。
「迎えに出て来てくれたの? この前は酷い事を言ってごめんなさいね」
優しい声で初めて話してくれています。ベル姉様の声が届いたのでしょうか?
私は緊張を緩めて、
「あの、こちらこそごめんなさい。でもどうしてここが?」
「ふふ、匂いを辿ってきたの」
「にお、い?」
意味が解りません。私は首を傾げます。
「ねえ、あきらちゃんに私と会った事、話した?」
「い、いいえ」
「そう。……もう一度だけ聞くわ。貴女、本当にあきらちゃんの事、どう思っているの?」
「お姉様……私、賀川さん、いや、玲さんにピアノを弾いてもらって、『俺を見てくれないか?』って言われました」
「そう」
ただ一言が返ってきます。
「私、そこの家にずっと一人で一年以上住んでいました。その時から、その時から……」
「あきらちゃんの事が好きだったの?」
顔が赤くなるのがわかります。
ですが、その私を見た途端、にィっと冴お姉様が笑うのです。その笑いは余りに嫌な感じで、まるで猛獣の前に柵もなく晒された様な気分でした。賀川さんを想って熱くなった体が急激に冷めます。
私はベル姉様を呼ばなければと思いましたが、首筋が痛み出し、酸素が口に入らないほどの痛みに震えます。
息が出来ない、声が、出せない。体も、動かない。手から懐中電灯が零れて落ちます。取り落としそうになった、黒軍手君だけは何とかポケットに押し込んで……
「苦し……べ、べるね……さ、冴お、姉様……」
膝を折った私の側に、恐ろしい形相の冴お姉様が近寄ります。
『薬もなく、呪いもあっては、闇御津羽も降りられまいて……くくくっ』
お姉様の声が、お姉様のモノではなく、とてもこの世のものとは思えない重さと暗さで私に圧し掛かって来るかのようでした。
苦しくて、まるで操り人形の糸が切れたかのように、地面に座りつくす私の背筋から、服とチョーカー、そして髪を巻き込みながら私を片手でグイッと持ち上げます。お姉様とほとんど体格差はないハズ、どう考えても冴お姉様の力とは思えないその剛力で、捩じるように立たせられます。
「『ゆっくり、お前にふさわしい場所で喰ってやる』」
私が聞いたのはそこまで。酸素を失った私は、血の気が引く感覚と共に意識も失ったのでした。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃんとリズちゃん。それからアラストール。
銀月 妃羅様 『うろな町 思議ノ石碑』より、無白花ちゃん 斬無斗君。
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