乗車中です(紅と白)
気付かぬままに。
こんなタイミングで『アリス』が来るなんて。
手にナイフは無くてよかったが、キスは止めて欲しかった。
日本と外国ではキスの意味合いが違うのくらいわかっているだろうに。
ユキさんに……見られて完全に動揺して、挙動不審になるまいとした結果、言葉が出て来なかった。
『You’ve got it wrong. Obviously, there is some misunderstanding here. She is the sister of an old flame of mine. She is a quondam friend of mine. I’m addicted to you. I've got a crush on you. Don’t get me wrong, but …………I swear it's true! You gotta believe me! 』
……と、こんな感じで……日本語がまず出てこなかった。英語じゃユキさんに通じないのに。
もう、うまく笑えたか自分でも不明だ。
ベルさんの目が怖い、完全に座っていた、次会ったら殺されるかもしれないが、帰国とすれ違いになる感じだ。
バスから見下ろすと、白と紅、鮮やかなゴスドレスの少女二人が見上げている。
二人とも夕日に負けないほどの赤い瞳で、俺の乗ったバスを見ていた。本当に姉妹に見える。体格上、ベルさんが妹に見えてしまうが。
それにしてもベルさんの姿を見た時に、ユキさんに着せてみたいと思ったが、あんなに似合うとは。白に黒のレースのコントラストそれも首の白地に赤い勾玉のチョーカーがとても映えていた。美しいそのチョイスはベルさんだな、ユキさんの事に入れ込んでくれているだけあって、彼女の引き立て方をよくわかっている。
自分もお揃いで、赤地に白の勾玉のチョーカーを身に付けていた。
アレをそっと解いて首筋にそっと唇を押し当ててやりたいな。
そこで、ふと、思う。
ユキさんが首を隠した様な服装がこの所、多かった事を。
多かったと言うより始終だ。それはお盆に帰って来た時からだと今更思う。珍しく黒いワンピを着ていた、アレもハイネックだった。今まであんな濃い色のワンピやハイネックは着ていなかったのに。魅力的な首筋が見えなければ、欲望抑止力になるとか笑っていたが、何か首に隠したいモノでもあったのではないだろうか?
今更引き返せるわけではない。携帯を立ち上げたかったが、前田家を出た時点で、電源を切って置く事は篠生から厳命されている。俺は二人に出来るだけ笑ってみたが、見えたろうか?
『反射で見えないわよ』
ああ、そうか、『アリス』に言われて気付く。
そんな事も考えられないくらいユキさんを見ると動転するな。何か言ってくれていたけれど、バスのエンジン音を絞って頭で反復してみる……
……今度……聞かせて下さい……貴……好き……?????
……こ、今度、気持ちを聞かせて下さいっ。私、貴方が、その……その、好き……です?????
確かに『好きだ』と言ってくれた……わけはないか。
ああ、きっと『今度ピアノを聞かせてください。貴方のピアノが好きです』とでも言ったのだろう。そう思おう。流石にムシが良すぎる。っというか、何故こういう時、ムシがいいと言うのだろう? 何が良いんだかわからない。
それにしても、よく耳が聞こえる気がする。
今もバスのエンジン音や細かな軋みまでハッキリしている気が……レディフィルドの笛音で体に影響が出たのかも知れない。ゆっくり機内で試してみるか、と思う。
とにかく暇があったら向こうでも少しピアノを弾いておこう。良い音でもっと綺麗に弾いてあげたい。気持ちを込めて、またあのような時間が過ごせるなら俺は嬉しい。彼女は喜んでくれるだろうか?
『ね、トキ。あの子達、知り合いなの?』
そう呼ばれてハッとする。
トキ、俺のかつての名前。
苗字も名前も使いたくなかったけれど、いつの間にかついた名前。『どこがお喋りなんだ?』と『talky』と引っかけてよく言われた。
『ああ、可愛いだろう? 特に白髪の子』
『あら、篠生が言っていたのは本当だったのね。トキが白い女神を掴まえたって』
『で、アリス、篠生に言われてきたんだな?』
彼女は『アリス』、アリス・トミタ・クラウンシーバ。日系で黒髪が美しい彼女は、向こうでの仲間だった。そして『アリサ』の妹。
『それもあるけれど、仕事に戻って欲しいって頼みに来たの。トキ、愛してるわ』
『……愛してるって、妹として、だろ?』
アリスは悪戯っぽく笑う。
『女の気持ちがわからない人ね』
もう一度、キスを求めようとするので、全力で止める。
『もうあいさつは済んだだろ!』
『口キス、私は好きな相手にしかしないわよ』
『……お前はそんな事ばかり言う。だいたい日本語喋れるだろうが』
ああ、ユキさん。彼女とはただの仕事仲間だから。
彼女と彼女の一つ上の姉とは同時期に『エンジェルズ シールド』で前衛、ヴァンガードを務めた。バードと呼ばれる囮役となった時はお互いに助け合った。
ただ……彼女の姉『アリサ』は、俺が退役した原因となった騒動で命を落としていた。
アリサはそう長い間じゃなかったけれど、俺の『完璧な彼女』だった。命を落とすだいぶ前には別れていたけど。そんな関係だからアリスは俺にとって、彼女の方が少し年上だけど『大切な妹』だった。
『来てくれたついでに一つ頼みごとがある』
『え? やったらキスしてくれる?』
『それは遠慮させてくれ。それより図書館に繋ぎを付けてくれないか』
『図書館?』
『この国から敗戦時に接収された、機密文書が見たい』
『あ、貴方、議会図書館……って事じゃない! それも機密ってバックに置いてある物でしょ? そんなに簡単に言わないで』
彼女は俺の顔をじっと見る。
『……わかったから。そんな物欲しそうな顔やめて……』
『ありがとうアリス』
そう言って笑うと、
『更にそんな顔までするようになったの? もう……白髪の子のせい?』
『いや』
俺は暮れていくうろな町を見やって、呟く。
「うろな町にはドラマがある、だから、かな?」
暫し離れるこの町を懐かしく見ながら、俺はユキさんに思いを傾ける。
だがそこに忍び寄っている『影』に俺が気付く事はなかった。
気付けぬままに。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん。
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英語は雰囲気でどうぞ…




