見送り中です(紅と白)
しゃんとしないと。
バザーの帰り道。
冴お姉様と会ってから、何だか具合が悪いのです。
ちょっと恥ずかしかったけれど可愛い服を着て、ベル姉様と一緒に居られて楽しかったのに。
「これじゃあ、台無しですね」
「何を言っている。ベルは楽しかった」
少し休んで……倒れるほどは無いですが、歩いているのが本当は辛いのです。でもベル姉様が居るので大丈夫。何とか自力で戻れました。
さあ、笑って玄関をくぐらないとダメです。家の人に迷惑をかけちゃう。
「ベル姉様、首の傷は見えていない?」
「大丈夫だぞ」
それを聞いて、安心して玄関を開けます。家に帰ったらゴロゴロするのです。でもその前にこの服を着た姿を見てもらいたいと……
「ただいま戻りました」
「ユキさん、ベルちゃん、おかえりなさい。あらぁ。可愛い格好してまるで姉妹の様ね」
「うぉ、天使が二人降臨してるぞっ」
「ユキ姐さん、ベル姐さん、何かすげえっす」
「ベルはただの天使ではないぞ」
恥ずかしくなって俯きます。でも次の葉子さんに一言で、私は顔をあげます。
「残念ねーこんな可愛いユキさんを賀川君、見れないなんて」
「え? また夜勤ですか?」
「聞いてないの? 今日から暫く研修でうろなを離れるんですって」
言ってないって冗談かと思ったわ、と、葉子さんは続けています。今月行くとは聞いてはいました、でも今日からとは……知りませんでした。でも今月って確かに後、僅かです。何で私、聞いておかなかったんでしょう?
「暫くってどのくらいでしょう?」
「二週間、と言っていたな。見送りできる時間を目指して帰って来たのだが。奴の人生捨てたような笑いが見れないのは残念だな」
あの女のせいだな、っと、ベル姉様が呟いています。
そう言えば……ベル姉様は時間を気にしながらバザー会場を後にしていたような。やっとそれが賀川さんの外出時間に合せようとした為だと気付きました。
離れるのは二週間。
少し……ほんの少しですよ? 長いなって思いました。
け、けれど、帰って来るんだから、送らなくてもいいですよね? ずっと会えないワケじゃないですよ? だから彼も特に何も言っていかなかったのでしょう。
でも……………………寂しいと、少しぐらい……考えてくれないのでしょうか。
せっかくだからこの恰好、ベル姉様と並んで見て欲しかったな、そう思います。お揃いみたいだし、私一人で着るのはちょっと勇気が要るから。二週間後だともうベル姉様、帰ってしまっていますよね。
「まだ、バス停に居るんじゃないかしら。でも携帯は電源落しているって」
葉子さんの言葉を受けて、ちらっとベル姉様が私を見て、
「ユキ、具合はどうだ」
「もう、だいぶ良いです」
さっきよりはいいのです。冴お姉様に会って、すぐよりはって事ですけど。
「ベルはちょっと顔を見に行ってくる。ついでにくるか?」
「あ、はい」
私はまた浮いた汗を拭って、笑います。
「荷物は離れに運んでおくわ」
「そんな、葉子の手を煩わせるわけには……」
「何の為に男手がたくさん居ると思ってるんすか?」
玄関に出て来ていたお兄さん達が、『任せてくれ』と、手際良く軽々と運んで行きます。
「ふふ。じゃあ、ベルちゃん、ユキさんの事、頼むわ」
戻った家から出て、一路バス停目指します。夕暮れになって少し日が落ちかけているのに、やはり暑いです。体が重いのです。いつもみたいにふわふわ、歩けない。こんなの初めてです。
重力が凄いです。へたり込みそうなのに、何で私は歩いてるんでしょう?
「ユキ、止めておいた方が良かったか」
「いいえ」
夕暮れの光の中、バス停の椅子に座った賀川さんの姿が見えます。
空に二羽の白い鳥が飛んで消えて行きました。
汗が引く気がしました、ちゃんと、しなきゃ。
声が聞きたい、真っ直ぐ向いて、貴方の声が聞きたいの。そう思うのに、私の足は止まってしまいました。
私達より先に、彼の後ろに黒髪の女性が歩み寄ったからです。驚いた顔の賀川さん。
『Why are you here?! Why? Alice?』
立ち上がった賀川さんがそう言うと、とっても嬉しそうな顔をした女性は飛びつくように抱き付いて、キスをします。ソレも口と口……なんですけれど。
彼は照れた様にはしていますが、あんまり抵抗はないようです。離れた唇、ピンクの口紅が塗られた彼女から、さらさらと英語が零れます。
『How I've missed Toki! I’m so happy that I got to see you again. Did you want to meet me?』
『a……I wanted…… to see you too.』
『I really……I wanted to see you for ages.』
『I cannot be together with you.』
『Your misunderstandings have been cleared up.』
ハーフかクオーターか、ベル姉様よりも東洋人の血を感じますが、はっきりとした瞳の緑が日本人以外の血を告げます。年齢は賀川さんと同じか少し上でしょう、大人の色気と言うか、タイトスカートからすらりと伸びた足が健康的で素敵な女性です。そしてとてもうらやましい程の漆黒を湛えた髪。
何より、賀川さんの過去を知っていて、それも近しい間柄なのがその輝く穏やかな瞳から感じられます。ただの会社の知り合いなんかじゃない、そう確信しました。
『It's not right for you to be treated that way……We want to work together with all of you. We are sad we can't meet you.』
『I only go to hunging out. I decided not to work.』
それにしても英語だし、早い上に発音良すぎて聞き取れません。その上バスが来て、扉が開きます。
走り寄りたい、でも体が上手く動かないのです。走れなくて、私は出来るだけ大きな声で、
「か、賀川さん!」
真っ黒な、表情のない瞳で、彼が私を見ました。
「……こ、今度、気持ちを聞かせて下さいっ。私、貴方が、その……」
言葉に詰まった私の肩にそっとベルお姉様が手を置きます。私の声は小さくなっていましたが、
「その、好き……です」
そう、呟く事が出来ました。彼に自分の全てを話せるようになってからって思っていたけれど、今言わないといけない気がして。でも間違いなく、聞こえてないと思います。
それでも言いたかったのです。何故でしょう? 彼は二週間離れるなんてきっとどうでも良い事だと思って、真面な挨拶もして行かなかったのに。
彼は少しだけ笑ってから軽く手をあげ、その後は振り返らず、小さな鞄を手に、彼女と乗り込んでしまいます。
バスはクラクションを軽く鳴らして、出発してしまいました。すれ違いに見上げますが、反射したガラス窓で、彼を見る事もできません。疲れが吐き出され、汗が滲む中、バスの行先が空港行きになっていたので、何だか不安になりました。
「ベル……姉様……」
「よく頑張ったな、雪姫」
「……はい……」
ベル姉様に支えられ、そう答えます。何とか笑えたものの、こんなに暑いのに急に氷を帯びたような冷気を感じます。心地良さなどない、重い冷たさです。
「賀川さん、会社の研修なんですよね?」
「ベルはそう聞いている」
「今のバス、空港行きだったんです。賀川さん、海外で暮らしていたらしいから、もう……」
「何処に行ったにしろ、帰ると言ったなら、帰るんじゃないのか?」
ベルお姉様は強い口調でそう言うと、踵を返します。
「帰ってきますよね……」
私は小さくそう言って、ベル姉様の後を付いて行こうとして。
あれ?
地面に手を付いている自分に気づきました。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん。
問題がありましたらお知らせください。
英語は雰囲気でどうぞ…
明日は賀川の弁明を……笑




