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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月25日

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外出中です(紅と白)(謎の配達人)


いく、か。







「夕方7時に空港についていればいいんだろう? そろそろ出るから」

「本当に、間違いなくお願いいたしますよ。チケットは預かってますからね」








 念押しされるのを忌々しく思いながら、電話を切る。

「遠いな」

 表向きは会社の研修でうろなを半月ほど空ける予定になっている。だが本当は飛行機でちょっと飛ぶ予定だ。昔の住処へ。

 仲間と一杯やれば仕事に巻き込まれそうな気がするが、仕方ない。篠生との契約だ。ここで反古にすれば、ユキさんの過去やその一族について、タカさんや抜田先生に落した情報費用として莫大な金額を請求されるだろう。それだけならまだしも情報自体・・・・回収・・して来いと、彼らを狙撃・・させかねない。流石にタカさんも銃弾で撃たれたら手も足も出ない……と、思う。

 大人しく行けば移動費や滞在費はすべて篠生が、と言うか裏で呼んでいる、かつての仲間が支払ってくれる。

 俺が持って行くのは、服を数着、パスポート、普通の財布に少しの外貨、朝から走り書きしたメモ紙、後は現地調達。だから荷物も準備する必要なんかないんだが。篠生に休みを取らされた。出かけるのは夕方だと言うのに、脱走予防。どれだけ俺が後ろ向きだったか悟らされる。いや、今日も『アリサ』の夢で動揺したから、ヤツの心配もわかる気がする。

 運送会社の方は盆休みとしては長いが、この頃積み重ねた残業で仲間たちと上司を黙らせた。夏のラッシュも過ぎ、帰って着た頃には勤務も落ち着く。帰ってきたら出来るだけ仕事は少なめにする。これでユキさんの外出に無理なく付き合う事が出来るはずだ。



 今日一日、基本ぼんやりしていていたが、午前中は心を落ち着けるのに書き物をしていた。

 一度は『裏切り者』の烙印を押されて逃げ出した場所。真実は曲げていて、本当に裏切ったのは俺ではなく、人質を取られた別の仲間。でもその汚名を俺は着てその場を去った。

 そんな奴らの前に立つ、その為に心を落ち着け、アリサの事や助けられなかった子供達や仲間、また今まで整理の付かなかった母の事を考えて時間を使った。

 それから午後は向こうで俺が何かやれることはないか、考えていた。

 おかげで気持ちや目的はスッキリしたから今日の休みも悪くなかったかもしれない。

「図書館……頼んだら、誰か手配してくれるだろうか?」



 やっと食べられた昼食の時によく聞くと、ユキさんはバザーへ出かけたらしい。ベルさんが側に居るので、心配はいらない。赤髪の彼女が来て、ユキさんは楽しそうだ。だが、森に今月頭に籠り、戻ってからは随分体が疲れている様。

 せっかくの葉子さんの食事も、殆ど喉を通っていない。だが俺が心配した所でどうしようもない。もっと聞いてやれたら良いのに、時間もなかったし、色々肝心な所は二十三日に森へ行った時に聞きたいと思ったが、上手に聞き出せなかった。

 でも汐ちゃんが来てくれてとても楽しい時間を過ごせた。

 帰りはだいぶ疲れた感じだったが、青い雫の玉を下げた姿で嬉しそうだった。余りの可愛さについ照れて、早くシートベルトをと促したら、子ども扱いするなと怒っていたっけ……

「そう言えば、俺、今日から出かけるって言いそびれてたな」

 今更そんな事を思い出す。

 しまったと思ったがもう遅い。だからと言って電話をするのもおかしな感じだ。小さな荷物を手に俺は階段を下りた。

「さてと」

 俺は約束の時間に間に合うバスに乗るべく、前田家を後にする。

「では行ってきます」

 何だか、我が家、みたいに出て行っている。俺、居候なんだが。そして葉子さんは当たり前の様に、

「賀川君、行ってらっしゃい。気をつけてね」

 こうやって送り出されている、俺。

 たった一月でまるでここが前からの家だったような気がしている。おこがましい話だ、タカさん達にしてみれば、ちょっとだけ門番が出来る野良犬に、餌をくれた程度の感覚だろうに。



「土産よろしくー」

「研修なので無いですよ」

「えーケチだな」

 葉子さんに送り出される後ろで、非番の兄さんが騒いでいるのに冷たく返す。それでも笑って送り出してくれる職人さん達。本当はあっちで売ってる変わったモノでも買ってきてやりたいが、土産なんか買ったら、何処に行ったかバレる。無理だ。

「葉子さん。これからは勉強だし、山の中で圏外になるので、携帯はもう電源落します」

「そうなの?」

「ユキさんに今日出るって伝え忘れていたので、お願いします」

 そう言うと、葉子さんは明らかに俺を責める様な目で見ていたけれど。



 もう夕暮れも近い。

 今日は随分長い外出だが、ユキさん疲れてないだろうか。ベルちゃんも探し物が見つかっているといいが、見つかってしまえば彼女は帰ってしまう。こちらの都合的にはギリギリまで滞在してユキさんの隣に居て欲しいのが本音だ。

「何でユキさん、普通の娘じゃなかったかな……」

 一人、呟く。

 容姿的に日本では際立っているが、あれ程までに赤い目は無いにしても、髪色だけなら海外暮らしの間に白髪の娘はたくさん見た。それに胸や体格だけなら彼女でなくても良いだろうに。今更後悔しても、持って行かれた心を取り戻す事も出来ない。

 巫女なんて、それも人柱なんて、最たるオカルトだ。神への生贄(Sacrifice)など、信じられない。

 現実に地面の下を這いずり回り、いくら天を眺めて祈ろうと、呪おうと、神も悪魔も現実に降って来る事はなかった。俺の中の妄想では何万回も降りてきているけれど、現実にはこれっぽっちも影響がない。

 でも俺の目前で、紅目の少女は虫を使役してみせる。本人はそれを不思議とも思っていない様で、注釈も弁解もなく、ただ笑っている。

 数えきれないほどの蝶が彼女を寄生木とする様に止まり、起き上がった彼女が言うままに窓から出ていく様は、不気味でありながら何とも幻想的だった。

 蟻を初めとして、蝶、蜻蛉、カマキリ……蛍に照らされた彼女など、もう本当に女神のようで。



 ため息をつく。

 それに彼女がもう好いてくれていると聞いて勢い込んでみたものの、ピアノまでは良かったが、いざ言葉を紡ごうとすると、上手く口に出来ない。何か喋りたいとも思うが何も言わず手に触れ、肩を抱いている時の方が落ち着いてしまって、もうそれだけで満たされた。あんなに空いていた穴が埋まっていくんだ、アリサ。思い出したように彼女に告げてみる。

 そしてユキさんも同じように感じ、満たされたように幸せそうに笑ってくれている気がした。

 体は辛そうだけれども。

 俺が無関心を決めていた時に見せていた、泣き出しそうな表情が消えた。涙目で見上げる、あれはあれでそそっていたけれど、やっぱり嬉しそうな方が良い。

 手を握った時に柔らかな肌を感じ満たされると、一気に妄想は描くが、俺自身が乗り越えなければいけない壁も感じた。

 夏祭りの花火の時は、殆ど勢いだったし、そのまま彼女との仲を進めるつもりだったのに。一度立ち止まったので、いろいろ考えてしまう。

 年齢や、彼女の立場や、その他もろもろ。大人の俺の方が考えてやらねばならない事も多い。それに俺自身が彼女を「穢して」しまうのが……正直怖い。自分のバカげた生い立ちで堕ちた先で、生きる為に愚かで最低な事を繰り返した半生を彼女に晒しても、俺を受け入れてくれるだろうか?



「母さんに大切な人が出来たって言ったら、喜んでくれたろうか」

 狂ってしまった母は何を思って病院を飛び出したのだろう? 見舞いにいってたのだから、その時に起こった事なら止められていたかもしれない。俺だよって何度も言ったら、もしかして昔の影ではなく、俺と気付いてくれていただろうか?

 渡せなかった花が心の中で踏みつけられて、散る。



「ゆっくりでもいい、よな」



 焦るまい。

 やっと思いを込めてピアノが弾けただけでも俺にとっては上出来だ。

 そう。ユキさんとはゆっくり繋がっていきたい。そう思いながら彼女が緩く笑うのを思い出す。だがその言葉が消えぬうちに、

「帰ってきたら、人とうまく喋るコツでも清水先生に聞いてみるかな?」

 などと、正反対な計画を立てていると、



 ばさばさっ



 おかしな羽音が頭上でしたと思ったら、何かが俺の頭にとまっていた。

「おいっ、俺は木じゃないけどな」

 払い落とそうとしたが、生き物はふわりと次は俺の荷物へしがみ付いた。

 それは小さめな白鳩だった。

 白い姿を目にすると、何だかユキさんを想像してしまって。それもこの子が肩に乗ってるユキさん可愛いだろうな、虫だけでなく鳥の声もわかるのだろうかなどと思ったら、もう無碍に追い払えなくなる。



「お前、迷子か?」

 鳥の足には小さな筒が付いていて、伝書鳩を思わせた。飼い鳥だから人懐っこいのかもしれない。

「バスが来るまで休んでいくかい?」

 俺はバス停に着くと、椅子に座わり、鳥が鎮座した小さなカバンをベンチに置く。追い払うのはあとで良いだろう。バスが着たら驚いて逃げていくだろうし。

 少し早すぎたようだ。

 焼け付く夏の熱は湿気を帯びて、汗と共に不快指数をあげる。

「二週間、か」

 最後にユキさんを見たのは昨日、納涼会から帰宅した後、ベルさんと仲良さそうに離れへ戻っていく後ろ姿。抱きしめる事は出来なかったが、せめて前からちゃんと見たかったな。それに今日だって、バザーから帰宅するのを確認したかった。ベルさんには確か、時間を言っておいたので、合わせて帰って来てくれるかもと期待したのだが。

 二人でいるだけで、側に居るだけもう何でも良くて。

 忘れていたんだとか、言葉に出来なかったんだとか、そんな事を言ったらベルさんは俺を叱責するだろうか、激怒するだろうか? もう彼女も帰って来た頃にはうろなに居ないのだと思うと少し寂しい。事故やら組手やら、そして覚悟を決めるなんて、人生どこで何が起こるかわからないと改めて思ったよ。




 まさか姉が俺の知らぬ所で『いつもの』ように、俺に近付く女としてユキさんを追い払おうとして、ベルさんに撃退された事、そして姉が更に恐ろしい事態を招こうとしていた事など思い及びもしなかったのだ。



 何故か懐いた白い鳩に手を伸ばすと、頭を擦り付けてきた。

「餌ないからな。ごめんな」

 そう言うと、きょとん鳩は首を傾げた。その仕草がユキさんに見える俺は、少し彼女に傾倒し過ぎているのかもしれない。


挿絵(By みてみん)

朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん。

小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、汐ちゃんとまめ鳥ちゃんと『夜輝石』を。

YL様 『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 』より清水先生お名前を。


お借りいたしました。問題がありましたらお知らせください。



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