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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月25日

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夢見中です



昔の話。


暗い過去話です。


 





『子供が一人足りないわ』

『どういう事だ? この時間は全員ここにいるはずだろう?』



 俺に話しかけて来た彼女の名は『アリサ』。アリサ・トミタ・クラウンシーバ。本名なのかは知らない、俺の本名を彼女も正確には知らなかったと思う。

 日系の彼女、でも日本人ではない、それでも俺と同じルーツを感じさせる黒髪に緑の瞳。

 これは昔の記憶。

 彼女は居ない。

 うろなに来る三年前の……もう三年半になってしまったか、そんな時の記憶。



 その時の俺は『エンジェルズ シールド』で、ある人身売買組織に潜入していた。『バード』と呼ばれる囮として半年以上ここで飯を食った。俺は囮と言っても大きくなっていたから、幹部として侵入していた。そこで徹底的に調べあげ、この日と決められた脱出の時。

 一緒に潜入していた彼女は不吉な事を言った。

 彼女とは付き合いが長く、俺よりこの仕事の先輩でもあった。同じように子供のバードとして忍んだ事もあった。それにある一時期、同棲までしていた彼女だった。

 俺にとって彼女は完璧で、彼女は心から愛してくれた。でも彼女は完璧だから、俺の心に空いた穴が自分では埋められないと悟ると、自然と別れた。

 別れたけれど仕事に支障はなく、これまで以上にいいパートナーとしてやってきていた、はずだ。

『何かあれば『妹』から言ってくるだろう?』

 今日は組織の大切な取引の日で、その日のセリにかけられなかった少年少女は小分けではなく、ある程度まとめて管理される日だった。だが、セリにかけられる予定のない子がいないと言うのだ。



『だけど、気になるわ。他のスペースにいるかも。私は残るから皆を先導して』

『待てよ、それなら俺が……』

『私、子供の相手は好きじゃないの』

『OK……パーティに遅れるなよ』

 ここの子供達はまだ連れて来られて間もなく、まだ自分で動ける者が多かった為、突入パーティの際、巻き込まれないように先に建物外に出しておく事になった。場合によっては生きた盾にされる為、そう言う判断が下される事もある。今回はそのケースだった。動けない者は別働隊が地下に運び、別口で保護している手筈。

『皆、ついて来い。俺達は『エンジェルズ シールド』。君達を助けに来た。家に帰れるんだ。泣くな、静かに出来ないなら連れて行けない。お願いだ』

 側で泣く子をあやし、それでダメなら猿轡付きのまま、アリサと別れ、六名ほどの子供を引率する。

 だが、何かが引っ掛かって、俺の不安を掻き立てた。

『どうした?』

 途中で合流した二人の仲間に怪訝な表情をされる。警備が薄く、大方を縛り上げたため身動きは取りやすかった。違和感……色々と思い返せばおかしかったのだと。だがそれは後から思い知る事になる。



『そう言えば、アリサが居ないじゃないか』

『後、その扉で最後だろ? そしたらすぐ外だ。任せられるか?』

 一番小さかった子が俺の手にしがみ付いて離れない。その髪を撫でて説き伏せる。

『この兄ちゃん達に付いて行くんだ。大丈夫、心配要らない。もうすぐママに会えるんだから』

 そうしながらも仲間に、

『アリサが一人子供が足りないと残ったんだ。俺も引き返して探す。この子を頼む』

 擦れ違いの元だと言われたが、時間になれば戻ると俺は二人に集めた子どもを任せ、その場を後にする。先程使ったルートではなく、探索範囲を広げる為、他のルートを辿った時、嫌なモノを見ることになった。



 まず細く泣き声がした。

 およそ人間の耳では捉えられないほどの音。だが俺には聞こえてしまった。通風孔のような場所から覗くとそこに人が居た。

 それは痛みや苦しみではなく喜びの鳴き声。そこには三人の人間がいて、泣いているのは二人だった。

 一人はアリサが居ないと言った子供で、もう一人は『エンジェルズ シールド』の仲間。泣いていたのはその二人で、残りの一人はこの組織の幹部。

『返してくれてありがとうございます』

『よく働いてくれたからな』

『パパ、パパ』

 感動の再会と言った感じ、だ。それはこの建物の中で、行われる事はない……

 そして……そこに何かが倒れているのに気付く。

 それは……『アリサ』だった。

 美しい黒髪は血まみれで、もう生きていないかに思われた。だが目が僅かに動く。まだ、彼女の息はあった。



 一気に悟る。



 仲間の一人が裏切ったのだと。そうでなければ彼女が不覚を取るなど、ない。

 俺はアリサを助ける為に部屋に飛び込みかけた。だが誰も気付かない程、でも何とか胃から絞り出したアリサの呻きにしか思えない小さい声が俺にはハッキリ聞こえた。

『貴方は完璧じゃないけれど、愛してる。だから、『わかって』いるでしょう?』

 この時、俺は自分の良く聞こえる耳を呪いたかった。



 涙を呑んで、必ず助けに来るからと踵を返す。俺達が助けなければならないのは『仲間』ではなく、『子供達』。理不尽な理由で捕らわれた幼き命だった。

 だが、だが、何もかもが掛け違いで間に合わなかったのだ。

 もともと無線の連絡経路は建物内では絶たれていた。

 先に行かせた二人の仲間と助けた子供達はさっきの扉の向こうで、血の海を築いていた。僅かに息をしていた少女……俺に最後までしがみ付いていた、その子の口から声が漏れる。

『I would like to meet a mama.

 I wanted to meet a mommy…………………………』

 母に会いたい、会いたかった、そう繰り返し死んでしまった。

 後衛レアラは、すぐに突入を始めたが、中はもぬけの殻、あの裏切った仲間も子供も口封じにアリサと共に倒れていて。アリサも息を吹き返さなかった。

 他の場所からの脱出を図った班や地下待機班も同じように全滅で。

 信じて走らせてくれたアリサに答えられなかった上、一人生き残った俺には仲間を売った容疑がかけられた。



 でも……嬉しそうに『パパ』と。

 裏切った仲間に縋りついた子供の顔を見ていたので、俺は何も言えなかった。自分もそうしてもらいたかったと思ったから、声が出なかった。その後、殺されてしまったがあの子はあの一瞬だけでも救われたはずだ。

 だが、それによって失われた命は多かった、許される事ではない。でも死人に鞭を打って何となるのだろう? 思いの板挟みは俺の口を重くした。何も出来なかったのはどうしてももう変化のない事なのだから。

 何も語らない俺にもう信頼は戻らず、だが処分する決定的な証拠など加担していないのだからあろうはずもなく。今まで組織の為に働いた温情で日本へ返してもらった。




『久しぶりに夢に見たな』

 ここは『うろな町』。

 平和な日本の幸せに近い町。

 三年……いや三年半の年月が経過しても、思い出そうとすれば昨日の事のように壁に残った生への足掻きと、火薬と血……全てが蘇る。

 起き上がって、俺は呟いているのが英語になっている事に失笑した。鍛錬の時間も、普通に朝食の時間もとうに終わっていた。

 久しぶりに思い出した血の海が、母に届かなかった踏みつぶされたカーネーションの様で心が乱れる。ユキさんに会いたい、そう思って下階に降りたがもう出かけてしまった後だった。



 朝食は断る。



 こんな風で大丈夫か、自分自身で心配になる。だが俺にはもう、定まった気持ちがある、迷っても変えられない守らねばならない者と自分の身を確保する義務がある。

「もう、絶対に……その為の『覚悟』……だ」

 攫われた日から、誰から求められようと真面目に弾こうとしなかったピアノ。

 飼い主にも、アリサにも、姉にも、誰に求められても向き合えなかったピアノ。

 ピアノを弾くだけのどこが『覚悟』かと問われれば、わかってくれる者は少ないだろうが。

 俺にとってはピアノを弾くと言う行為は、自分の深淵こころを覗き込む様なモノだから。

 アレを弾くのがどれだけの勇気が要ったのか、言葉では言えないけれど。それをユキさんに捧げられた事が幸せで、その後の二人の時間が愛しくてたまらなかった。



 俺はユキさんとお揃いの青い石に触れる。そうすると少し落ち着いた気がして。そこに一緒に下がった一枚タグを握り、

「そうだな、アレを取りにいかなきゃだな。俺」

 そう呟きながらメモ紙に走り書きを始めた。





それでも俺は、前を向く。

ぶれない思いは何処から湧くのか。

そんな事は知らずとも。

白き女神と……共にあると決めたのだから。

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