密談中です(紅と白)
三人称…目線的には篠生。
日本。
平和なうろなで、勤め先の社名……賀川運送の賀川君……うろなの一番賀川……などとしか、呼ばれぬほど町の一部に溶け込んでいた時貞 玲。
日本に逃げ帰って約三年、姉の冴は思い出すと、理由を付けては彼を呼び出していた。
その度、無表情で賀川は姉の冴を見返した。
小さな荷物を届けては喜ばれる事が嬉しくて、忘れた笑顔を思い出したようにお客に向かって差し出す彼を、彼女はあざ笑う。
「ねえ、玲さん、自分がどんな人間かわかってる?」
賀川は何も言い返さない。
母の死に目にも、葬式にも参列させなかった事にさえ、何も反抗しなかった。
彼がうろなに逃げ込んだのは仲間からの信用も居場所も失い、それでもなお真実を伝えられなかったから。失った命は帰らず、助けられたはずの命を取りこぼした罪の意識は、彼の口を重くする。
「母を狂わせ、私から母を奪ったの。汚い世界で、汚い所で、どんな風に自分が育ったか、生きたか、忘れたの?」
日常に埋没し、平和な日本で平和を感受しようとする度、賀川を傷つける。
賀川も罪の意識から逃げる道具として、姉の加える暴力に耐えるだけで受け入れた。
冴は雇った者に玲をボロボロになるまで暴行させた。それでも泣いて請わない弟の意識が途切れた後、その腕を取って、その掌に自分の頬を押し付ける。
血が綺麗な頬を汚すのを楽しむかのように彼女は笑う。
「あきらちゃん、ごめんね。でも貴方がもう何処か別の場所で傷つくのは嫌なの」
かつてピアノを弾いて、天才的な才能を見せていた小さな指は、大人の節だったものに変わっていた。
生きる場所に合わせ、拳は喧嘩上等の世界に生きた証としてしっかりと潰れている。だが彼は一度折れた牙を研げぬまま、昔とは違った意味で、地べたを這いずり回る生き方を望んだ。
「貴方が愛しても相手が返す事はないわ。だってこんなに汚いんですもの。母も見捨てた貴方だもの。私がその分、いいえ、誰にも勝る愛をあげるわ」
そして彼女にとってはいつまでも可愛い小さな弟だった。
捻じ曲がった愛情は彼を暴力でそこに縛り付けた。
そして賀川は一瞬以外は無愛想だったが、仕事はこなせたし見た目は悪くもない為、少なからず好意を寄せられる事はあった。
冴は海外での暮らしも逐一調べて報告させていたが、彼の周りの女もそういう世界の人間であった。
理不尽な子供への暴力から救う為に、国家的に組織された『エンジェルズ シールド』の構成員に、流石の冴も手は出せなかった。
だが日本に帰って来てからは、賀川の身辺を徹底的に調べ、付け回した。
金を積めばそんな女を撃退する者を、秘密裏に雇う事もできる。
でも玲へちょっかい出す女を追い払うのは、すべて自分の手でしてきた。
今までは忠告、また軽い傷害で女達は身を引いた。起こした事件は金の力で闇の中へ。
何故そうしてまで自分の手を汚すのかと言えば、彼を守っている感覚と、その達成感を得る為。
賀川自身はそれに気付かない。
周りに今までいた子が自分を避けはじめると、俺に非があるのだろうな、くらいで追おうとしなかった。
だが、ユキに対してだけは違っていた。
あの容姿に完全に心を攫われてからと言うもの、毎日病院へ見舞に行き、今までもう振り返らなかった海外の仲間と交友を再開した。
あまつさえ、ユキを庇って冴に手を挙げ、その後の呼び出しには応じたものの、
「もうこれで終わりにして、姉さん」
と、完全に離反の意を告げ、冴のもとを去った。
その後、成り行きから彼女を預かる家に、賀川は仕事以外殆ど毎日いるようになった。武骨な態度に、理由が重なり、ユキ自身は混乱気味であったが……かつてから自分にあった、彼への想いが、善きにしろ悪きにしろ、彼女を徐々に動かしていく。
冴としてはもう怒り絶頂であった。
それに付けて、繋がりのあった、元代議士の抜田 一までもが脅しに行った冴の前に立ち塞がった。
「ピアノを……弾いてみせたですって?」
「ええ、見事なモノだったそうですよ」
「……で、今日は街のバザーに出ているのね?」
「ええ、そうです。家に泊まっている少女と二人で向かっているそうです。もう一人の少女は山の方に行ったようですね」
「バザー、ね。もしあの子があきらちゃんの前から葬れたら、その売り上げの30倍くらい、町に寄付金でも放り込んであげるわ」
冴は着物の袂に入れた短刀にその上から触れ、笑う。
他人に始末を任せるつもりはなかった。巫女と言ってもただの少女。臆しはしなかった。
「遺体が出たら呼ぶから、後始末は任せるわ、篠生」
「『しょうのみや』の巫女の遺体なら、泣くほど欲しい者がいますから。すぐにでも『神隠』に出来ますよ」
「玲が海外に飛ぶのもこれで阻止できるわね。あの子がいなくなれば暫くは抜け殻になるでしょう? その間、たっぷり可愛がってあげるの。きっとすぐ良くなるわ、だって姉の私が側にいるのですもの」
くすくす笑う冴を置いて、篠生は部屋を後にする。
「ああ」
篠生はしばらく歩いた所で、猫のような細い目を少しだけ開いて、
「そう言えば、ユキという娘と一緒にいる少女二名が『堕天使』だという事を告げ忘れました」
彼は意味深に笑うと、
「どうせ伝えた所で、人間にその怖さは伝わらないでしょうから、気にしない事にして帰りますかね」
楽しそうにその場を後にした。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃんとリズちゃん。名前は出ておりませんが話の中で。
問題あればお知らせください。




