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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月25日

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密談中です(紅と白)


三人称…目線的には篠生。



 




 日本。



 平和なうろなで、勤め先の社名……賀川運送の賀川君……うろなの一番賀川……などとしか、呼ばれぬほど町の一部に溶け込んでいた時貞 玲。

 日本に逃げ帰って約三年、姉の冴は思い出すと、理由を付けては彼を呼び出していた。

 その度、無表情で賀川は姉の冴を見返した。

 小さな荷物を届けては喜ばれる事が嬉しくて、忘れた笑顔を思い出したようにお客に向かって差し出す彼を、彼女はあざ笑う。

「ねえ、玲さん、自分がどんな人間かわかってる?」

 賀川は何も言い返さない。

 母の死に目にも、葬式にも参列させなかった事にさえ、何も反抗しなかった。



 彼がうろなに逃げ込んだのは仲間からの信用も居場所も失い、それでもなお真実を伝えられなかったから。失った命は帰らず、助けられたはずの命を取りこぼした罪の意識は、彼の口を重くする。

「母を狂わせ、私から母を奪ったの。汚い世界で、汚い所で、どんな風に自分が育ったか、生きたか、忘れたの?」

 日常に埋没し、平和な日本で平和を感受しようとする度、賀川を傷つける。

 賀川も罪の意識から逃げる道具として、姉の加える暴力に耐えるだけで受け入れた。



 冴は雇った者に玲をボロボロになるまで暴行させた。それでも泣いて請わない弟の意識が途切れた後、その腕を取って、その掌に自分の頬を押し付ける。

 血が綺麗な頬を汚すのを楽しむかのように彼女は笑う。

「あきらちゃん、ごめんね。でも貴方がもう何処か別の場所で傷つくのは嫌なの」

 かつてピアノを弾いて、天才的な才能を見せていた小さな指は、大人の節だったものに変わっていた。

 生きる場所に合わせ、拳は喧嘩上等の世界に生きた証としてしっかりと潰れている。だが彼は一度折れた牙を研げぬまま、昔とは違った意味で、地べたを這いずり回る生き方を望んだ。

「貴方が愛しても相手が返す事はないわ。だってこんなに汚いんですもの。母も見捨てた貴方だもの。私がその分、いいえ、誰にも勝る愛をあげるわ」

 そして彼女にとってはいつまでも可愛い小さな弟だった。

 捻じ曲がった愛情は彼を暴力でそこに縛り付けた。



 そして賀川は一瞬以外は無愛想だったが、仕事はこなせたし見た目は悪くもない為、少なからず好意を寄せられる事はあった。

 冴は海外での暮らしも逐一調べて報告させていたが、彼の周りの女もそういう世界の人間であった。

 理不尽な子供への暴力から救う為に、国家的に組織された『エンジェルズ シールド』の構成員に、流石の冴も手は出せなかった。

 だが日本に帰って来てからは、賀川の身辺を徹底的に調べ、付け回した。



 金を積めばそんな女を撃退する者を、秘密裏に雇う事もできる。

 でも玲へちょっかい出す女を追い払うのは、すべて自分の手でしてきた。

 今までは忠告、また軽い傷害で女達は身を引いた。起こした事件は金の力で闇の中へ。

 何故そうしてまで自分の手を汚すのかと言えば、彼を守っている感覚と、その達成感を得る為。



 賀川自身はそれに気付かない。

 周りに今までいた子が自分を避けはじめると、俺に非があるのだろうな、くらいで追おうとしなかった。



 だが、ユキに対してだけは違っていた。



 あの容姿に完全に心を攫われてからと言うもの、毎日病院へ見舞に行き、今までもう振り返らなかった海外の仲間と交友を再開した。

 あまつさえ、ユキを庇って冴に手を挙げ、その後の呼び出しには応じたものの、

「もうこれで終わりにして、姉さん」

 と、完全に離反の意を告げ、冴のもとを去った。

 その後、成り行きから彼女を預かる家に、賀川は仕事以外殆ど毎日いるようになった。武骨な態度に、理由が重なり、ユキ自身は混乱気味であったが……かつてから自分にあった、彼への想いが、善きにしろ悪きにしろ、彼女を徐々に動かしていく。



 冴としてはもう怒り絶頂であった。

 それに付けて、繋がりのあった、元代議士の抜田 一までもが脅しに行った冴の前に立ち塞がった。



「ピアノを……弾いてみせたですって?」

「ええ、見事なモノだったそうですよ」

「……で、今日は街のバザーに出ているのね?」

「ええ、そうです。家に泊まっている少女と二人で向かっているそうです。もう一人の少女は山の方に行ったようですね」

「バザー、ね。もしあの子があきらちゃんの前から葬れたら、その売り上げの30倍くらい、町に寄付金でも放り込んであげるわ」

 冴は着物の袂に入れた短刀にその上から触れ、笑う。

 他人に始末を任せるつもりはなかった。巫女と言ってもただの少女。臆しはしなかった。

「遺体が出たら呼ぶから、後始末は任せるわ、篠生」

「『しょうのみや』の巫女の遺体なら、泣くほど欲しい者がいますから。すぐにでも『神隠(消息不明 )』に出来ますよ」

「玲が海外に飛ぶのもこれで阻止できるわね。あの子がいなくなれば暫くは抜け殻になるでしょう? その間、たっぷり可愛がってあげるの。きっとすぐ良くなるわ、だって姉の私が側にいるのですもの」

 くすくす笑う冴を置いて、篠生は部屋を後にする。



「ああ」

 篠生はしばらく歩いた所で、猫のような細い目を少しだけ開いて、

「そう言えば、ユキという娘と一緒にいる少女二名が『堕天使』だという事を告げ忘れました」

 彼は意味深に笑うと、

「どうせ伝えた所で、人間にその怖さは伝わらないでしょうから、気にしない事にして帰りますかね」

 楽しそうにその場を後にした。




朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃんとリズちゃん。名前は出ておりませんが話の中で。


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