続・お話し中です(汐ちゃんと)
アイスは何が好き?
「あ、汐ちゃん。アイス食べようか?」
私がそう声をかけると、汐ちゃんがにっこりします。
「うん、いこ、賀川のお兄ちゃん!」
賀川さんは汐ちゃんに手を引かれ、嬉しそうでしたが、彼女は彼の表情で何か気付いたらしく、
「もう少し、お兄ちゃんはココに居るの?」
彼は、『うん、ごめんね』と謝ってから、
「もう少し、ユキさんの絵を見ていたい」
そう言うので、彼をそこに残して、まずは二人でおやつのアイスを眺めます。
「どれがいい?」
「汐はね、バニラチョコチップなの」
「じゃ、私はうーん、キャラメル&ビターチョコかな? 賀川さんのどれがいいかな?」
二人でアイスをじっと眺めています。賀川さんの好みなんて全然知りません。
「うん、このバニラに苺の粒が入ったの良いんじゃないかな?」
そう言って汐ちゃんがそれを届けます。戻ってきた栗色の彼女と話をします。手袋ちゃんはのんびり尻尾を揺らしています。
「海の家、もうすぐ終わりでしょう? 汐ちゃん、その後は?」
「海の家が終わってからも、住んでる所がじーじのホテルに移るだけで、うろなには居るよ」
また会えるね、そんな話をしながらふと質問します。
「何で汐ちゃん、賀川さんに苺なの?」
「ん? だってユキお姉ちゃんと同じ色だもの。好きだと思って」
真っ白なバニラに赤い苺……私の髪と瞳の色合いではあります。でもそれ、食べ物の好みではないと思いますし、誤解されていますよね?
「え、ああ、私と、か、賀川さんは……」
「こいびと、でしょ?」
「ち、違いますよ。一緒の家に住んでますけど……あ、変な意味じゃなくてですね」
「もう、共生、してるんだぁ」
「え? 共生?」
「クマノミとイソギンチャクとか、エビとウツボとかみたいに、仲良く暮らしてるって事」
「仲良い、かな?」
少しだけスプーンでアイスを掬って口に運びます。キャラメルもチョコも甘いのに、どこかに苦みを感じるビターテイスト、大人のアイスで変わっているけれど……美味しいです。
汐ちゃんのアイスの中のチョコはただ甘いようです。
私はスプーンを嘗めながら、
「今、私はうろな裾野辺りにあるうちに住んでいるんです。そこにはタカおじ様って言う方が居て。商店街で工務店を経営しているので、いっぱいお兄さんが下宿しているんです」
「じゃあ賀川さんもその一人? 工務店のお兄ちゃんなの?」
「賀川さんは賀川運送で宅配をしていて……」
そう言うと、しばーらく間が開いた後で、
「ああああああっ、よく荷物を届けてくれる、緑色の水玉の……一番賀川君だぁー」
海の家に荷物を入れているのか、賀川さんを思い出してくれたようです。
「一番?」
「そうそう、仲間内で番号で呼んでるの聞いた事あるの。うちはたまに三番君が来るけど。でも制服着ていなかったから、汐、わからなかったよぉ」
汐ちゃんでもわからなかったりするんだ、っと思っていると、
「あれ? じゃあ、何でそこに住んでいるの?」
「うーん、工務店の人達に好かれてる、の、かな?」
私も受け入れてくれたし、賀川さんも、ベル姉様も今いますし、リズちゃんも泊まったし。あの家はとても間口が広いのかもしれません。
「そうなんだ。ねえ、ユキお姉ちゃん、そういえばそのアイスは賀川のお兄ちゃん色だね。美味しい?」
練ってあるキャラメル味は甘いだけではなく、複雑な苦さもあって、茶色とチョコの黒の組み合わせは、確かに彼の瞳のようで。味と言い、色と言い、賀川さんの正体不明さを表現しているように思えます。
「微妙かも知れないです」
「えーーーー」
「あ、いやその、これを賀川さんってしたらって事ですよ?」
その後、じーーーーーーーっとアイスを眺めていると、ゆっくり溶けて黒と茶のアイスがマーブルになって行きます。
途切れた会話、その空白に汐ちゃんが口を開きます。
「汐ねーー、一回、皆の前から消えちゃったの。いなくなったの」
「えっ!?」
沈黙の中、汐ちゃんが急に始めた話に驚きます。
居なくなって戻ってきた彼女、『普通の家族』みたいになるのに、結構時間かかった事。
その時にいろんな人の助けを受けた事。
そんな事を説明してくれた彼女は、私に視線を合わせ、
「ーー『自分を犠牲に』して、『終わらせる世界』は正しいの?」
と。
言います。
その言葉で、私は私が願った事をはっきりと思い出します。
大切なその剣で、私を貫いて。
お願い。
それで死んでしまっても、雪姫として死にたいの。
人間として、在りたいの。
アナタ達を傷つけるくらいなら。
私は命を賭しましょう。
だから親友として、いつまでもいつまでも。
心だけは居させてね。
そして全部を思い出します。
夢だと思いたかった事を。
ココで攫われ、何もかも奪われて、親友を傷つけ、与えられたモノをおもちゃとして殺し、嬉しげに血を浴びる自分を。
夢ではなく、この身で感じた事を。
老人からキスで与えられた『茨鬼さん』と混じっていく自分。
「ユキお姉ちゃんは、忘れちゃってるかもだけど……。でもお姉ちゃん『達』は、知ってるはずだよ?」
汐ちゃんは、囁くように、静かに言います。
「一人残される寂しさを、待つ事の苦しさを……。なのにーー……なのにどうして、|『自己犠牲』《それ
》を選び願えるの……?」
森の中、森の中、白い髪の私はぽつんとココで母の帰りを待ちます。
寂しいのも苦しいのも感じないようにして、絵筆を運びます。
たくさん描けば、あの人が取りに来てくれるの、考えずともなく湧く気持ちに笑みが零れました。
あの人に連絡がつかない時はイラッとしながら、取りに来てくれたら嬉しくて。
もし彼が、来なくなってしまったら。
彼が私の為に傷つくのは嬉しくありません。
でも逆だったら? 私が居なくなったら? 賀川さんはどう思うだろう?
無白花ちゃんや斬無斗君が、最後の始末を頼む『私』に向けた、苦しい表情を思い出します。
「お姉ちゃんは優しいから、『皆の幸せ』の為に、それを望むんだろうけど……。どうして、『自分』は、入ってないの……? 『自分を入れた皆の幸せ』じゃなきゃ……、皆、幸せになんて、なれないんだよっ……?」
全てを奪い去られた時、私の頭に浮かんだのは赤い輝きと母の言葉。
私達が自由になる方法は一つだけ。
貴女がもし自分を失ってしまったら。
もしもの時は『死』をもって、終わりにする覚悟を。
あれは私が生を受けた日。
それはミルクを口にするより前に刻まれた記憶。
『力』持ちし者の覚悟。
私にはそんな力はないつもりだけれど、もしもまたあんな事があったら。もしその力を使って何か悪い事を考える人が居るならば、私は……?
「……私には……わかり、ません……っ」
そう答えるのが私には精一杯で。
「ごめんね、ごめんね。ユキお姉ちゃんを、悲しませようと思って言った訳じゃないの」
背伸びして、私の頭を撫でてくれる汐ちゃん。私の方が大人なのに。
「自分の事、あんまり悪く思っちゃダメだよ。この世に生まれて来るもの達はね、どんな運命を背負っていたとしても、皆神様に愛されて、天使に祝福されて、何より両親に、家族に、周りの全てのものに望まれて、生まれてくるんだって」
汐ちゃんに撫でられながら、私は彼女の言葉を聞きます。
「だからね、皆幸せになる権利があるの。求める事は、自然な事なんだって」
そうだといい、心からそう思います。
「お姉ちゃん〈達〉の心の〈奥底のキラキラ〉を、わかってもらえる人に、きちんと話せる人に、早く出会えるといいね……」
私は……
私は自分の大切な人達に、自分がやってしまった事を捻じ曲げる事無く、全てを話す事が出来るでしょうか?
「……っ……」
賀川さんの顔が思い浮かんで、消えます。
彼は私の絵を見ながら本当に少しだけ笑ってくれます。今日ココに来た時もそうやって絵を眺めていました。
穏やかに、またやっと、やっと笑いかけてくれるようになった彼に『私は友人を傷つけたり、知らずにヒトを殺したりするの』そんな事、言えるでしょうか?
「……ありがとう、ございます。もう、大丈夫だから……」
いつか、言えるようになれるでしょうか、いえ、言えるようにならないといけない。そう思うのです。
彼がそんな事でもう笑ってくれなくなるって思いたくないのです。でも、今は、やっと笑ってくれるようになった彼との関係を壊したくないから。
それはまた今度にしよう……その時は私の気持ちもちゃんと……
「変な話、聞かせちゃってごめんね、ユキお姉ちゃん。お詫びに、ユキお姉ちゃんの我儘一個、聞いてあげるよ〜」
「えっ! いいですよ、そんな……」
「汐がしたいの〜。だからさせて? ね」
そう言って笑うので、私はどうしたらいいかわからなくて、でも彼女からの心からの言葉だと思い、
「……わかりました。じゃあ、今度会う時までに考えておきますね」
「我儘これね、ユキお姉ちゃんから、賀川のお兄ちゃんに、でも大丈夫だよ?」
「えっ!?」
「そろそろ帰らないとだよね? 賀川のお兄ちゃん、呼んで来るね〜」
隣の部屋に行く汐ちゃんの花柄チュニックを見送ります。
賀川さんが今までの会話を聞いていた事、賀川さんが汐ちゃんへ呟いた言葉。
『我が儘聞くよ?』っと賀川さんにも汐ちゃんが約束していた事。
私はそんな事も知らず、三人と一匹で町への帰途を辿りました。
小藍様 『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』より、汐ちゃん、(8/23と、暫くリンクになります)
とにあ様『時雨』より手袋ちゃん(時雨ちゃん)
お借りしました、問題があればお知らせください。




