表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月23日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/531

和解中です(紅と白)



どこ、ここ?











 

 朝食中に賀川さんが休みを取ったからと言い出して、本日のお出かけは賀川さんの車に乗って動きました。今日も少しだけ、賀川さんの雰囲気が柔らかい感じがします。

 ベル姉様が来た日、お布団の中でベル姉様が、賀川さんに何度も当たって行ってみる様に言ってくれて。でも昨日は朝具合が悪くて、リズちゃんが来てからは花火やら何やらで、賀川さんの雰囲気が少し柔らかくなってはいましたが、詳しい話は出来なくて。

 ただ肩を寄せて、線香花火をしましたけど。



 でも今日の朝、急に近づいてきたら、今日は一日休みを取ったと言ってくれて。

 休みを取ってくれた……それは、私の為って思っても良いのでしょうか? 自惚れでしょうか?



 リズちゃんと私は後部座席、ベル姉様が助手席です。リズちゃんと通り過ぎる車のナンバーを暗算で足し算したり、じゃんけんゲームしたり、遠足のバスの中みたい。

 賀川さんとベル姉様が何か喋っていますが、こっちで騒いでいるせいもあって、ちょっと聞き取れないです。

 それでもさほど時間を使わずに到着した場所は、清水先生や司先生が務めている中学近く。剣道大会のあった、雨の日に入った喫茶店『Courage クラージュ』でした。



「いらっしゃいませ」

 この前と変わらず声が通る彼女は、美月さん。ここのマスターの姪と言っていました。あの時と同じ茶色のメイド服、白いエプロン、レースのカチューシャ。日曜だけ手伝っていると聞いてます。今は夏休みなのできっとそれで手伝いに来ているのでしょう。

 コーヒーの香気が漂う落ち着いた深い茶系の店内は、現在モーニング提供中の様子。

 トーストにサラダ、野菜のフレッシュジュースやコーヒーなどを、口にしているスーツ姿のサラリーマンや仕事前だろう作業着のお兄さん達がおられます。

「おはようございます、マスターは?」

「ああ、えっと、賀川さん、ですね。話は聞いて……マスター」

 美月さんは賀川さんを見て、一瞬誰だかわからない顔をしましたが、思い出したようにそう言ってマスターを呼ぶと、

「あ、来た? 言った席にご案内して」

「こちらのお席へどうぞ」

 っと、空席があるのに私達を奥の方に誘導します。マスターの声は聞こえたのですが、奥のキッチンか倉庫に入っているのか、姿が見えません。

「何っスかね」

「付き合うと言ってついて来たんだ、大人しくしていよう」

 ベル姉様とリズちゃんはそう言ってついて来ます。

「皆、朝ごはんは食べてきただろうから、コーヒーで良い?」

 賀川さんがそう言ったのですが、

「あの、こないだ食べたアフォガート・アル・カフェ美味しかったので。できますか?」

「はい、大丈夫ですよ」

 美月さんはお水を置きながら、優しくそう言ってくれます。

「ユキちゃん、何っスか? その何とかカフェ?」

「アイスに濃く抽出したコーヒー、エスプレッソをかけて食べるのですよ、お嬢さん。当店自慢のコーヒーの美味しさはアイスを引き立てますよ。いらっしゃいませ」

「へー、それは美味しそうっスね! ご説明ありがとうっス!」

 整えたロマンスグレーの髪に、キッチリ着た真っ白なカッターと黒のベストが、とてもよく似合うマスターがそこには立っていました。

 リズちゃんは丁寧にお礼を言います。そうすると雰囲気の良い笑顔で返し、

「やっぱり制服でないと分からないね、賀川君」

「はは、すみません」

 軽く笑って流す賀川さん。

「じゃ、ユキさんはアフォガート・アル・カフェ。二人は? 食べられるなら付き合わせているので奢りますよ?」

「ではベルもそのアイスにするか」

「奢り……なら、あのサンドウィッチプレートと野菜ジュースが美味しそうだからアレがいいっス。それと、そのコーヒーとアイスもお願いするっス!」

「おいおい、よく食う奴だな。さっき食べたばかりだろうに」

「ご注文承りました。では賀川君、好きにしていいから」

 美月さんもぺこりと頭を下げると二人は行ってしまいます。



「で、何を始める気だ?」

 ベル姉様に声をかけられた賀川さんは、きっちり私に目線を合わせると。

「ユキさん」

「はい?」

「夏祭りの時に、これは、俺が貰う。今度別の何かをあげるよって約束しただろう?」

 彼の手に握られていたのは、白い猫のぬいぐるみ。少し茶色のシミが付いていましたが、捨てていなかったんだと嬉しくなりました。

「何かあげるって言っても、思いつかなくて。ソレを弾く、くらいしか俺には能がないから。それじゃダメかな」

 彼が照れた様に笑って指差したのは、ピアノ。

 その笑みがとても久しぶりに見たようで、嬉しくなります。ベル姉様を見ると、ゆっくり頷いてくれます。リズちゃんは怪訝な表情で、

「そんなモノ、弾けるッスか?」

「下手だけどね。小さい頃、習っていただけだから。期待するほどはないよ」

 ちょうど美月さんの手で運ばれてきた注文したモノを目の前に置いてもらいます。賀川さんは手を温める様にコーヒーの椀を少し包む様にして一口飲み、そっとピアノに近付きます。

 その手で優しくピアノに触れた後、鍵盤を少し鳴らします。マスターが今まで店内に流れた音楽を消してくれます。

 手にしていた白ネコのぬいぐるみをピアノの隅に置いて。



 柔らかく、そっと、弾き始めた曲。

 ただ朝食を食べに来ていたお客が、ピアノの生演奏に驚いているようです。賀川さんはそれに動揺もせず、弾きます。

 リズちゃんのサンドウィッチを食べる手が完全に止まり、ベル姉様はコーヒーをアイスに掛けながら、『ほう、期待するほどない、は、謙遜か』っと呟きました。

 指から紡がれるのは優しい音でした。前の跳ねたような曲は凄いと思いましたが、今日の曲は肩肘を張った感じがない柔らかさと時間を編んでいきます。

 美月さんは足を止めて、

「こないだの技巧を凝らした曲は技術が先行していたけれど。全く淀みがないし、素敵だわ」

 私は音楽に嗜好はないけれど、綺麗だな、って思います。何より聞く人に対する思いやりと汚れを洗い流す、柔らかな雨に似た神聖な気配をも感じます。

「これは……素人とは思えない。賀川、やるな」

「……スね」

「それにしてもこれはユキの描く絵に似ているな」




 ベル姉様の言葉を嬉しく思います。

 この音の様に、私の絵が人を和ませるなら、こんなに嬉しい事はないでしょう。形は違いますが、芸術として、同じ思考を持っているのだと言うのがとてもうれしいです。何より賀川さんがピアノに触れる表情が、私を穏やかにしてくれます。

 彼から初めて色を見た気がします。それは色を通り越した淡い光。厚い雲の隙間から、注ぐ微かな糸のような光。細雨を金と銀に照らす光は雪のように私の回りを降り、満たしていきます。

 数分で終えた曲でしたが、とても耳に残りました。

 最後の一音の余韻が消え、マスターとその前に座っていたお客さんから拍手が上がりました。私達も拍手します。

「見事だったぞ、賀川。ユキへの気持ちが感じ取れたぞ」

「え?」

「何を驚いている? 今の音、一音残らず他の誰でもない、お前に捧げられたモノだ。あれは賀川が見た、お前の姿なのかもしれないな」

 今の、音が?

 あんなに私は穏やかではないけれど。

 そうならば、とても嬉しいのです。

 猫のぬいぐるみを握ると、席に戻ってきた賀川さんの背をポンと叩くベル姉様。彼ははにかんだように私に笑って、



「今まで済まなかった。俺に覚悟がなくて。理屈や枷を作って諦めようとして、でも出来なかった。君が俺を『特別に好きじゃない』のは聞いた。そして俺は君を愛す価値ある人間かはわからない。けれど、俺を見てくれないか? やっぱりユキさんが好きなんだよ」



「……特別にって言うのは、そのあの、あのですね。わた、私もっと前から……えと……でも賀川さんの事、知っているようで、知らなくて、その……」



 恥ずかしくて言えません。それに簡単に彼をただ『好き』と言うだけでも、賀川さんを見ると言葉が詰まってしまって。彼の事、知らないのに、そう言って良いのかわからないのです。迷惑ではないか、彼が理解できなかったらどうしようって……

 ベル姉様がそっとフォローしてくれます。

「雪姫、賀川はまず見てくれと言ったんだ、返事を焦っているわけではないぞ」

「え、あ……ど、どうしたら……」

「こんな時はとりあえず、頷いておけばいい」

「は、はい」

 多分、私の顔、見られないくらい赤くなっています。

「ぴ、ピアノが上手いからって、ユキちゃんを我が物に出来ると思ったら間違いっスよ。とりあえずなんっスからね?」

「わかっているよ、リズさん」

 賀川さんは手にしていた白猫のぬいぐるみをしまい、ただ嬉しそうにコーヒーを啜りました。



 皆で頼んだ物を堪能して、お支払いは付き合わせたからと賀川さん持ち。

 レジの近くで、マスターと一緒に最初に拍手してくれた男性が、

「時貞君、いや、賀川君。こんなにピアノが上手だって知らなかったよ。何か機会があったら弾いて欲しいな」

「あ、ありがとうございます」

 私服姿の賀川さんに、一発で本名を呼んでいるのに驚きながら店を出ます。

「あの男は誰だ? 賀川」

「町長さんですよ、ベルさん、何処まで行く? 送って行こうか?」

「いや、いい。ユキを頼む」

「じゃ、行こうか」

 そう言って頷きながら、自然と車の方へ私の手を取って導きます。今までピアノを撫でていた手はとても暖かく心地いいのです。体の調子は本調子ではないのですが、気分が良い為か、いつもみたいにふわふわ歩けそうです。

 ……実際に歩けているかは別として。



 ああ、何だか幸せです。



 その後ろで、

「先輩、ユキちゃん任せてイイんっスか?! あんな曲弾く癖に、やっぱりあの人間、血の匂いが強いっスよ!」

「じゃ、鷹槍はどうだ」

「あ、ぅ……アレは、嗅ぎたくないレベルっス」

 などと言う会話を二人が繰り広げていたのに気付かず、森の入り口まで車で向かい、森の家まで歩いて行ったのでした。




朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃんとリズちゃん。

シュウ様 『うろな町』発展記録 より、町長さん。


お借りしました。問題あればお知らせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ