朝食中です(紅と白)
何で紙で何でもやろうとする?
また、ワサビは危険だ。
そして……日本語は、難しい。
ユキさんはベルさんと、離れでちゃんと寝ていた。
だがベルさんが連れて来た、リズさんは庭にテント張って寝てしまった。
葉子さん達と座敷にと勧めたが聞いてくれなかったので。葉子さんはお客様にだけソコってわけにはいかないと、寝袋持ち込んで庭で寝ていた。後日聞いたら、空の星を見ながら意外と楽しかったらしい。
しかし一体どこに寝袋なんかあったのだろうっと、思ったら、
「うちの防災対策は万全だ」
などと呟くタカさんがいて、地下道場だけではなく、もしかしたら物資倉庫や裏山への隠し地下通路でもあるのではないかと想像してしまったが。
ユキさんは『私も寝袋で寝てみたい』と、暢気に言っていたが、ベルさんに止められていた。彼女の食欲不振、体調不良はタカさんも葉子さんも気付いている。だが病院にと言い出せないのは、一度入院させた時のユキさんがどうにも窮屈な生活が苦手そうだったからだ。
夏バテだろうか。
それだけならいい。花火はすごく楽しそうだったけれど。小さな可愛い線香花火を見ているというのに、溜息をついているのは体の調子が悪いせいだろうか?
出来るだけ、この家で、気持ちよく過ごさせてやりたい。まだ限界というには大丈夫そうだし、心地よく過ごせば回復するかもしれない。そうみんな思っていた。
明後日には俺は、海外に出てしまう。
心配は山々だが、一度自身の体調不良で延期させてしまっている。
当日は休みを取っているが、篠生に外出を禁じられていた。用意する物もさして無い。たぶん逃げられると思われており、その予防線だろう。そんなつもりはないのだが。明日は長期休み前なので、仕事に出ないわけにはいかない。
俺は鍛錬を済ませ、シャワーを浴びて一度身支度を整えると、食事の並んだ部屋に向かう。下宿の職人の兄さんは殆どもう仕事に出ていた。食卓にはユキさん、ベルさん、リズさん、三人の若い女の子が和やかに食事している。
俺が現れると、鼻白んだのはリズさんだった。彼女は俺に染みついた『血の匂い』を嗅ぎつけているように、その目つきは険悪だった。
「おはよう」
とりあえず笑っておく。
「おはよう、賀川」
「………………おはようッス」
「お、おはようございます」
うん、朝から女の子と挨拶できるのは精神衛生上悪くない。リズさんの睨みが無ければもっと良いが。昨夜花火を投げ付けてしまったので、仕方ないかもしれない。
「ユキさん、今日の予定は?」
「え、っと。今日はベル姉様とリズちゃんと森の家で絵を……」
俺はユキさんから目を離す。すうっとベルさんに視線をやると、
「その役、俺に変わってくれるか。ベルさん、仕事もあるだろう?」
「貴様こそ仕事があるのではないか、賀川……」
「今日は休みを取った。こないだユキさんとの約束をすっぽかしたからね。ベルさんに出会った日に。埋め合わせがしたいんだ。ただ、森に行く前に寄りたい所があるけれど。いいかな、ユキさん」
「ちょ、先輩が良いとは言ってな……」
「リズ、座ってろ」
「……わう」
ベルさんをリズさんは先輩と呼んでいるから、上下関係はベルさんの方が間違いなく上であるようだ。ベルさんは言い返そうとするリズさんを押さえて、
「雪姫を任すのは良いが、森に行く前にどこに行く気だ?」
にやにや笑いながらベルさんは聞いて来た。
べ、別にやましい所に連れ込む気はないぞ……ホテルとか。考えなくもなかったが。近場で簡単に行ける所が良いと思ったのだ。昨日のうちに話はつけてある。
「面白い事はないと思うけれど。そこまではついてくるかい、ベルさん?」
「ああ、面白い物が見れそうだ。くふふ……」
「何も無いって言ってるのに。じゃ、三十分後に」
俺は台所へ食事をもらいに行く。後ろでユキさんが戸惑った様な声をあげている。
「わ、私、行くって言っていないんですけど」
「雪姫、デートの邪魔はせんから大丈夫だ」
「ベル姉様っ! そんなんじゃないですよ。賀川さんは……」
「そうっすよ、邪なあいつに雪姫ちゃんを任せたくないっス」
「リズちゃん、か、賀川さんは邪じゃないですよ、変わっているだけで」
「充分っス」
「二人共、そこまでだ。ほら、出かける支度をするぞ」
「はい」
「了解っス! 葉子さん、ごちそうさまでしたっス!」
「片付けはやっておくから支度しなさい。そこの三人さん」
葉子さんが声をかけると、三人はそれぞれ礼を言い、支度へ動きはじめる。
「賑やかね。私も娘が欲しかったわーー」
「葉子さん、おはようございます。そういえば子供さんは一人ですか?」
「そ。昨日話していたでしょ? 息子がね、いるのよ。暫くあってないけれど。ヤクザな仕事しているから」
ヤクザノ仕事って、ヤバくないですか? そう言う顔をしていたのだろう。
「やくざじゃないからね。ヤクザ『な』、よ。賀川君、ここで食べて、用意するから。あ、先に片付けて来るわ」
葉子さんはお盆に皿を片付けて帰ってくる。
「やっぱり食べてくれないわね。野菜ジュースは半分飲んでくれたけれど。お盆は過ぎても夏は暑いし、心配だわ」
一皿だけ、ただ持って行って、返って来た、手つかずの皿を二人で心配して眺める。言わずと知れたユキさんのだ。葉子さんが捨てようとしたそれを、勿体無いと言って朝食として俺は食べてから、三人を車に乗せた。
誤解されない様に言っておくが、ヤマシイ気持ちで食べた訳ではない。本当にもったいないと思っただけだ。だけどこの残しが他の女子のだったり、お兄さん達の残しなら箸をつけたかと言うと、今はつけないかもしれない。我ながら贅沢なもんだ、かつてはたった一切れのカビたパン切れの為に頭を下げ、命を賭けていたと言うのに。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん、リズちゃん。




