花火中です(紅と白)
鯛めし、美味しいです。
「美味かったっス! ごちそうさまでしたっス!」
「今までで一番うまい鯛飯だったな。炊き加減がサイコーだ。さすがベル嬢ちゃんだ」
タカおじ様が満足そうにお茶を飲んでます。他の兄さん達も満足そうにしています。
「何、葉子の塩加減が絶妙だからな」
量は余り食べれなかったですけど、本当に美味しかったです。
そしてお風呂から上がった頃に、やっと賀川さんが戻ってきました。
「おかえりなさい、賀川さん」
「……ただいま、ユキさん」
やんわり答えが返ってきます。いつもとは違った感じで、それでも疲れているようでしたが、機嫌……悪くないみたいです。ベル姉様が言ったように、何度も話しかけてみたら少し態度が軟化していくかもしれません。いえ、そうでなくても何度も話してみる事は大切かも知れません。
「ウウウゥ……」
でも賀川さんが帰って来た途端に、リズちゃんが唸ってます。タカおじ様にも挨拶の時以降、近寄りもしませんけれど。男性が苦手なのでしょうか? でも他のお兄様には普通なのですけれど。
「賀川君、いつも別メニューでごめんなさいね。鯛めし無くなっちゃったの。でもこれも美味しいわよ?」
出されたメニューを見て、賀川さん、きょとんとしています。
「刺身と、ワサビ……御飯にお茶……」
「昨日もお茶漬けだったから悪い気がするけど……これは美味しいわよ」
「ああ、え? これでお茶漬け?」
「あ、賀川君、それ入れ過ぎ! ……大丈夫???」
「ごほっ、ごほっ……だ、大丈夫です……」
鯛茶漬け、初めてだったようです。ワサビの入れ過ぎで、噎せてます。
うーん、食べた事なくても鯛茶漬けくらい知ってそうなのに。海外育ちってホントなんだなって思います。ワサビもあんまり食べた事ないのかな?
賀川さん、ココに来る前は一人暮らししていたらしく、その家はそのままになっていると聞きます。そこでどんなもの食べていたのでしょう? 今度聞いて見ようと思います。
「良い風呂だった……おや、遅い帰宅だったな、賀川」
「………………やあ」
「お前は何、泣いているんだ? 飯食いながら……」
ベルお姉様に賀川さんが突っ込まれているのと別の場所で、葉子さんは、
「そうそう、リズちゃんは座敷で寝てね? 布団出しておくか……」
「いいっすよ、も、もったいないっス。私は庭を借りられれば……」
「庭?」
「テント張るっス!」
「ええええええっ! お客様にそんな所で寝ていただくわけにはいかないわよ!」
「いいえ! 一文無しの自分に美味しい昼ご飯と晩ご飯を振る舞ってくれたのに、さらに泊まっていけだなんて申し訳なさすぎるっス! 自分は庭での野宿で十分っス!」
この後、葉子さんを含め私達とリズちゃんの押し問答が続き、葉子さんが布団を敷くのが早いか、リズちゃんが庭にテントを張るのが早いか競争し……見事にリズちゃんが勝ってしまいました。
リズちゃんはテント張りの気合い入れの為か、しっかりと結ったポニーテールに、へよんっと耳のすぐ上の辺りの髪が跳ねていて。その両耳のようにも見える部分が、よく見るとピコピコ動いているのがキュートです。
勝って、鼻高々とも言えるリズちゃんの顔ですが、嫌味はなく、葉子さんもふっと笑みを浮かべます。
「す、素早いわね。わかりました、勝負は勝負です。テントで寝ることは認めます」
「やった! よかったっス!」
「………………けれども!!!!!!」
葉子さんはどこかに走って消えたかと思うと、どんっと何か大きめの袋を抱えて戻ってきました。
「そ、それは……?」
「私もリズちゃんのテントに一緒に寝かせていただきます。お客様だけって訳には行きません」
にっこり、誰にも断れない笑顔でそう言って、何処からか出して来た寝袋を見せます。これにはリズちゃんも驚いていました。
「ま、マジっスか? わ、私は別に構わないっスが」
「私も寝たいなー寝袋、寝た事ないのですぅ」
「ダメだぞ、雪姫。今日も……ともかく余り調子が良くないだろう? な、またの機会にしよう」
「むーーーーーー」
「……ねえ、じゃあユキさん。寝る前に花火しましょうよ」
「どこから出てきたんだ、葉子、それは……」
「ふふふ。さ、マッチはいいわね、ベルちゃんがいるし。ほら、賀川君も」
「お、レも???」
ワサビで痺れたのか、賀川さん、言葉が喋れていません。
「よし、これでどうだ?」
ベル姉様、マッチを擦ったようなふりをして、蝋燭に火を灯します。お兄様達の手前、一応演技です。
幸いな事に皆、花火の封を開けるのに夢中気付いていませんが。意外に地味な作業ですが、花火を小袋から出すのって大変です。
家の部屋の電気を消すと、いい感じで花火の火が映えます。広めの庭なので、風が火を攫わない程度に煙をいい感じで掃いていくので、光が上手く花開きます。
「うわー、綺麗っス!」
「いいわね、花火。久しぶりだわ。高馬が小さい頃はたまにやってたけど」
「そういえばあのデッカイ『子馬』は元気なのか? 葉子さん、花火にうってつけのモノを持ってきたぞ」
タカおじ様がいつの間にか大皿にスイカを切ってきました。
「あの子なら、ま、元気でしょ? それよりもタカさん、言ってくれれば私がやったのに。それもどこから買ってきたのです?」
「いやな、今、ご近所さんが持って来てくれたんだ。冷えてるから美味いってな。ほれ、嬢ちゃん達、食べねーと若いモンは容赦がないから一口も食えないぞ」
「俺達、餓鬼みたいじゃないですか、おやっさん」
「姐さん達の分までは手を付けねーさ」
そう言いながらもバクバク食べてます。
「葉子さん、高馬さんって?」
「私の息子よ」
「時折葉子さんへ届いている『土御門 高馬』サンって方からの包みは、息子さんだったんですね?」
スイカを食べて、やっと口のしびれが取れたらしい賀川さんが呟きながら、花火を漁ってます。
「誰だと思ってた? スイカ美味しいわね、リズちゃん」
「夏っスねー、星も綺麗でイイっスねー」
私はそんな会話を聞きながら、何事か考えながら握った花火を眺めているベル姉様にそっと近寄ります。
「火、下さい」
「んぁ? ああ」
ベル姉様の手元で輝いている花火に、火の付いていないモノをそっと近寄せると、シュと特有の音がして引火します。
「綺麗ですね」
「ああ、綺麗だな」
「私は母と花火やった事ないです。森には棲んでいたけれど、一緒に町に降りた事も無くて。うろな町、とっても楽しくて大好き……」
「ベルもまだ二日しかいないが、良い町だ。雪姫をはじめ、多くの者に出会えたし、リズにも再会できた」
「だから母が帰ってきたら、花火をして、町を歩いて、ココに住んで出会った優しいヒト、皆に会ってもらって……一緒に楽しく過ごしたいです」
私は服で隠している首の傷をそっと触ります。こうしている今も、ずっと男のヒトの声が響いているのです。
『楽しくしていても、寂しいのだろう? もうじきお別れだ。迫っている死、感じぬわけが無かろう』
ですが、その声に耳を傾けないようにします。
猫夜叉の二人を始め、いろんなヒトの命を手にかけ、いろんなヒトに迷惑をかけて、私がココに居る事は少しずつ夢の中で思い出しているから。守ってもらった命を無駄にするわけにはいきません。
静かに宣言するように、
「私、生きていてよかったです。だから、まだ生きていたいです」
「何を……年寄り臭い事を言っている? 雪姫はまだまだ若い。辞世の句を詠むのはまだ先だ。雪姫、まだお前は死ぬには早すぎる。生きるんだ」
そう言って笑ってくれました。
その時、賀川さんが、首を傾げながら何かを火に近付けようとしていました。私は慌てます。
「! それ、手から離して下さい!」
「何、ユキさ……うわっ」
様子がおかしいと思ったのでしょう、何とかギリギリに地面に投げた円形の花火、それはねずみ花火でした。地面に捨てられたそれはスイカを楽しんでいたリズちゃんの近くに落ち、火を吹きながら高速で回り始めます。
「あっ……ぶねえっス!?」
リズちゃんが素早くてよかったです。地面を這い、最後にパンっと言う音を残した花火。賀川さんはあわてて御免なさいと謝ります。
「うぅ……気を付けるっスよ」
流石に不機嫌そうなリズちゃんでしたが、
「おーい賀川の、今日日、ねずみ花火のやり方も知らないのか、ほれ、こうするんだ」
気をつけながらも何個も連続でそれに火をつけ、足元に投げていくタカおじ様。
「ははははは、気をつけろぉー」
「わうーっ!? ちょ、タカさん! 流石にそれはやり過ぎじゃないっスかーっ!?」
「ちょっと待って下さい、またそんなにたくさん! 消えてにして下さい、タカおじ様」
「た、鷹槍。流石のベルも危ないと思うぞ」
「お、追いかけてくるっスよ!」
「昔はそれこそ、おんまやバッタ達とこーやって遊んだもんだ」
「そ、そうなんですか? うーん、ねずみ花火って結構スリリングなんですね……」
「どんな遊びですかっ! 気をつけてください それに賀川さん! その解釈は間違ってますっ!」
避けて回る私達を見て、まるでいたずらっ子のようです。
「もう、タカさんったら」
呆れたような葉子さんの声が上がり、次は少し離れた所で、
「姐さん達、大物に火を付けますよ!」
お兄様達がかなり太めの筒状花火を五つほど並べて点火すると、身長程の高さの小さな光の滝を吹き出します。
「おお、これも良いっスね」
「いいな、実にいい」
ベル姉様の赤い瞳とリズちゃんの橙色の瞳に炎が映り、綺麗です。
そしてまたこっそりと火をつけようとしている賀川さんに気付いて、その手を掴んで私は止めます。
「え、これも破裂する?」
「違いますって……これは……」
私が彼が掴んでいた花火を受け取ると、小さく止められていたシールを外し、バラしてあげます。
「束で火をつけちゃ、ダメですよ。線香花火」
「こ、これ、一本ずつで花火なのか? あの、七夕で見たコヨリ、みたいだ」
「みたいだじゃなくて、紙縒りに火薬を入れたモノですよ」
私はしゃがむと、そっと火をつけて、
「こうやってじーっとして楽しむんですよ……」
「小さい……こんな花火もあるんだな」
ねずみ花火も線香花火も賀川さん知らなかったんだ。そう思いながら一本手渡すと素直に受け取って火をつけて、大きな体を丸めて小さな火を見つめます。
そこにあるのは松の葉を描いたような繊細な火。
「Fourth of Julyの花火は苦手だったな……建物に反射する光や音が眩しすぎて。街が揺れるようなんだ。でも、うろなの花火は優しくて……この花火も可愛くて好きだな」
何か考え事をしているかのように、静かにそう言う賀川さんの手元を見つめます。
彼の考えている事はわかりません、ふと口にする言葉の意味を理解できない事もあります。でも側に居ると悲しいほど優しい気持ちに触れて、切なくなります。
今日は来るな、と言う感じが無くてそっとならば、側に居て良いみたいだから。
出来上がった火の玉が小さい火を吹き終える迄、庭の片隅に二人でそっと肩を寄せて、夏の花火を楽しんだのでした。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん、リズちゃん。
注意。花火は人に向けず、安全に遊んで下さいね。




