十一話
家に帰ってシアをベッドに寝かせた。なんか毎回こんな感じだな。シアの体重が軽いから問題ない。が、夕食前に寝るとなると夜に眠れなくなるんじゃないかと心配になる。
いや、シアはいい子なので普通に眠りそうだ。
スピカはピルを連れて出かけてしまったらしいので、チャンスだと思って母さんをリビングに呼び出した。
「なあに、改まっちゃって。もしかしてシアちゃんと結婚するとかそういう話かしら? やだー、母さんもうおばあちゃんになるのかしら」
うきうきである。
正直水を差すようで言い出しづらくなってしまった。
「いや、そういう浮ついた話じゃないんだ」
「そうなの、残念ね」
頬に手を当ててそう言う。この人が元お姫様で、しかも軟禁されていて、しかも悲惨な人生を送ってきたとは思えない。
違うな。母さんをこういう女性にした人がいるんだ。母さんを見ていれば、父さんがどれだけいい男なのかがわかる。
「アルメイサって名前に聞き覚えがあるよね」
俺の言葉を聞いて、母さんが無表情になった。
「その名前を、どこで?」
「父さんの腰痛がさ、王都の魔法師によるものだったんだ。アルメイサが逃走した際、国王に呪術をかけろって言われてたみたい」
「じゃあお父さんはその魔法師のせいであんなふうに……?」
まああんなふうと言っても腰痛なのだが。
待て待て腰痛を馬鹿にしたわけではない。辛いよな、腰痛。わかるよパパ。
「本当はもっと強烈な呪術をかけろって言われてた。でも、その魔法師はアルメイサの養育係の一人で、アルメイサには幸せになってもらいたかった。だから似たような術式の別の魔法を探し、かけた」
「私のことを考えてってこと?」
「そういうことみたいだよ。だからあの程度で済んだ」
あの程度なんて言ったら腰痛持ちに怒られそうだが苦しんで死ぬよりはましだと思ってもらうしかない。
「教育係、魔法師……あの人ね」
なんて言いながら母さんは笑っていた。
そして、一筋の涙を流した。
「私は、少なからず愛されてたのかしらね」
「少なくとも、愛してくれていた人はいたと思うよ。でも、間違いなく父さんが一番母さんのことを愛してると思うよ」
「あら、アナタは愛してくれないの?」
今度は笑顔を浮かべていた。コロコロと変わるこの表情も、父さんと一緒にいたからできるんだろう。
「もう少ししたら父さんも帰ってくると思うよ。それにこの件はスピカには黙ってて欲しいって言われた」
「そうね、スピカにはまだ早いかもしれないわね」
「まあスピカの問題じゃないから言ってもいいとは思うけどね」
これでスピカが養子だった、なんて事実があったら慎重にはなるがさすがにそれはない。スピカが生まれてすぐに立ち会っているから間違いない。
「そうね、これは私のワガママみたいなもの。だから言ってもいいのだけれど……」
「ワガママ?」
「あまり思い出したくない過去だから。それに、私にはお父さんとアナタたちがいるから。王族だった過去は捨てたの」
ふふっと母さんが笑った。
母さんは決別したかったのだ。父さんと同じ道を歩むために、俺やスピカを育てるために。
それならば俺が口を出すことはない。
「じゃあ俺も黙ってる。でもスピカが大きくなったらちゃんと母さんの口から説明してあげて」
「ええ、それは当然。ありがとう、アルファルド」
「問題ない」
柔和な笑みを浮かべる母さん。こんな人が誰かに虐げられていたなんて信じられない。
しかし、血筋や権力というのはそういうものなのかもしれない。どれだけ母さんがいい人でも、妾の子というだけで虐げられる。そして止められる人間などどこにもいない。相手が王妃であれば当たり前だ。
それでも母さんは穏やかに、そして優しい大人に育った。きっとこの人は根本からそういう人だったのかもしれない。
母さんは「じゃあ、夕食の準備しちゃうわね」
と席を立ってキッチンに向かった。少しだけ足取りが軽いように見えるのは、隠し事をしなければいけない相手が一人減ったからだろうか。
俺も部屋に戻ってベッドに寝転がった。
昨日今日と衝撃の事実が立て続けに襲いかかってきた。俺は何回も人生をやり直しているが、人の心を読んだり、未来を予測したり、他人の過去を見ることはできない。もしかしたらそういうモンスターもいるのかもしれないが、転生したことがないモンスターの能力は引き継がれない。
「あー、もっといろんな能力が欲しいなー」
まあ、そんなことしたら更に人間離れしてしまうので一長一短ではあるが。それに人の心を読む能力も、未来を見る能力も必要ない。人の心がわからないから相手のことをわかろうとするんだろうし、未来がわからないから頑張って生きようとするんだ。それもきっと、人間らしさなんだろう。




