八話
次の瞬間、老人の目が酔っ払いのそれではなくなった。
「姫様を攫ったのさ」
「攫った?」
「そうさ。まあ姫様と言っても、王様が妾に産ませた子だけどな。それでも公式な妾だから、一応王宮には入ってた」
「でも妾の子って、その、大変なんじゃないか?」
俺も創作物の中のことしかしらないが、実子や王妃からのあてつけとかが酷そうなイメージがある。
「そりゃもう。王族はみんな冷ややかな目で見てた。執事や侍女の中にも反発する者がいてな。なによりも、その妾が子を生む時に死んでしまったのがまずかった。守る者がほとんどいなかった」
「じゃあ生活も相当苦労だったんじゃないか?」
「苦労なんて言葉一つじゃ割り切れなかっただろうさ。王宮にいても食事を与えられなかったり、服を破かれたり、軟禁状態にされたり。学校へ行っても靴を隠されたり、泥水をかけられたりしたようだしな」
「アンタ詳しいな」
「一応姫様に近い場所にいたからな」
「なのに守ってやらなかったのか」
「妾の子を目の敵にしてたヤツは王宮にも多かった。俺が庇えば、今度は俺の立ち位置が危うくなる。それでもまあ、ちょっとだけ娘みたいには思ってたがな」
「でもその子はアンタのことをオヤジとは思ってなかっただろうな」
自分が苦しんでいる時に見ているだけの男を慕うとは思えない。
「それでもだ。あの子は俺に勉強を教えて欲しいとせがんだ。裁縫も教えた。茶の入れ方だって、料理だって俺が教えた」
老人は右手で目元を覆った。
「でも、救ってやれんかった」
「当たり前だろ。アンタは保身に走ったんだ。しかし、今の話と妾の子を攫った話はどう繋がるんだ?」
「その子はずっと苦労してきた。それは攫われるまで続いた。あれはいくつだったかな、二十歳そこそこだったと思う」
「二十を過ぎるまで続いて、その子はよくもまあ生きてたな」
人によっちゃ自殺してもおかしくない。
「姫様を攫ったその男は軍人だと言ったな。いつしか姫様と逢瀬を重ねるようになって、彼女の出自を知り、同情した」
「それで姫様を攫った、と」
「そういうこった。その攫った男の名前も素性もわかっていた。そして俺はその男に魔法をかけるように言われた。だから、腰痛の魔法をかけたんだ」
とてつもないシリアスさの中で「腰痛の魔法」っていう単語が出てくるだけで一気に台無しになるな。
「なんで腰痛の魔法なんだよ……」
頭を抱えそうになる。
「本当は別の魔法をかけるように言われてた。筋肉が収縮を繰り返し、まともに歩くだけでも激痛が走る。神経には刺すような痛みがあり、それでいて延命処置が施される拷問魔法だ。食べず飲まずで生きながらえ、けれど痛みは死ぬまで続く。自分で首を切ろうが薬を飲もうが魔法がそのすべてを治癒する。そんな魔法だ」
「それがなぜ腰痛に?」
「術式が近かったんだ。時を経て発動する腰痛の魔法になったというわけだ。幸いと言っていいのか、姫様を攫った男の行方まではわからなかった。だからちゃんと発動したかどうかまでは誰も確認していない」
「それでバレなかったわけか。でもバレなかったのに今こんな生活してんのはなんでだ?」
「横領がバレた」
「自業自得か」
正直コイツ自身の話はもうどうでもいい。
「姫様とやらの名前と攫った男の名前を教えてくれ」
「姫の名はアルメイサ、男の名は知らん」
となると俺の両親とはやっぱり関係ないのか。でもシアはこの男が腰痛の魔法をかけたと言っている。
「なあシア、コイツで間違いないんだよな?」
「街がいいなくコイツよ」
「じゃあ次じいさん。本当に腰痛の魔法をかけたのは一人だけなんだよな?」
「間違いない。そんなしょぼい魔法使わん」
「そのしょぼい魔法を間違えて使ったのはお前だぞ」
ぷいっと、じいさんがそっぽ向いてしまった。ガキかよ。
「ねえアル。思ったんだけど、その姫様と攫った男ってアナタの両親なんじゃない?」
「名前が違うだろ」
「名前なんていくらでも変えられる。あんな田舎だし、名前を変えて引っ越してましたって言えば終わりでしょ?」
「それはそうなんだが……」
この世界に住民票だとか戸籍だとかそういうシステムも聞かない。テキトーに名前を変えて遠くにいけば別人になれる世界だ。緩い世界ではあるが、犯罪者もそれができるって考えると非常に怖い。
「こりゃ、父さんと母さんに話を訊いた方が良さそうだな」
「そうね。帰りましょうか」
「待て待て、本題本題」
コイツ、父さんの腰痛を治すこと忘れてたんじゃあるまいな。
元王宮魔法師のじいさんは嫌がったが、魔法の術式を俺たちに教えてくれた。術式さえわかればシアがなんとかしてくれるらしい。
数年後に発動する腰痛、なんて魔法の割に長ったらしい術式を教わり、俺たちは父さんがいる病院へと帰るのだった。




