四話
今から半日となると普通に深夜になってしまう。深夜まで逃げ切るのはかなり難しく、というのもシアが割と早寝なのだ。
「お前何時まで起きてられる?」
「わからないけど、九時とか?」
「いい子すぎて怒るに怒れないんだけど」
まだお昼前ではあるが、半日ぴったりにウイルスの効果がなくなるわけじゃないし、前後三十分から一時間見ておく必要がある。そうなると日付をまたぐ可能性も十分ありえるのだ。
「なんでそんなこと訊いたわけ?」
「ウイルスが消えるのは半日だ。つまり最低十二時間は起きてなきゃならないんだ。わかるか?」
「それくらい簡単よ」
「お前十二時間起きてらんねーじゃん……」
頭が痛くなってきた。コイツの自信はいったいどこからくるのだろうか。
そんなことをしているうちに、向こうから町の人々がこちらに歩いてきていた。ここでじっとしているわけにもいかず、周囲をぐるっと回ってから町の中に入った。
幸いなことにゾンビたちの移動速度は遅く、俺とシアであれば簡単には捕まらないはずだ。
その、はずだったんだが。
民家の屋根に上がって徘徊するゾンビを見下ろした。
「なあシア」
「なによ」
「あのゾンビたち、めちゃくちゃエロくない?」
「なに言い出してるの? 頭大丈夫?」
「いやいやホントに。なんつーか色っぽいんだよな。女の人はもちろんのこと、男の人達もなんかカッコよく見えるぞ」
体の周囲がキラキラと光っているように見えるのだ。それは男女ともに変わらず、まるでその人の魅力を強調しているようだった。
「確かに、いつもよりは魅力的に見えるわね。あのビリーでさえなんだかキリッとしてるもの」
「あのビリーって言い方」
「うーん、デブが悪いってわけじゃなくて、ビリーの場合は全体的に身だしなみとかもなってないから」
「デブっ言うな、デブにぶっとばされるぞ」
身だしなみがなってないのは認めるが。
「そのビリーがカッコよく見えるっていうことは、きっとあのウイルスはそういう効果があるんでしょうね」
「魅力的にして人をおびき寄せてウイルスを拡大させる、か」
合理的すぎて怖いウイルスだな。
しかし、あれだけ色っぽいと俺も感染してもいいかなと思ってしまう。
ガスンとボディーブローが飛んできた。まったく予期していなかったのでモロにくらってしまった。
「なん、なんだよ……」
「デレデレしてんじゃねーわよ」
「言葉遣いがおかしくなってるぞ。もしかしてお前妬いてるのか?」
「嫉妬なんてしてるわけないでしょ」
「自分にみ――」
はいもう一発。自分に魅力がないと言いかけたところで殴られた。魅力、という単語さえも言わせてもらえない。
「ちょま、食い気味」
だいたいこういうのは「魅力が」とかまでは言わせてくれるやつだろ。
「なんかとんでもなく嫌な予感がしたから先手を打っておこうかと思って」
「ああそうかい」
脇腹をさすりながらもう一度屋根から見下ろした。
このまま降りていっても、それはそれで幸せなのかもしれないな。どうせ神様コインをもらえるチャンスはいくらでもあるんだし。
シアに視線を向けた。彼女もまた下を見ていた。
「いや、仕方ないからなんとかすっか」
「なんか言った?」
「なんでもねーよ。しかし、ゾンビたちもちゃんと知能はあるみたいだな」
俺たちがいる民家の中に入ってきやがった。
「そういやそろそろ昼飯だな」
「そうね」
「とりあえず飯食ってから考えるか」
「また悠長なことを……」
「なにも食わずに十二時間は無理だろ。一回家戻るぞ」
そんなこんなで俺たちは一度家に戻ることになった。たしか家には乾燥麺があったはずだから、昼食はそれでさっと済ませよう。
ゾンビたちはそこそこの知性を残してはいるものの、元々ある知識をすべて使えるわけではなさそうだ。その証拠に家に鍵をかけたら入って来られない。
俺たちは家に鍵をかけて飯を食った。
「このままここにいれば十二時間終わるんじゃない?」
「それは俺も思った」
けどそうは問屋がおろさないんだな。
ガチャッと鍵が開いた。こんなことするの一人しかいない。
「あんのクソじじい」
『そりゃ当然じゃろ』
頭の中にじじいの声が響く。
「俺たちが不利になるようなことすんなよな」
シアに聞こえないように小声で言った。
『元々一般人と差があるんじゃ。これくらいでもまだイーブンには程遠いわい』
「まさかこれからもこういうことする感じか」
『じゃないと面白くないじゃろ』
「お前を楽しませるために逃げてるんじゃないっつーの」
ゾンビ映画めちゃくちゃ楽しんでる人みたいになってるけど、俺とシアにとっては神様コインがかかった大事なクエストなんだ。
『まあ頑張って十二時間逃げ切ってくれ。じゃあの』
「じゃあのじゃねーわ」
それきりじじいの声は聞こえなくなった。このウイルスもそうだけど自分勝手もほどがある。
俺の部屋の窓から外に出ると、早速ゾンビに遭遇してしまった。俺たちがこの家の中にいることを知っているのかゾンビたちが家の周りを囲んでいたのだ。
「ああクソっ」
シアを抱きかかえて高く飛び上がった。
「ちょっと! どこ触ってんのよ!」
「もう今さらいいじゃんそういうの……」
まあ恥じらいがあるのはいいことではあるんだが。




