四話
疲れた身体で部屋に入ると、じじいが漫画を読んでいた。
「なんで三十二巻だけないんじゃ? ここ、ここいいとこなのに」
「結構読んだな。暇か?」
「神様に暇はない。暇はないが時間はある。ほぼ不死身じゃからな」
「その時間が暇なんじゃねーか。つーか俺のベッドに寝そべって本を読むな。臭いがつく」
「ワシ、そんなに臭いか?」
「母さんがちゃんと洗濯してくれたシーツがお前の臭いになるのがイヤなの。さっさと立て」
じじいは渋々立ち上がるが、言えばちゃんと聞くあたりが楽でいい。
じじいはベッドから立ち上がるとそのままイスに座った。
「立ってろつったろ」
「さすがに老人に対して厳しすぎでは?」
「俺の部屋だからな。まあイスくらいは許してやるか」
「自分のテリトリーでは横柄じゃの。内弁慶か?」
「なに弁慶でもいいけどなんの用だ?」
これはテンプレートのようなものであり、本気で用事の内容がわからないほど俺は愚かな人間ではないことをここに記しておこう。
「今日はクエストを持ってきてやったぞー」
「紙芝居持ってうきうきしてんじゃねーよ。紙芝居を披露するのが目的なわけじゃねーから」
「よいではないかよいではないか」
「わかったからさっさと内容」
「仕方ないのう」
いつものように紙芝居が始まるが、それを察するかのようにピルが入ってきて俺の膝の上に乗った。
「昔々あるところにおじいさんがいました」
「前回と一緒か? それなら花咲かじいさんとか笠地蔵とかおむすびころりんとかそっち系だろうな」
「おじいさんは縁側で思い出すのです。あの、夏の日を」
「唐突なセンチメンタル」
「あの日、もしもあの場所に行かなければ。あの日、もしも自分の欲望を抑えていられたら。きっとこんなことにはならなかったでしょう。強く拳を握りしめ、おじいさんは一人で涙を流していました」
「おじいさんの身に一体なにが……?」
「その時、おじいさんは声を掛けられました。声のヌシはなんと、あの時の亀だったのです」
「浦島太郎のアフターストーリーだって……?」
「はい、特殊クエスト『ドラッゴンを退治しろ!』じゃ」
「アフターストーリーは?!」
思わず大声を出してしまった。老人になり落ち込んだ浦島太郎の元に現れた亀、その亀はなにをしに来たのか。そして浦島太郎の今後はどうなってしまうのだろう。あまりにも予測ができなさすぎる。
「それはおいおい」
「じゃ、じゃあ太郎のこれからのお話はちゃんと教えてくれるんだな?!」
「今日はやけに食いつくのう。教える、教えるから今はクエストの方に集中してくれ」
「たしかにそのとおりだ。で、そのドラッゴンってなんなんだ? ドラゴンじゃないの?」
「ドラゴンはドラゴンじゃ。そしてドラッゴンはドラッゴンじゃ」
「なにが違うの?」
「イモリとヤモリみたいな」
「んー、微妙。両生類と爬虫類の違いってこと?」
「ヤモリがドラゴンでイモリがドラッゴンてとこじゃのう。なによりも違うのはその大きさと数なんじゃがな」
「ドラゴンが陸、ドラッゴンが水辺ってとこか。大きさってことはドラッゴンは小さいくて数が多いと」
「うむ、察しがよいのう。と言ってもあんまり変わらんよ。元々ドラゴンの亜種じゃから、ドラゴンが小さくなったものが水辺にいると思えば」
小さいってことは人間と同じくらいか。数が多いっていってもそこまでじゃないだろうし、今回は結構余裕かもしれないな。
「ちなみにこれはアララアアで正式に出されている依頼じゃ。だからアララアアまで行って依頼を受けてもらう」
「そうやってすーぐ人が出した依頼に便乗する」
「別にいいじゃろ。次は面白そうなクエスト考えておくわい」
「面白い必要はないんだけどね。で、期間は?」
「アララアアでは「ドキッ、ドラッゴンだらけの水祭り」が開催されているので、祭りが終わる明後日までじゃな」
「ドキッ、じゃねーよ。そのドキドキは危険な方のドキドキだろうが。まったく惹かれねえわ」
「で、明日行くか明後日いくか考えておくといいぞ。早めに行った方がいいと、ワシは思うがのう」
「シアとピルと三人で行く。だから明日ささっと行って、ささっとクリアしてくるよ。そういや退治しろって言うけど、どれくらい倒せば退治したことになるんだ?」
「明確な数は難しいのう……」
自慢の白いヒゲを右手でもふもふしながらじじいが言った。
「んー」
そして左手もヒゲに伸びる。
「両手でもふもふしてんじゃねーよさっさと答えろ」
「じゃあ合計一万匹でどうじゃ」
「結構倒さなきゃダメじゃねーか。でも合計だからなんとかなるか」
ドラッゴン。名前だけは聞いたことはあったが、結構下級のモンスターなのでよく覚えていないのだ。それにドラッゴンには一度も転生したことがない。
「それじゃあクエストは言い渡したし、夕飯でも食べるかのう」
「おいおい待て待て、なんでお前がリビングの方に行くんだよ」
「ママさんから「お夕飯いかが?」って言われとるんじゃ。食べていくのが礼儀というものじゃ」
「いや帰れよ」
「いーやじゃよー」
じじいの服を掴もうとしたがサラッと避けられてしまった。
「マーマさーん」なんて言いながらじじいはリビングへと躍り出る。もうこうなったら止められない。
こうして俺たち家族はじじいを交えて食事をした。じじいは母さんにメロメロらしくお世辞が止まらない。自分の母親に鼻の下を伸ばされるというのがこれほどまでに苦痛だとは思わなかった。




