十三話
レドラは魔族の中では強い方だが、俺から見れば鎌を振り上げているカマキリみたいなもんだ。すごく分かりづらい例えだが、威嚇することしかできない昆虫ということ。人間だって油断してればカマキリに指を切られることもあるだろう。俺はないけど。
「お前、俺の腕ふっ飛ばしたの覚えてる?」
「お、覚えていますよ」
「それがあれ。今魔王城を覆っているのは俺の腕なの。お前があのとき俺の腕をふっ飛ばさなかったらこんなことにならなかったのになー。いやー残念だ」
ふっ飛ばされた俺の腕は俺の分身だ。魔族の後を追わせて根城までいき、そこで長い時間をかけて更に分裂。城を覆うまでの数に増殖したわけだ。分身なので魔力はかなり低いが、それでもそのへんの魔族なんかでは食われて終わるだろう。
「さあ、もう一度聞こうか。村には手を出すな。監視もつけるな。一年待って、俺がシアから魔王特性を消去するのを待ってろ。魔王の特性を消すなんて簡単にできるわけないだろ。素直に言うこときいてりゃ悪いようにはしない」
苦い顔から怒りの形相に変形していく。神経を逆撫でしている自覚はある。が、これくらいのちっちゃな報復くらい許してほしい。俺は腕をふっ飛ばされているのだ。あのとき流した涙は忘れないぞ。いつか俺のようにお前を泣かせてやる、という気持ちでいっぱいなのだ。我ながら性格が悪い。
「ほらほらどうしたどうした。溶けちゃうぞ? いいのか? 魔王城がなくなったら新しい魔王はなんて言うだろうなあ? んんー?」
ガスっと横腹を小突かれた。
「痛いんだってば」
「あまりにも性根が腐ってたから、つい」
「お前のためでもあるんだぞわかってんのか。それにアイツはお前をひどい目に遭わせたヤツだ。これでもやり足りない」
「わかってるけどなんかムカついたから」
「そこはスカッとしたとかじゃないのかよ。まだ魔王に未練あるのか?」
「そういうのはないけど、なんかやり方が汚いなって」
「キミはボクの味方だよね? なんで俺に腹立ててるわけ?」
「弱いものイジメはよくないわ」
「なんだお前、女神か?」
「魔王よ」
「そりゃそうなんだが」
根が優しすぎるんだろうな。元部下であっても手を上げられない。コイツこそ魔王を続けていた方がいいと思うのだが。
「わかった」
レドラが小さくそう言った。
「ああ?! 聞こえ――」
小さな肘がさっきより強めに脇腹を抉った。
「ぐふっ……よかろう。だが魔王城を覆う俺の腕は魔王城の周辺に隠しておくからな。なんかあったら次はどうなるかわからないぞ? ちなみに言っておくがいくらお前であっても、俺の腕を探すことは不可能だ。魔力を隠蔽する能力も持ってるからな」
魔力は低いが俺の分身であることには変わりない。それくらいのことはできる。
「了解しました。これ以上の干渉はしないと誓いましょう」
「よしよし、それでいいんだ」
「早くあれをなんとかしてください……!」
悔しそうな顔を見て満足した。腕をふっ飛ばしたこと、半分くらいは許してやろう。もう半分はまだ許さん。
「もういいぞー!」
俺が魔王城に向かって叫ぶと、魔王城を覆っていたスライムが徐々に下に下がっていくのが見えた。
「よし、帰るぞ」
マントを翻してその場をあとにした。魔族が追ってくる様子もなかった。これで村は平和になるだろう。フラグにだけはならないようにしないとな。
「アンタ、あんなもの用意してたわけ?」
森に入ってすぐにシアが言った。
「用意してたっていうか、いつかぶっ潰してやろうと思ってただけなんだけど。まあ上手く使えたからいいんじゃないか? 次ちょっかいかけて来たらさすがに魔王城ごとスライムに消化させるけど」
「アンタって……」
「なに? 言いたいことあるなら言えよ」
「本当に自分のことしか考えてないなって思って」
「そんなことないぞ。村のことを考えてたからここまで来たんだ」
「村がなくなったらアンタの生活が脅かされるからでしょ……」
「よくわかってるじゃん」
「私、この世でアンタより最低なヤツと会ったことないんだけど」
「言い分はわかるんだけどね、お前を救うっていうのはちゃんとやるからね?」
シアが二歩、三歩と早足で前に出た。そしてこちらへと振り返る。
「知ってる」
満面の笑みを浮かべる、一人の少女の姿がった。魔王ではない、ただの女の子だ。
最低とか汚いとか言われているが、こういう笑顔を見てると言われたこと自体どうでもよくなってきてしまう。
魔王軍との交渉も済んだし、みんなのところに戻って海を満喫しよう。




