七話
いつものように朝起きて、朝食を食べて、畑仕事をして、昼食をとって、昼寝をして。「そうそう、こういう生活を求めてたんだよ」なんてしみじみ言ったところでドアがノックされた。ちょうどブタ状態のピルをわしわしと撫で回しているときだった。
ドアを開けると、軍服に身を包んだ女性が立っていた。背も低いし童顔なので少女と見間違えそうになったが、品格とかそういうなんていうかそんな感じのオーラがあった。俺にもよくわからない。
「こんにちは、私はミュレス=パスサージュと申します。アナタにとって有益な情報がございま」
ソッコーでドアを閉めた。軍服の宗教家なんて面倒臭さと胡散臭さのダブル悪臭女じゃねえか。関わらない方が絶対にいい。俺の本能がそう告げている。100回分の人生経験だ、間違いない。
その九割が人間による経験でないことを除けば、だが。
「ちょ、ちょっと待ってください! 大丈夫です! 怪しいものではございませんから!」
何度もドンドンとドアを叩いている。狂気すら覚えてしまう。
「いや、ホントそういうのいいんで。うち無神論主義なんで。結構なんで」
「そういうのじゃありませんから! 宗教とか関係ありませんよ!」
その割には結構強めにドアを叩いてる。否が応でも家に入れてもらおうって腹じゃないか。やばい話以外なにがあるってんだ。
と、急にドアを叩く音が止んだ。
諦めたか、と思ったがそうではないらしい。
「コホン、ではドア越しでも結構ですのでお話を。アナタ、昨日の夜はなにをされてましたか?」
「夜? 女を抱いて寝た」
「そうですか女を……女……?」
「勘違いするな。抱きまくら代わりだ。で、それがどうした」
「寝る前はなにをしていましたか?」
「森の方に散歩に」
「ほうほう、あれが散歩と呼べるのでしょうかね?」
その言い草がやけに気になる。もしかして昨日の出来事を目撃されていたのだろうか。だとすればまずいことになる。
考えることはいろいろあるが、一番困るのはここで叫ばれたり暴れたりされること。幸い母さんはでかけてるし、スピカは学校に行ってる。
そっとドアを開けると、ミュレスと名乗った女性はにこやかに、けれどサッと開いたドアの隙間の前に陣取った。
俺はミュレスの腕をがっしりつかみ、そのまま家の中に引きずり込む。ドアをバタンと閉め「よし、話をしよう」と言ったあとでイスに座るように促した。
「お茶は出さないぞ」
「ええ、構いませんよ」
強引に引き入れたというのにこの余裕。相当肝が据わってるな。
「それで、お前は昨日の夜なにを見たんだ?」
「なんだと思いますか?」
「訊いてるのは俺だから。それにその軍服、ムラファドの軍人だろ? それがなんでこんなとこにいるんだよ」
「私は自国であるムラファド共和国の軍人ではありますが、軍部に常駐する兵士ではないのです。優秀な人材を発掘するのが主な仕事、いわゆるヘッドハンティング的なやつです」
「この感じだと俺をヘッドハンティング的な? そんな感じ?」
「そういうことです。昨晩、アナタは魔族を捕まえて尋問していましたよね。卓越された魔力、強靭な肉体、それらは求めても得ることができないものです。アナタはその年令でそれらを持っている。ぜひ軍部で活躍して欲しいと思いまして」
「いやー、俺ただの村人Aなんでそういうのはちょっと」
「あれはただの村人の動きではありませんでしたよ。一回見失いましたからね。ドアから出てきたと思えばさっとどこかに行ってしまった。あの背格好はアナタ以外ありえない」
見失った……か。つまりコイツは森にいたわけじゃなくて、ずっと俺を見張ってたってことになるんじゃないだろうか。
「俺を監視してたのか?」
「いえいえ監視だなんてそんな大仰なものじゃありませんよ。この村にとんでもない人がいるっていう情報を得たものでして」
「誰の情報よ?」
「それは言えませんよ。個人情報ですから。でもその情報は確かだったわけですから、私としては僥倖と言わざるを得ません」
胸を張って、本気で嬉しがっている。仕事、好きなんだろうな。
「まあなんでもいいけど俺は軍人にはならないぞ」
「なぜですか!」
机をバンと叩き、ミュレスが前のめりになった。今までおとなしくしていたピルがビクッと反応したので、頭を撫でて落ち着かせた。
「訓練とか面倒くさいし戦争とかも興味ないし」
「国民のために戦うことに興味がないと?」
「うん、興味ないな。俺は今の生活に満足してるし、戦争って言えるほどの戦争も起きてないし。魔族の侵略してきてるわけでもないしな」
「アナタは現に魔族とやりとりをしているじゃありませんか」
俺がブラックノワールだってこと、コイツにはバレてるみたいだな。面倒なことになったぞ。っていうかそりゃそうか、家から森まで仮面も衣装もなかったしな。
なんとかしなければなるまい。




