四話
考えれば考えるほど、コイツの解雇は俺のせいじゃないんじゃないかと思えてくる。完全に自業自得だ。
「まあいい。で、その副業ってのはなんなんだ」
「聞いて驚かないでくださいよ?」
「いいから。そういうの期待してないから」
「なんと」
「引っ張るな。それ以上引っ張ったらこの家吹き飛ばすからな」
「勘弁してください。私漫画家なんです」
「今度は逆にあっさりしすぎだな。やり直した方がいい」
「もうなんなんですか!」
「で、漫画ってどんなの描いてるんだ」
ネティスは顔を真っ赤にしながら頬を膨らませていた。自分のペースで会話ができないのが相当ストレスと見える。
まあ俺のせいなんだけど。
「いろいろ描いてます。少年誌にも連載してます。ローラさんとかシアさんにはたまに手伝ってもらってますし」
「それは初耳だな」
「長時間拘束してるわけでもないし、ちゃんとお給金も払っていました。なので安心してください」
「労働に対して文句を言うつもりはないからそこはどうでもいい。じゃあなにか見せてくれよ。俺も漫画は好きなんだ」
「ちょっと待っててくださいね」
ネティスは一度奥の部屋に引っ込んでから、本を三冊ほど持ってきた。
「これです」
差し出されたのは大手出版社の漫画と、割とマイナーな出版社の漫画だった。
「これ描いてたのお前なのか。ビリーに何冊か借りたことがある」
「読者だったんですね。嬉しいです」
頬を染めつつ、嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑んでいた。漫画を描くのが好きなんだ、というのがよく伝わってきた。
「でもこの絵柄、どっかでみたことがあるんだよな……」
そこで二冊目である。大手出版社の漫画と絵柄は同じだが筆名がまったく違う。
「M字開脚……? あのM字開脚ってお前だったの?」
そう、ビリーが敬愛してやまないエロ漫画家、M字開脚先生だったのだ。
「元々そっち系の漫画家だったんですけど、少年誌でもやってみないかって言われて」
今ので完全に見えてきた。
「これで、お前の周りをうろついてた人間の正体がわかったぞ」
「漫画見ただけでわかるんですか?」
「逆にこれでわからなかったらヤバイレベルの問題だぞ」
一つため息をつき、俺は窓に視線を向けた。
「おいビリー! そこにいるんだろ! さっさとドアから入って来い!」
俺がそう言ってから十数秒後、ドアからビリーが入ってきた。もじもじと気持ち悪い感じで、恥ずかしそうにしていた。
「ビリーさん……? もしかして暗殺者って……!」
「だから暗殺者じゃないんだってば。最初からビリーだったの」
「でもビリーさん、私みたいのはタイプじゃないと思ってたんですけど。あー、でもやっぱり大人の魅力みたいなのが男の人惹きつけちゃうっていうアレですかね?」
「お前よくもまあ自分のこと持ち上げて言えたね。制御機能失ったエレベーターが屋根突き抜けちゃってるくらいの持ち上げっぷりだわ」
「でも、そういうことでしょ?」
しなを作ってウインクするんじゃない。全然魅力的じゃないからな。
「ビリーはM字開脚先生のファンなの。で、どこで知ったのか知らんが、ネティスが件の先生だということを突き止めた。それを確かめるためにネティスにつきまとっていたというわけだ。しかしデb……体がデカイから隠れ切れていなかったというわけだ。そうだよな、ビリー」
ビリーは今でももじもじしていた。
「キモい」
「友人に対してひどいだろ!」
「うるさい。で、どうなんだ。最近ずっとネティスにつきまとってたんじゃないのか?」
「まあ、認めるけど」
「あのなあ、これはれっきとした犯罪だからな? ストーカー行為だって自覚あんのか?」
「ストーカーではない! 愛故の行為だ!」
「ストーカーはみんなそう言うの。そのせいでネティスがまともに生活できなくなってもいいのか? お前が好きな漫画を描けなくなるくらいやつれたら嫌だろ?」
「そ、それはこまるぅ……」
「キモいんだってホントに。だからもうやめろ。それにネティスがM字開脚先生だってわかったんだし付きまとう理由もないだろ。これで一件落着だ」
「いいや、俺は納得してない!」
「お前の納得を誰が求めてるのか」
俺の言葉が一切届いていない。
「僕はM字開脚先生の元で修行したいんだ!」
「そういや漫画家になりたいとかめちゃくちゃなこと言ってたな。いやしかしだな、こんなことしてネティスが雇うとも思えないんだが」
「いいですよ、アシスタント、ちょうど欲しかったので」
「トントン拍子」
怖いくらいことが上手く運びすぎていて気味が悪い。まるで異世界転生して魅力的な女の子に好意を寄せられながらもなぜかめちゃくちゃ強くなって、今まで有能だったはずの敵が主人公の幼稚な策略にハマってまんまとやられてしまうようなそんな展開を見ているみたいだ。
思わず饒舌オタクみたいになってしまった。
「もういいや。ネティスからの依頼も果たしたし、ビリーにも仕事ができたし、ネティスには常駐してくれるアシスタントができたわけだ。一件落着とはこういうことだな」
「はい! ありがとうございました!」
笑顔が晴れやか過ぎて責める気にもなれん。
時計を見ればお昼前。ピルを抱っこしたまま立ち上がり、そのままネティスの家を出ることにした。ビリーもネティスも生粋の漫画オタクらしく、楽しそうに話をしているのが聞こえてきた。
が、ここで二つばかり引っかかることがあった。
一つは暗殺者の件だが今はどうでもいい。どうせなんとかなる。
もう一つはシアのことだ。ネティスの家に行く、という時に赤面した理由がよくわかった。だがそれをどうして隠したがっていたのか。
これは今度問いたださなければならないな、と思わず笑ってしまった。
「アル、気持ち悪い」
「あのねピル、気持ち悪いって言葉はキモいって言葉よりもずっと破壊力がある言葉だから気をつけようね」
「うーん、わからない!」
「なるほど、ここはわかってくれないんだね。そうかそうか」
まあ、ピルが楽しそうにしてるからいいか。
なんて思いながらも家に帰るのだった。しばらくすればシアも戻ってくるだろう。




