七話
ネティスはローラと一緒に上手くやれているみたいだ。ちゃんと服も持って行ったしな。その際に「お前の声はどこにいても聞こえるからな」とか「あまり露骨な態度を取るな。すぐにでもその無い胸を引き裂いてやる」って言っておいた。これで安心だ。
「ねえ、アルファルド」
「なんだいシア」
「ネティス、なんだかすごい怯えてるんだけど。また余計なこととか言ってないでしょうね」
畑でクワを振るう俺、種をまくシア。そして畑仕事を手伝うネティスとローラ。ネティスは俺が動く度に身体を硬直させていた。
「お前の声はどこにいても聞こえるって言った」
「キモいを通り越して怖い」
「あまり露骨な態度を取るな。すぐにでもその無い胸を引き裂いてやるとも言った」
「猟奇的すぎる」
「仕方ないだろ。あのままにしておくわけにもいかないし、かといって正体を知られたまま対処しないわけにもいかないんだから」
「いや、普通にネティス単体で飛ばせばよかったでしょ……」
「その手があったかー、いやー、盲点だった」
「もう言う言葉が見つからない……」
「そうだ、言い忘れてたな。麦わら帽子でつなぎを着てるその姿もロリ可愛いぞ」
「可愛いだけでいいから。ロリってつけなくていい」
「雰囲気大事じゃん?」
「雰囲気ぶち壊してるから」
そんな会話をしながらも俺たちの手は止まっていない。シアもかなり順応してきたな。どこに出しても恥ずかしくない農家の娘だ。
いや、このまま魔王特性を消せば俺の嫁になる可能性だってあるからすでに農家の娘という逆説的な考え方もできるか。感慨深い。
「もうそろそろ種まきも終わりね。今日はこれからどうするの?」
「いつも通り狩りに行くかな」
「そろそろ畑仕事と狩猟以外のこともした方がいいんじゃないかしら」
「それ以外のことって、仕事増やせってこと? 勘弁してくれよ。これだけでもうお腹いっぱいだぞ。そもそも俺、どっちかというと仕事したくないタイプの人間だし」
「ダメ人間の発言じゃない……」
「自覚はある。大丈夫だ」
「なにに対して大丈夫なのかがまったくわからないわ」
「でも他にやるとしたらなんかあるか?」
「そうね、別の町に行って用心棒とかどうかしら。アナタなら楽勝でしょ」
「いいねそれ。絶対やらないけど」
「やっぱりこの話はやめましょう。たぶんなに言っても拒否られるだけだから」
「勘のいい女は好きだぞ。さすが俺の嫁候補」
「そう思うなら早く魔王の特性を消して欲しいものだわ」
「確実に前進してるからそのうちなんとかなるだろ。俺だってあんなことやこんなことしたいし」
「そんなことだと思った。まあ、期待しないで待ってるわ」
「期待してくれた方が個人的にはありがたいけどね」
最終的にご褒美的ななにかがあるともっとテンション上がる。
畑仕事を終えた俺たちは、昼食をとるために一度家に戻ってきた。やっぱり母さんが作る料理が一番だ。
食事が終わった頃、ローラが駆けていく姿が窓から見えた。つまり今、あの家にはネティスしかいないことになる。
「ちょっくら隣の家行ってくるわ」
「じゃあ私も行くわ」
「いやいいよ、付いてこなくていいって」
「二人にさせたら危ないから」
「俺が?」
「行くわよ」
そろそろ突っ込んですらもらえなくなったか。
家のドアをノックするのはシアの役目だ。俺だと家に入れてくれない可能性がある。まあその時は脅すわけだが。
「妙なこと考えてないでしょうね」
「そのエスパームーブやめろ」
ドアを四回ノックすると「はい、どなたでしょうか」というネティスの声が聞こえてきた。
「私、シアよ。ちょっといいかしら」
「はい、今開けますね」
ガチャリ。
「ひっ」
バタン。
こらこら、開けてすぐ閉めるんじゃない。
「大丈夫だから。私がちゃんと見てるから開けてちょうだい」
「絶対、絶対ですか?」
「絶対よ」
こうして、いろいろありながらもローラ&ネティスの家に入れてもらえることになった。そんなに怖がらなくても。
リビングでイスに座る。震えながらもお茶だって出してくれた。もうめちゃくちゃこぼれててカップの中身も半分くらい出てるけどね。テーブルびしょびしょだけどね。
「そそそそ、それでぇ、今日はぁ、なんのぉ」
「ええい泣くな泣くな。俺が悪かったって。別に取って食おうってわけじゃないんだ」
「じゃあぁ、なんで来たんですかぁ」
「泣きやめってホント、話ができないから。今日はお前のことを知ろうと思って来たんだ」
「私のこと、ですか?」
シアがしっかりと涙を拭いて、鼻水まで処理していた。万能かコイツ。
「お前ヘルヘイムの兵士なのか? 魔法師? 軍師?」
「一応魔法師ですね。少佐なんで指揮も任されてました」
「今いくつ?」
「半年くらい前に二十歳になりました」
「その年で少佐? すごくない?」
「典型的なコネ入隊なので」
「あ、そういうのあるんだね。いっがーい」
「父が中将なもので。あ、でも実技訓練も一番ですし、筆記の方も一番を譲ったことないんですよ」
「全然見えないけどね」
「見えないわね」
シアも同じことを思っていたらしい。
「でも最近悩みがあるんです」
「急にフランクになった上に悩みを語り始めた。さては「全部の会話を自分のことに誘導する病」だなコイツ」
「まあいいから聞きましょう。糾弾するのはその後でもいいわ」
いや、キミは俺のブレーキ役でしょ。というのは野暮かもしれない。
「胸が、大きくならないんです……」
「そりゃ切実だよな。ほら、俺の隣の子も黙っちゃったよ。一気にダークサイドじゃん。もーなんで余計な悩みぶちまけちゃうかな」
この空間、貧乳率100%だからな。オレンジジュースだったらもうめちゃくちゃすっぱいやつだよ。俺がどうすることもできない空気をサラッと作り出すのだけは勘弁して欲しい。
「毎日牛乳飲んだりだとか、マッサージだとか、いろいろやってきたんです。それでも大きくならないんです。肉は全部太ももにいくんです」
「あれはあれでよかったけどな。一部に人気が出る体型だと思うよ」
「もう私、ダメなんでしょうか……」
「仕事もないし貯金もないみたいな言い方しないで。それにまだ二十歳じゃん。これからこれから」
「でもローラさんのアレ、見ましたよね? ローラさんまだ十八歳なのにアレですよ? もう私どうしたらいいのか……」
「若干恋人に浮気されたみたいな空気だね。って十八かよ、そりゃやべーわ」
と言っても同い年だが。
「こんなところに拉致されて。私の運命。どうなっちゃうんでしょう」
「うーん、どうなっちゃうんだろうねー」
「それはアナタのせいでしょ」
こういう時に仕事ができる女だな、この魔王は。
「まあまあ、ある程度したら国に帰るといい」
「帰してくれるんですか?」
パァっと、一気に明るくなった。乳の話はもういいのかと。
「別にいいよ、帰っても。んで「あの町はヤバイ」みたいな雰囲気で会話してもらえれば」
「それ、もし言わなかったらどうなるんでしょうか」
「お前の国を滅ぼす。お前が住んでる町とかじゃないから。国ごと滅ぼすから」
「そんなこと、できるはずないじゃないですか」
目を逸して言っても説得力がないぞ。
「そうか、信用できないなら仕方ないな」
勢い良くイスから立ち上がった。
「どうしたんですか? 急に立ち上がって」
「今からお前の国を滅ぼしてくる。それができたらそりゃ信じてくれるよな」
少しずつ、少しずーつ放出する魔力を強めていく。ガタガタとテーブルが揺れる。その振動は床を伝って俺たちにも伝播するようだ。ちなみにガタガタ揺れているのはネティスが全身を震わせているからであって、俺の魔力が原因ではない。
「いえ、いえいえいえ、結構ですから。結構ですから!」
「んじゃ、オラ行ってくるぞ」
「だから怖がらせるのをやめなさいって」
シアに小突かれ、仕方なく魔力の増幅を解いた。
「冗談だ。でも町を攻撃されるのは困る。帰ってもいいが、二度とこの町を攻撃するな。やるなら一気に王都にしろ」
「一気に王都は難しいですが、この町に手を出さないように進言することは可能です」
「そうかそうか。それならいいんだ。すぐにでも帰るか?」
「そうですね、できるだけ早く帰りたいです。お父様も心配してると思いますし」
「わかったそれじゃあ。帰してやろう。ただし、俺はお前に言っておかなきゃならないことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「ブラックノワールとして兵士たちを風魔法でぶっ飛ばした時、お前は我先にと魔法を回避したな。知ってるからな、お前がずる賢い女だってこと」
「そそそ、そんなことありませんから」
「この前見たんだよなー。近所の悪ガキに頼んでローラの胸ひっぱたいて来いって命令してるとこ」
「ななななな、なにかの見間違いではありませんか?」
「見間違いならいいんだ。見間違いなら。それじゃあ俺たちは帰るから。帰ったらしっかり進言しといてくれよな」
「ぎょ、御意に……」
ビビリまくってるネティスを背に、俺とシアは家を出た。
シアはなんか言おうとしてたみたいだが、諦めたような、憐れむような目をするだけだった。
こうして、次の日にはネティスはヘルヘイムへと帰っていった。最後まで俺にビビってたな。




