十一話
その時、周囲が一気に白くなった。まだ夢の中であろうことはわかったが、景色も一切なくなってしまった。
その中で一人の老人が姿を表した。
「やあ」
妙に馴れ馴れしいツルッパゲの老人だった。どこかで見たことがあるような気はするが、どこで見たのかまではよく思い出せない。
「えっと、こんにちは」
やや後退りながらも一応挨拶をする。
「他人行儀じゃのう。まあよい、こっちに来て座りなさい」
気がつけば、脚の短いテーブルやぺったんこのクッションなんかが置かれていた。
「え? 私が座るの……?」
「お主しかおらんじゃろうに。もしかして嫌?」
「もしかしてもなにもここがどこかもわからないしアナタが誰かもわからないのに迂闊に座れると思うの?」
「大丈夫、大丈夫じゃから。心配することはない、本当に、マジで」
そう言われると更に疑いたくもなる。
だが、この老人が言うことはどうしてか疑う必要がないように感じていた。知り合いでもない老人の言うことだが、言葉に温かさや重みがあるのだ。
「わかった」
「うむ、それでいい」
老人が座ったので、私もぺったんこのクッションの上に座り込む。
「で、アナタは誰?」
「ワシは神じゃよ」
いきなりそんなこと言われて「わあ! 神様! すごい」と言えるほど純粋ではない。むしろ面と向かって言われると疑いたくなる。
「はあ、そうなの」
「信じとらんな。まあそれも仕方ないかもしれんが」
「信じる信じないは別として、その神様がいったいなんの用事?」
「本当は良くないんじゃがのう、このままだとアルファルドがマズイんじゃよ」
「アルが?」
彼の名前を聞いて胸が強く脈打った。
「お主やアルファルドの生活を脅かすようなクズ野郎が現れたのは知っておるかな?」
「いや、全然」
クズ野郎って。
「あの男がやりそうなことじゃな。なんだかんだ言って全部自分で背負い込みたがる」
「アルはソイツと戦ってるってこと?」
「そう、今も戦っておるよ。ちなみにここは精神世界じゃが、現実世界のキミは光熱を出して寝込んでおる。それを仕向けたのもそのクズ野郎じゃな」
「もしかして私が寝込んでるのとアルが戦ってるのって関係あるの?」
「お主を助けるために戦っておると言っても過言ではない。アイツからしたら自分の生活を守るためでもあるんじゃろうが、それはお主がいる生活のことじゃ」
「私との生活……」
「そうじゃよ。きっと、アルファルドにとってお主はもう人生の一部なんじゃ」
そんなこと、アイツは一言も言ってくれなかった。
「それは神様の勘違いじゃない? アイツがそんなこと考えてるなんて思えないわ」
「だとすれば、お主はまだアルファルドのことがわかっておらんのう」
神様は裾からなにかを取り出してテーブルの上に置いた。
「なに、このコイン」
一枚のコインだった。頭が禿げた誰かが描かれた趣味の悪いコインだ。
「今失礼なこと考えた?」
「気の所為でしょ」
「まあよい。これはアルファルドが集めておったコインじゃ」
「なんでこんな物を?」
「ワシとの契約なんじゃよ。このコインを十枚集めたら願いを叶えてやるとな」
「じゃあ私利私欲のためにそのコインを集めてたってこと? アイツらしいじゃない。で、なにをお願いするつもりなのかしらね」
神様は額に手を当ててため息をついていた。
「本気で言ってるわけではないのう。照れ隠し、と取ってもよいかな?」
「だ、誰が照れ隠しよ」
元々身勝手な男だったし、自分のために願いを叶えようとしても不思議じゃない。
そうは思うが、胸の奥底に引っかかるものも確かにあった。
「今までの話で察しはついておるじゃろ。アルファルドが叶えたい願いはお主の魔王という性質を消し去ることじゃよ。そのために魔王軍と交渉したり、山と戦ったり、食材を集めたりといろいろやってきたわけじゃ」
「じゃあ今までいろんな場所に出向いてたのって……」
「そうじゃよ、全部、なにもかもお主のためじゃ」
「なんで私のためなんかで命を張る必要があるの? 面倒になったら、私なんて手放せばいいじゃない。苦労してまで側に置いておく価値なんてない」
「それはお主の主観じゃろ。アルファルドはそうは思ってはいないということじゃ。そうでなければ命を賭けてお主を守ろうとなどしないはずじゃ」
「でも私は!」
「嫁候補など言っておるが、お主以外の嫁候補などおらんのだ。それだけお主のことを大切にしているっていうこととは思わんか?」
あの男がそこまで考えているとは思えない。勝手に風呂に突撃してくるし、人のことを抱き枕みたいな扱いをするし、すぐに服を脱がせようとするし。




