49・夜会③
「殿下! ソフィリア様! 大丈夫ですか!? お怪我は!」
私たちの元に駆け寄ってきたエリオットは、心配そうに尋ねてきた。
「私は大丈夫。ウィリアム様が守ってくださったから……」
シュミット様に刃先を向けられたせいか、私の心臓はまだバクバクとしている。だが、ウィリアム様のおかげで私の体には傷一つなかった。
ウィリアム様は私をそっと床へ下ろしながら、エリオットへ不思議そうな瞳を向けた。
「俺も平気だけど……。エリオット、お前何を投げた?」
「そこの給仕台に置かれていたトレーです! 咄嗟に殿下たちを助けなきゃって思ったんですけど、これくらいしか使えそうなものがなくて……」
エリオットは給仕台を指さして言う。かっこよく助けられなかったことが恥ずかしいのか、少し決まりが悪そうに頬をかいていた。
――助かったのはエリオットのおかげだわ。ウィリアム様はもちろん、エリオットも十分かっこよかった。
エリオットが隙を作ってくれなければ、シュミット様を取り押さえるのに時間がかかっていただろう。
「……まぁ、いい。助かったよ」
ウィリアム様はエリオットに短く礼を言ったあと、ちらりと視線を横へずらした。
その視線の先には、床に組み伏せられたシュミット様がいる。
「なんでみんな僕の言うことを聞かないんだよ……!」
「おいこら、大人しくしろ……!」
衛兵によって取り押さえられたシュミット様は、今だ往生際悪く暴れていた。
私はその場に立ち尽くして、シュミット様を見つめることしかできない。
「シュミット様……どうして」
シュミット様は何故、こんな凶行に走ったのだろうか。
そもそも私とシュミット様の関係は、口論の絶えない元婚約者だったはずだ。シュミット様から愛や執着を向けられる覚えがないし、感じられない。
「僕はただ、僕を支えてくれる人が欲しかっただけだ! なのに、ソフィも、ブランカも、親さえも、誰も僕を受け入れてくれない! 僕がこんなに不幸なのに、僕が捨てたはずのソフィだけ幸せそうなのはおかしいじゃないか!」
シュミット様は今にも泣き出しそうな様子で叫んだ。
――ああ、そういうこと……。
ここまでの凶行に走ったのはそれが原因だったのかと、私は理解はできないながらも納得はしてしまった。
そもそもシュミット様が、ブランカ様ではなく私とよりを戻そうとしたのは、単純に私の方が御しやすそうだと判断したからなのだろう。しかし、剣を持ち出してここまでの騒ぎにしたのは、私が幸せそうだったのが許せなかったからか。
――相変わらず自分勝手だわ。
私がシュミット様を受け入れられなかったのも、ブランカ様がシュミット様から離れていったのも、すべてはシュミット様の行動が招いたことだ。
自分勝手なシュミット様は、きっとそれに気づいていないのだろう。
それまで黙っていたウィリアム様が、はぁと疲れたようにため息をついた。もしかしたらウィリアム様にしては珍しく、シュミット様に呆れているのかもしれない。
「それは、君の願望の押し付けだろ。ソフィもブランカも、君の人形でもなんでもない」
「……っ!」
言葉に詰まったシュミット様がウィリアム様を見上げたその時、カツンとヒールの音が大広間に響いた。
「なんだこの騒ぎは」
「陛下!」
広間へとやってきたのは、赤いドレスを身にまとった女王陛下だった。
陛下は優雅な足取りでシュミット様の目の前までやって来ると、上から冷ややかな視線で見下ろした。
「外にいた衛兵から簡単に事情は聞いたが……。お前、わらわの城で暴れたのか? ええ?」
片手に持っていた王笏をくるりと回し、杖の先でシュミット様の顎を持ち上げる。
「へ、へい、か……」
あまりにも冷たい陛下の視線に、冷視を向けられたシュミット様だけでなく、この場にいる誰もが震え上がった。
平気そうなのはウィリアム様くらいのものだ。
「挙句、わらわの大事な一人息子と、ソフィリアを傷つけようとな?」
「あ、いや……その……」
陛下の威圧にすっかり怯えきってしまったらしいシュミット様はもごもごと口ごもっている。
シュミット様の様子に、陛下はにこりと口元を引き上げた。……ただし、陛下の瞳は一切笑っていない。
「よしよし、話は牢で聞いてやるからな。おい、連れて行け」
「はっ!」
陛下の合図を受けて、シュミット様を取り押さえていた衛兵が、短く返事を返した。
そのままシュミット様を引き立たせ、大広間の外へと引きずっていく。
「は、離せー!!」
暴れるシュミット様の声が遠のいていき、広間には静寂が戻ってきた。大広間内の様子を伺ってか、ちらほらと貴族たちが戻ってくる。
私はというと、ほっとしたせいか足から力が抜けて、その場にへたりこんでしまっていた。
「ソフィ、もう大丈夫だよ」
「ええ……」
ウィリアム様は片膝をついてしゃがみ込むと、優しく私の肩に触れた。
肩に広がるその熱に、じんわりと私の心へ安堵が広がっていく。
「ソフィ」
「……はい?」
ウィリアム様から名前を呼ばれて、私はふと顔を上げた。
見上げれば、真剣な瞳をしてウィリアム様がこちらを見つめていた。
「話があるんだ。聞いて」
――話?
そういえば、ワルツを踊った後にもウィリアム様が私へ何か伝えようとしていたことを私は思い出す。
もしかして、その話の続きだろうか。
ウィリアム様は跪いた体勢のまま、私の両手を包むように握った。
「ソフィのことは、どんな事があっても俺が守る。だから、俺の婚約者になってほしい。俺の傍に、ずっといて欲しい」
――……っ!?
それはもしや、プロポーズというものではないだろうか。
突然のことに私は目を白黒とさせてしまう。
けれど、真っ直ぐに見つめ続けてくるウィリアム様に、私の心はすぐに決まった。
もとより、覚悟は決めているのだ。
ウィリアム様の隣に立つためなら、私はどんな苦難があろうとも立ち向かってみせる。
「はい。もちろんです……!」
私が返事をした途端、周囲から拍手の音が上がった。視線をやれば、エリオットも、衛兵も、広間に戻ってきた貴族たちも、果ては女王陛下までが私たちに向かって手を叩いている。
「よし! それではパーティの仕切り直しだ。片付けを終えたあとは、王太子ウィリアムの婚約披露パーティとする!」
陛下は広間の空気を変えるように大きな声で宣言した。
それに呼応するようにして、わっと歓声が上がる。
すっかりお祝いムードだ。
――これはこれで恥ずかしい……!
まさか公開プロポーズをされるとは思っていなかった。だが、皆に祝福されるというものは嬉しいものだ。
私は幸せな心地で、ウィリアム様と顔を見合せて笑った。




