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W婚約破棄された伯爵令嬢はクーデレ王太子から愛されていることに気づかない  作者: 雨宮羽那
第5章

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48・夜会②


「ソフィ! どこにいるんだ!」

 

「ちょ、あなたは確かエディン家の方ですよね!? そんな格好で立ち入られると困ります!」


 案内係や衛兵が引き留めようとしているが、ウィリアム様は構わずずかずかと進んでいく。シュミット様が一応貴族だからか、案内係たちは下手に止められないのだろう。

 

 周囲の貴族たちはシュミット様とは関わるまいとしてか、さーっと波のように広間の端へと離れていった。そのせいで、私たちとシュミット様の間には綺麗な道ができてしまう。

 

「ソフィ!」


 私を視界にとらえたシュミット様は、ぱっと嬉しそうに笑った。

 反してこちらは、苦々しく顔をゆがめてしまう。

 

「……シュミット様、どうしてここに」


 シュミット様の出で立ちからは、今日の夜会へ参加するために来たとは思えなかった。

 エディン侯爵家へは戻っていないのか、シュミット様は簡素な服装に、腰には何故か見慣れない剣を下げている。


「君が珍しく夜会に参加するっていう噂を聞いたから。今日僕は隣国に出発するんだ。だからわざわざ君を迎えに来てあげたんじゃないか」


 私が問うと、シュミット様はやれやれと肩を竦めた。そんなことも分からないのか、とでも言いたげだ。

 確かに言われてみれば、シュミット様の服装は夜会用というより旅用という方がふさわしい。

 だが、私はシュミット様の迎えなど頼んだ覚えがない。


「迎えなんて必要ありません。私はもう二度とシュミット様と関わるつもりはありませんから、私のことは放っておいてください」


 私がはっきりと伝えたにもかかわらず、シュミット様は憐れむような視線を向けてきた。

 

「何を言う。君は、そこの王太子殿下に脅されでもしているんだろう? だから僕の元へ帰れないんだ。可哀想なソフィ」


「ウィリアム様はそんなことしません!」


 人聞きの悪いことを言わないで欲しい。

 ウィリアム様の事を悪く言われて、思わず私は身を乗り出して反論してしまう。

 そんな私を落ち着かせるためにか、ウィリアム様はそっと私の両肩に手を置いた。


「ソフィ、落ち着いて」


「す、すみません」

 

「それで、エディン侯爵家のシュミット、だっけ。ソフィから色々話は聞いてるよ。何しに来たの」


 ウィリアム様は言いながら、守るように私の肩を引き寄せる。

 

「そんなの、ソフィを取り戻しに来たに決まっているだろう!?」


 シュミット様は叫ぶように言うと、下げていた腰のホルダーから見慣れない長剣を引き抜いた。

 シャンデリアの明かりに照らされて、きらりと刃先が輝く。

 その瞬間、私たちの様子を遠巻きに見守っていた貴族たちから悲鳴が上がった。

 

「きゃあああ!」


 夜会の場に武器が持ち出されたことに混乱してか、多くの貴族たちが我先に出ようと広間の出入り口へ駆け込んでいく。


「ウィリアム殿下、ソフィを返せ! お前がいなかったら、ソフィは今度こそ心を入れ替えて僕の言うことを聞いて支えてくれたはずだ!」


 ――そんなわけないでしょ!? ウィリアム様のことがなくてもシュミット様とよりを戻す気なんかサラサラないわよ!!


 心の中では反論するものの、実際に口に出すような余裕はなかった。

 逃げ惑う他の貴族など目もくれず、シュミット様が長剣を振りかざして私たちに向かってきたからだ。


「ひ……っ」


 私は斬り付けられることを覚悟して、ぎゅと目を瞑る。

 だがその瞬間、私の体がふわりと浮かび上がった。


 ――え……。


 恐る恐る私は目を開ける。

 どうやらウィリアム様が私の体を横抱きに抱えあげ、後ろへ一歩下がったようだった。


「ソフィ、じっとしててね」


「は、はい」


 ウィリアム様は私にそれだけを言うと、放たれるシュミット様の大振りな攻撃を次々と交わしていく。

 その足取りは、私を抱えているはずなのに軽やかなものだ。先ほどまでのワルツを踊っていた時と何ら変わらない。ウィリアム様はただ淡々と避けている。


「この……っ!」


 対してシュミット様は、豪快に剣を振り回していた。

 ここが広間の中央で、開けた空間だったことがせめてもの救いだろう。おかげで周囲への被害はほとんどない。


「……君、剣握るの、初めて?」


 必死に剣を振り回すシュミット様に対して、ウィリアム様はぽつりと言った。


「何をっ」


「君の剣、避けるの簡単だから」


 ――ウィリアム様、サラッと挑発しないで!?


 ウィリアム様はただ思ったことを口にしただけなのだろう。だがストレートなその発言に、シュミット様は頭に血が上ったのかどんどんと真っ赤な顔になっていく。


 確かにシュミット様が剣に強いお方だとは、噂にも聞いたことがなかった。恐らくシュミット様の剣の腕前は、貴族の手習い程度だ。

 鍛錬場で騎士の剣を次々に避けていたウィリアム様にとっては、私を抱えた状態であってもシュミット様の剣を避けることくらい朝飯前のようなものなのだろう。


「この……っ!」


「殿下! ソフィリア様!」

 

 激昂したシュミット様がさらに大きく剣を振り上げたその時、横からエリオットの声が聞こえた。

 見れば、離れた位置にエリオットがいる。


 しかし、エリオットは片手に何故か銀のトレーを持っていた。軽食エリアに置いてあったものだろうか。


 ――なんで、トレー持ってるの?

 

 疑問に思ったのもつかの間、エリオットは手に持っていたそのトレーを、シュミット様に向かってフリスビーのごとくぶん投げた。


「いだ……っ!」

 

 シュミット様の横顔目掛けて投げられたトレーは、スコーンと見事顔面に命中する。

 その一瞬、シュミット様の体勢が崩れた。


「今だ、確保ー!」

 

 エリオットのそんな合図とともに、現れた衛兵たちの手によってシュミット様は取り押さえられたのだった。


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