47・夜会①
私たちが城の大広間にたどり着くと、夜会は既に始まっているようだった。
夜会の案内係が扉を開けた先では、多くの若い貴族たちが談笑をしたりダンスをしたりと、各々楽しげに過ごしている。
「ウィリアム王太子殿下、ソフィリア・ガーランド伯爵令嬢がいらっしゃいました!」
案内係が大声で広間へと呼びかけると、途端に広間にいたほぼ全ての貴族が、勢いよくウィリアム様の方へ向いた。
――うわすごい……。
驚きはするものの、貴族たちの視線がウィリアム様へ集まるのも当然だろうと思えた。
彼が王太子殿下、というのももちろん理由の一つではあるが、それ以上にウィリアム様は滅多に社交へ姿を現さない人だ。
夜会にウィリアム様が参加していることが信じられないのか、「まさか本当に本物?」「本物のウィリアム殿下?」というざわめきまで聞こえる。
「やっぱり夜会は人が多いな……」
貴族たちから一斉に注目を向けられても、ウィリアム様は平然としていた。さすがは王太子殿下というべきだろうか。堂々としている。社交が苦手だからか、貴族たちを見て若干嫌そうな表情ではあるが。
「すごいな、みんながソフィを見てる。綺麗だもんね」
ウィリアム様は私の手を引いて広間を進みながら、見当違いなことを呟いていた。ちなみにエリオットは、私たちの後ろを少し離れて着いてきている。
「あ、はは……」
――違います……! みんなが見ているのは私じゃなくてウィリアム様です!
……と思いはしたものの、この場で訂正するのが面倒な私は口には出さない。
ウィリアム様が鈍いせいなのか、それとも周囲に興味が無いからなのか。どうやら視線が自分に向けられていることに、ウィリアム様は本気で気づいていないらしい。
「それで、ソフィ。どうする? 踊る? それとも何か食べる?」
ウィリアム様は私へちらりと視線を向け、尋ねてきた。
静かに問われて、私は改めて広間内へ視線を走らせる。
広間内には、管弦楽の美しい調べが響いていた。
中央の開けた空間では、流れる音楽に合わせてワルツを踊る貴族たち。端の方では、立食形式で軽食とドリンクが振る舞われている。
――……正直今、何か食べられるような気分ではないわ……。
というのも、私はすっかり緊張してしまっていたのだ。喉にものを通せるような状態では無い。
「……久々の夜会に緊張してしまって。食事は後でもよろしいですか?」
ウィリアム様にはそう言ったものの、それだけが理由ではなかった。
久しぶりに社交へ参加して緊張している、というのは嘘では無い。だがそれ以上に、ウィリアム様の隣に立っていること自体に緊張していた。
なぜなら私の身体中に、貴族たちの視線が痛いほどに突き刺さっているからだ。
「ウィリアム殿下のお隣にいらっしゃるのって、ソフィリア様だよな? ガーランド伯爵家の妖精姫」
「あの方って、先日婚約破棄されたって噂じゃ……」
「たかだか伯爵家のくせに、どうして殿下にエスコートされているの……!?」
覚悟はしてきたつもりだったが、想像以上の注目度だった。
ウィリアム様が夜会へ参加していることへの驚きが落ち着いた貴族たちが、先ほどから私の方をじろじろと値踏みするように見ている。
――ひー……っ! 確かに私は、ウィリアム様への想いを貫き通すって覚悟は決めたわよ!? でもこれは想像以上にきついわ!
「ふ……。じゃあ踊ろうか」
内心私がだらだらと冷や汗をかいていることなど知るわけもないウィリアム様は、ふっと口元をゆるめて微笑んだ。
私の手をくいと軽く引っ張って、そのまま広間中央へ進み出る。
その時タイミングよく音楽が切り替わった。次の曲の始まりに合わせて、私とウィリアム様はワルツを躍り始める。
「ウィリアム様は、緊張されていないんですか?」
そもそも社交が久々な私はワルツを踊ることも久々だ。
教養としてダンスは習っていたので一応踊れはするが、ウィリアム様の足を踏んづけてしまわないかヒヤヒヤしてしまう。
「俺? 特には。ああ、でも……、君と踊るのは緊張しているかも」
ウィリアム様はそう返してくるが、とても緊張しているように思えない。いつもの平然とした様子で淡々と踊っている。
そんなウィリアム様のリードはとてもうまい。ダンスは久しぶりであるはずの私が、とても踊りやすいのだ。
――神様って不公平ね。
天は二物を与えず、と言うが、ウィリアム様は二物も三物も持っている。
この人は仕事も剣術もそつなくこなしていたというのに、ダンスまでできるのか。
その代わり人への関心が極端に低いが、それでようやく釣り合いが取れるというものだ。
これでウィリアム様が社交性まで兼ね備えていたら、完璧超人すぎる。
「あそこで踊っているのって、ウィリアム殿下とソフィリア様だよな」
「美男美女でお似合いだわ……」
踊る最中、周囲の貴族たちのそんな声と「ほう……」というため息が聞こえた気がした。それと共に、私へ向けられる視線の強さが和らいだように感じられる。
――もし、私とウィリアム様がお似合いに見えているのなら嬉しいわ。
ウィリアム様と楽しく踊ったおかげか、いつの間にやら私の緊張はほぐれていた。
やがて音楽が終わり、踊り疲れた人たちは端の方へ移動していく。
周囲の貴族が入れ替わる中、ウィリアム様は私の手を取ったまま、じっと真剣な瞳で見下ろしていた。
「ソフィ」
「……ウィリアム様?」
――どうしたのかしら。次の曲も踊るの?
首を傾げて名前を呼ぶと、ウィリアム様は繋いだままだった私の手を握る力を少しだけ強めた。
「君に伝えたいことがあるんだ」
「はい、なんでしょう」
「……俺の――」
ウィリアム様が何か言いかけたその時だ。
広間の入口である大扉が音を立てて開かれた。
「ソフィ! ソフィ! 迎えに来たよソフィー!」
同時に、私が最も聞きたくないと願っていた男の声もする。
――げっ! この声は……!
私とウィリアム様が広間の入口の方へ視線を向けると、そこには案の定シュミット様の姿があった。




