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W婚約破棄された伯爵令嬢はクーデレ王太子から愛されていることに気づかない  作者: 雨宮羽那
第5章

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46・ガーランド伯爵と殿下


 王城では、定期的に貴族を招いての茶会や夜会が催されている。

 ウィリアム様と共に参加すると約束した夜会の日は、あっという間にやってきた。


 先日城で遭遇した日以降、シュミット様が私の前にやってくることはなく、平穏な日々が続いている。平和すぎて逆に不気味だ。


「お嬢様、お綺麗です……! やっぱり妖精姫の異名は伊達じゃありませんね!」


「……ありがとう」


 薄桃色の夜会用ドレスを身にまとった私は、自室の鏡の前でメイドと共に最終確認を行っていた。

 メイドによって綺麗に編み込まれた私の髪は、ウィリアム様からいただいたリボンで結われている。

 リボンに合わせて選ばれた紺色のサッシュベルトが、薄桃色のドレスに美しく映えていた。

 ウィリアム様が気に入ってくれるといいけれど。


 ――でも、なんで待ち合わせを城じゃなくて私の屋敷に指定してきたのかしら……?

 

 準備の終わった私は、椅子に座ったままぼんやりと姿見を眺めて考える。

 当然だが、夜会は王城の大広間で行われる。

 婚約者がいる場合、男性側が女性側を迎えに行くのが通例ではあるが、ウィリアム様の場合は別だろう。正直、また城に戻ることになるので手間でしかない。

 一応、城で待ち合わせようと提案はしたのだが、ウィリアム様は「大丈夫だよ、他に用事もあるから」といって私の申し出を断ったのだ。

 

 ――それに、他の用事って?


「お嬢様ー! ウィリアム殿下がいらっしゃいましたよー!」


 私があれこれ考えていると、ようやく待ち人がやってきたらしい。

 メイドがばたばたと室内へ入ってきた。


「今行くわ」


 私はメイドの後について自室を出る。

 エントランスホールへ向かうと、そこには黒の燕尾服を身にまとったウィリアム様がたたずんでいた。

 ウィリアム様の後ろにはエリオットが控えており、階段から降りてくる私に気づいてこちらへ大きく手を振った。


「今夜はお迎えいただきありがとうございます、ウィリアム様」


 二人の目の前までたどり着いた私は、ドレスの裾をひいて挨拶をする。

 エリオットは着飾った私を見て、わあっと歓声を上げていた。


「殿下殿下! 着飾っているソフィリア様は新鮮ですねえ! 俺、妖精姫なソフィリア様を直接見たの初めてですよ!」


 確かに、言われてみればこの姿でエリオットの前に立つのは初めてだ。

 エリオットはいつも通りテンション高く反応してくれるのだが、今日のウィリアム様はどうしたのだろう。

 ウィリアム様は静かな方ではあるが、今夜は異常だ。いつもであれば挨拶くらいは返してくれるだろうに、今日はまだ反応が一つもない。


 ――ウィリアム様?

 

 不思議に思って私が見上げれば、ウィリアム様は私の姿をただじっと見下ろしていた。

 そこまでまじまじと見られると恥ずかしい。

 

 ウィリアム様はしばらくこちらを見つめていたが、やがて口を開いた。

 

「……ソフィはいつも綺麗だけど、今日は特別に綺麗だ。ドレスも、リボンも、似合いすぎていて見とれてしまった」


 ――それは、ずるい……!


 ウィリアム様の言葉はいつもストレートだ。

 ふっと口元をゆるめて告げてきたウィリアム様の褒め言葉に、どうしても私の頬が熱くなってしまう。

 

「……っありがとう、ございます」

 

 当のウィリアム様は照れも何もないようで、ただ目元を細めて微笑んでいた。


「やぁやぁ、殿下! ようこそいらっしゃいました!」


 そこへ父の声が割り込んできて、私はハッとする。

 声のした方を見遣れば、父が大股でエントランスにやってきていた。やけに機嫌が良さそうだ。

 

「騎士団長。先日連絡した通り、話があるんだけど。いい?」


「もちろんでございます。ささ、客間へどうぞ」


「え? ウィリアム様、話って?」


 父とウィリアム様は、顔を合わせたと思ったら何やら客間へ移動しようとしている。

 ウィリアム様の言っていた用事とは、父と話すことだったのだろうか。

 というか、一体何を話すつもりなのだろう。

 

「すぐ終わるから」


 混乱する私にウィリアム様はそう言うと、父と共に客間へと消えていった。


 

 ◇◇◇◇◇◇


 

 数十分後。

 客間から出てきた父は、豪快な男泣きをしていた。

 父の後ろをついてエントランスへ戻ってきたウィリアム様は、いつも通りのすました表情を浮かべている。


「うっうっうっ……。ソフィ……!」


 ――なにごと……!? なんでお父様ったら号泣しているの!?

 

 大男が背中を丸めてボロ泣きしているものだから、いくら彼の娘であってもぎょっとしてしまう。


「今度こそ幸せになぁ……!」


「え? な、なに? どういうこと?」


「まぁまぁ」

 

 ウィリアム様と父はなんの話をしていたのだろう。

 父の言動の意味がわからず目を白黒とする私に、エリオットが訳知り顔で私の肩をぽんと叩いた。


 ――エリオットは何を話していたか知っているの?


 一人私が首を捻っていると、目の前にすっと手が差し出された。ウィリアム様の手だ。


「用事も終わったし、それじゃ行こうか。ソフィ」


 二人が何を話していたのかは気になるが、ウィリアム様は私に教えるつもりは無いようだった。恐らく聞いたところで、今はエリオットも父も教えてはくれないだろう。


「……はい、ウィリアム様」

 

 二人の話のことは一旦忘れることにして、私はウィリアム様の手に自分の手を重ねた。

 


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