44・殿下の部屋で①
微妙に不機嫌そうなウィリアム様は、私の腕を引いたままどんどんと城の奥へ進んでいく。
城で働く私でさえ、立ち入ったことのない場所だ。
奥へ進んでいくごとに、扉の前や廊下に立つ衛兵の数がどんどん増えていく。
――この辺って、もしかして王族以外立ち入り禁止の区域じゃないの……!?
城には、王族しか立ち入ることが出来ない場所というものがいくつか存在する。いわゆる、王族の居住空間があるようなエリアだ。
もし今いる場所がそれにあたるならば、警備が厳重であることに納得である。
ウィリアム様は廊下の突き当たりまでやってくると、そこにある大きな扉を開けた。
「ここは……」
広い室内は、シンプルながらも整えられた空間が広がっていた。
本棚と、小さなテーブルセット。大きな窓辺の前には猫足のソファがある。部屋のさらに奥には、大きなキングサイズのベッドが置かれているのが見えた。
「俺の部屋。城の中ではかなり安全な場所だから」
――ウィリアム様の部屋なら確かに安全だわ。
普段ウィリアム様の態度がフランクだからか強く意識することはないが、ウィリアム様はこの国の第一王位継承権者。王太子殿下だ。
女王に次いで、彼の身辺の警備は厳重のはずだ。
ウィリアム様はソファに腰掛けると、私にも隣に座るように促した。
目の前に広がる大きな窓からは、茜色の空が一面にみわたせる。
その暖かな光に、私はほっとするのを感じていた。
どうやら私は、シュミット様と対面して思った以上に緊張していたらしい。
「あの男は確か……君の婚約者だった男だっけ」
私が落ち着いたのを見計らってか、ウィリアム様が静かに尋ねてきた。
「大丈夫だった? なにかされてはいない?」
「それは、大丈夫です」
ウィリアム様は心配そうだった。
私はウィリアム様を安心させようと、どうにか口元だけでも笑みの形を作ろうとする。
しかし上手くできていないようで、ウィリアム様は気遣わしげな視線のままだった。
「何があったか、聞いてもいい?」
ウィリアム様に要らぬ心配をかけたくなかったので、もともとシュミット様のことを話すつもりはなかった。だが、助けてもらった手前話さないわけにはいかないだろう。
私はウィリアム様に、シュミット様との出来事を話すことにした。
「実は……昨日――」
私から一通りの事情を聞いたウィリアム様は難しい顔つきになった。
「……それで、君はあの男とよりを戻すつもりなの?」
ウィリアム様は考え込むように視線を少し落としたまま、ぽつりと尋ねてくる。
「そんなまさか!! シュミット様とよりを戻すなんて、天地がひっくりかえっても有り得ません!」
――とんでもない! 私はウィリアム様のことが好きなのに、シュミット様とよりを戻すわけがないわ!
即座に私が否定すると、ウィリアム様は安堵したようだった。
「じゃあ次の夜会、俺と一緒に参加しよう。君が王太子の恋人だって、社交界で噂になったら、あの男も多少は手を出しにくくはなるだろ」
「……ありがとうございます」
ウィリアム様の提案は、私が周囲の貴族から認められるのかという別の不安があるものの、ありがたいものだった。
確かに私とウィリアム様の関係が知れ渡れば、シュミット様への牽制にはなるだろう。
それに、ウィリアム様は社交が苦手だったはず。それなのに、私のために社交へ顔を出そうとしてくれている。彼がそんな提案をしてくれたこと自体が嬉しいのだ。
――ウィリアム様は、本当にお優しいわ。
しかし私の返事を聞いたあと、ウィリアム様はすぐに難しい表情に戻ってしまった。
――どうしたのかしら。
ウィリアム様は、どうしてそんな表情をしているのだろうか。眉根を寄せて一人思い悩むような表情を。
「ウィリアム様……?」
私は心配になって、隣に座るウィリアム様をじっと見上げる。
「……俺は、どうしてこんなにイラついているんだろう」
――イラつく? それは私に? それともシュミット様に?




