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W婚約破棄された伯爵令嬢はクーデレ王太子から愛されていることに気づかない  作者: 雨宮羽那
第4章

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37・胸が痛む


 執務室を飛び出した私は、屋敷へ帰るためにとぼとぼと城のエントランスを目指していた。


 ――はぁ……。私、ウィリアム様にとても失礼なことをしているわ。


 一体全体どうしたらいいものやら。

 

 私のことを好きだと思ってくれたウィリアム様の気持ち自体は、嬉しいのだ。

 私だって、ウィリアム様のことが好きなのだから。


 ウィリアム様の気持ちに応えることを躊躇ってしまうのは、身分の差を気にしてしまうからだ。

 私は、いくら王家と縁がある家系とはいえたかが伯爵家。

 対してウィリアム様は、将来このエルエレリア王国を背負って立つことになる王太子殿下。


 いくら想い合っていたとしても、超えられない身分の壁がある。


 ――いっそ誰かに相談すべきかしら……。


 私の頭の中に、相談に乗ってくれそうな知り合いの顔は次々と浮かぶ。

 エリオットにお父様に、屋敷のメイドたち……。

 良くも悪くも、私以上にノリノリで相談に乗ってくれそうだ……。


「はぁ……」


 私が溜息をつきながら、エントランスへ続く階段を降りようとしたその時。


「いやぁ、最近のウィリアム殿下は以前よりも表情が明るくなりましたな」

「エルエレリアの未来も明るいですなぁ」

 

 階下から、そんな笑い混じりの話し声が聞こえてきた。

 聞こえてくる会話の中にウィリアム様の名前があったせいで、私は思わず足を止めてしまう。


 ――誰が話しているんだろう……?

 

 階段の上から、下の様子をちらりと伺ってみる。

 どうやら階段の下、エントランスで話しているのは二人の貴族のようだ。

 どちらも年は、父と同じくらいに見受けられる。


「そういえば殿下は、最近ガーランド伯爵家のソフィリア嬢と仲がよろしいようだ。ついこの間お二人が中庭で昼寝をされているのを見た」


 ――えっ! あれ人に見られていたの!?


 衝撃的な発言が聞こえてきて、うっかり声を出してしまいそうになる。私は慌てて、自分の口元を手で押えた。


 ――ウィリアム様と二人揃って寝こけているところを誰かに見られていたなんて恥ずかしすぎる!


 まさかあの姿を人に見られているとは思わなかった。

 中庭周辺にはほとんど人が通らないから、すっかり油断していたのだ。


「ほほー……それはそれは。殿下はこの間、ご婚約が破談になったばかりではなかったか?」


「そうだ。陛下は殿下の次の婚約者候補も探されていないようだし……何を考えているのだ」


「まあまあ……」

 

 貴族のうち一人は、明らかに陛下への不満を抱いているようだった。

 もう片方の貴族はここが城のエントランスということもあってか場を取りなそうとしているが、不満を抱く貴族はヒートアップしていく。


「そもそも、未婚の王族に異性の補佐官が付けられること自体異例だぞ? もともとわしの息子が殿下の補佐官候補であったのに……。何故ソフィリア嬢なのだ」


 ――それは確かに……。


 今更と言えば今更な疑問ではあるが、なぜ私がウィリアム様の補佐官に選ばれたのだろう。

 先ほど貴族の男性が言った通り、本来であれば未婚の王族にあてがわれる執務補佐官は同性のはずだ。

 

 その理由は単純明確で、万が一にも身分の釣り合わない相手と色恋に転じられると困るから。

 まさに、今の私とウィリアム様の状況であるから笑えない。

 

 執務補佐官は、仕事上多くの時間を同じ部屋で王族と過ごすことになる。

 歳の近い異性が近くにいれば、色恋沙汰に発展する可能性が高くなる。

 未婚のうちはその要素を排除しよう、というのが習わしだ。

 陛下だって、その習わしは当然知っているはず。


「いくらあのガーランド家と言えど、たかが伯爵家だぞ? 殿下と何か間違いでもあったらどうする」


 下から響いてきたその声は、ぐさりと私の胸に突き刺さった。


 たかが伯爵家。


 私だってそう理解していた。だが、同じ評価であっても他者から評価されるものは違う。

 冷たい現実を突きつけられるようで、胸が痛い。


 ――分かっているわよ。私が、ウィリアム様と釣り合ってないことくらい。


 今はまだ、ウィリアム様の次の婚約者は決まっていないらしいが、いずれ決まるだろう。

 私よりも身分の高い素敵な女性が、ウィリアム様の隣に立つ。

 そうなる未来が来ると分かっているから、だから私は軽々しくウィリアム様へ返答が出来ないのだ。


 ――苦しい……。

 

「まぁまぁ。陛下には陛下のお考えがおありなのでしょう……」


 二人の貴族がエントランスを出ていく。

 私は階段から一歩も踏み出すことが出来ずに、泣きそうな心地でぎゅっと胸を押えていた。

 


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