36・ソフィリアは逃げる(途中からsideウィリアム)
ウィリアム様に告白された日から数日が経った。
あの日から私は、ウィリアム様の顔が真っ直ぐに見られなくなってしまっていた。
なんだか気恥ずかしくて直視できないのだ。
それに何より、ウィリアム様と二人きりになるのも怖かった。
ウィリアム様に真っ直ぐな視線を向けられたら、逃げられなくなってしまうから。
しかし、私のそんな状態など知るわけもないウィリアム様は、構わずいつも通り……否いつも以上に話しかけてくる。
「ソフィリア、仕事のことだけど……」
「この書類ですよねっ! はいどうぞ!」
「ソフィリア、もし良ければ今日の昼も一緒に過ごさない?」
「ご、ごめんなさい! お昼は用事が!」
……というふうに、結果的に私はウィリアム様を避けまくることになってしまっていた。
どうにか今日も午後まで乗り切ったが、いつまでこんな日々が続くのだろうか。
現実問題として、いつまでもウィリアム様を避け続けるというわけにはいかないだろう。
私はウィリアム様の執務補佐官であり、ウィリアム様は私の上司でもあるのだから。
私はそうそうに、自分の想いと向き合わねばならない。
――分かってる、けど……。
「ソフィリア、仕事が終わったみたいだけど、この後時間ある?」
「すみません、この後父に呼び出されておりまして!!」
本当は父に呼び出されてなどいないが、咄嗟に名前を使ってしまった。
――今はまだ無理……! お父様、勝手に理由に使ってごめんなさい!
私の仕事が終わったことを察して近づいてきたウィリアム様から逃げるようにして、私は執務室を飛び出した。
◇◇◇◇◇◇
ソフィリアが執務室を出ていき、残されたウィリアムはしゅんと項垂れた。
執務室にある簡易の給仕室から出てきたエリオットは、項垂れるウィリアムの様子を見てぎょっとしたように目を大きく開いた。
「殿下、珍しくもあからさまに落ち込んでどうしたんですか? ソフィリア様も様子がおかしいし……」
「……俺は、ソフィリアに嫌われたのかもしれない」
「うーん……。あの反応は違うと思いますけどねぇ……」
エリオットはトレーに乗せていた二つのティーカップの内、一つをウィリアムの机の上に置いた。カップの中からは、なみなみと注がれた紅茶が白い湯気を立てている。
本来はソフィリア用にと入れたもう一人分の紅茶をエリオットは自席へと持っていくと、ウィリアムの方を見た。
「殿下、ソフィリア様と何かあったんですか?」
(……そういえば、エリオットに報告していなかったな)
ここしばらく、ウィリアムからソフィリアへの恋愛相談のような報告を受けていたエリオット。だが、今回は報告を受けておらず事情が分からないようだった。
紅茶を飲もうとティーカップを傾けているエリオットへ、ウィリアムは事情を話すことにした。
「何も……。ただ、ソフィリアに好きだと告げただけだ」
「ぶーーーー!!」
ウィリアムがそう話した途端、エリオットは口に含んだばかりの紅茶を盛大に吹き出してしまった。
幸い仕事が終わったばかりということもあってか、机の上に書類が一枚もなかったことが救いだ。
「殿下! 何しれっと告白してんですか!」
エリオットは慌てて自身のハンカチで机を拭きながら、ウィリアムへ叫んだ。
「ダメだったのか。エリオットに言われた通り、思ったことをソフィリアに伝えただけなんだが」
「確かに言いましたけども……!」
エリオットは「誰がいきなり告白しろと!?」とか何とかボヤいている。すっかり混乱してしまっているようだった。
「そりゃいきなり告白されたらあの反応にもなりますよ!! もっとこう、順序というものを踏んでですねぇ……!」
エリオットは呆れたようにため息をついている。
ではどうすれば良かったのだろうか。
どうすれば、ソフィリアを困らせずにすんだ?
(どうしたら、ソフィリアに笑ってもらえる?)
ウィリアムの今の想いはただ一つ。
またソフィリアの笑顔が見たい。それだけだった。
「仕方がない……。俺がソフィリア様に少し話を聞いてみますから、殿下はそれまで大人しくしておいて下さい」
エリオットのそんな言葉は、考え事をしているウィリアムの耳からはすり抜けていくだけだった。




