26・ガーランド伯爵家は賑やか
――どうしよう。
私は屋敷に戻ったあと、自室の姿見とにらめっこをしていた。
――視察とは言ってもオペラ鑑賞に同行するのだから、一応もう少し着飾るべき?
クローゼットから取り出した夜会用のドレスを、今着ている仕事用のシックなドレスの上に押し当てる。この動作を繰り返すこと、はや1時間。何度も何度も見比べている。
――いやいや、執務補佐官の仕事として同行するのよ? 仕事着で充分に決まっているわよ。
今着ている仕事着でも、オペラ鑑賞をするにはなんら問題はないのだ。
品のある服装であれば、 劇場で浮いたりはしないのだから。
しかし「もう少し華やかにした方がいいのでは?」と、また堂々巡りに私の思考が巻きもどる。
すっかり考えつかれてしまった私は、ドレスを持ち上げていた手を下ろしてため息をついた。
「……結局、どういう服装で行けばいいのかしら」
私ひとりでいくのなら、こんなにまで服装で悩みはしないのだ。
私が悩むのは、執務補佐官としてとはいえ、ウィリアム様の隣に立たねばならないから。ウィリアム様に、恥をかかせたくないから。
――はぁ、自分が嫌になるわ。
明日はウィリアム様に仕事で同行するのだ。
わかっている。
だけれど、浮かれている自分がいるのも確かだった。
――まるで、デートみたい、だなんて。馬鹿らしい。
私が再度ため息をついていると……。
「恋だな」
「恋ですわね、旦那様」
「お嬢様が恋……。執事として嬉しゅうございます」
背後からキャッキャとはしゃぐ声が聞こえてきた。
「違うから!!」
否定しながら勢いよく扉の方を振り返れば、父とメイドと執事長が顔を縦に並べて覗き見をしていた。
いい大人であるはずの三人が、揃いも揃って何をしているのだろうか。
父は言わずもがな、一番私と歳が近いメイドですら10は上のはずだ。執事長にいたっては今年で還暦を迎えると聞いた。そんな三人がキャッキャと少女のようにはしゃいでいるのだから、私が半ば呆れてしまうのは仕方がないだろう。
「一体何が違うと言うんだ!」
私が三人の姿に気づいたことでもう隠れる必要も無いと思ったのだろうか。父は、ばあん! と勢いよく扉を開け私の部屋へ乱入してきた。扉が壊れてしまいそうな勢いだ。こちらはヒヤヒヤしてしまう。
父の後について、メイドと執事長も部屋へ入ってきた。
「年頃の乙女が鏡の前で悩み顔! 恋としか考えられない!」
父は熊のような図体をしているくせに、思考が乙女チックだ。
微妙に言い当てられて内心ドキリとするが、父親を相手にそれを認めるのは気恥ずかしかった。
「仕事で着ていく服装を考えていただけだから!」
「ただの仕事ならいつもの格好をして終わりだろう! 一体どんな仕事なんだ! お父様に言ってみろ!」
――ぐっ!
言い返した私に、父も負けじと言い返してくる。
さすがは父親と言うべきか、確かに父の言う通りだった。いつもならば、こんなにまで悩みはしない。
しかし、もうこうなれば売り言葉に買い言葉と言うやつだった。
「お、王立劇場の視察だわ! エリオットの代わりに、オペラ鑑賞をされるウィリアム様の同行をするだけよ!」
引くに引けなくなって正直に答えた私に、父を含めた三人は揃って口元を両手で隠し、目をキラキラと輝かせた。
「ひゅーー! 完全完璧にデートじゃないか!」
「きゃー! 王子様とデート! うらやましーい!」
「ああ、奥様が生きていらしたら喜ばれたことでしょう」
はやし立てる父と、若い乙女のようにはしゃぐメイドと、ハンカチを片手に涙ぐむ執事長。
三者三様の反応がうるさくて、見ているこちらは混乱してしまいそうだ。
「違うから! 仕事よ! 別に二人っきりっていうわけでもないし!」
反論はしたものの、三人はそれぞれ自分の世界に入っており、私の声など耳に入っていないようだった。
その後、私は三人に世話を焼かれ、やれ髪型はどうの服装はどうのと勝手にレクチャーされることになったのだった……。




