25・ぼんやりソフィリア
翌日。
私は執務室でいつものように仕事をしながらも、昨日のブランカ様とシュミット様の一件を思い返していた。
あれから二人はどうなったのだろうか、と。
「……――で、そういうわけなので、ソフィリア様に俺の代わりを頼んでもいいですか?」
「え?」
突然自分の名前が向かいから聞こえてきて、私ははっと我に返った。
どうやらエリオットが、私に向かって何やら話しかけていたらしい。
ぼんやりと考え事をしていたせいか、声をかけられていたことにまったく気づかなかった。
「……ごめんなさい、エリオット。話を聞いていなかったわ」
エリオットに対して失礼なことをしてしまった。私が素直に謝ると、エリオットは不満げに唇をとがらせながらもどこか心配そうな瞳を向けてきた。
「もー! ソフィリア様、今日はどうしたんですか? ぼーっとするなんて珍しいですね」
「……そうね」
私は少し顔を俯かせた。
ブランカ様とシュミット様のことはもう、私には関係ないはずだ。
それなのに、私がこんなにも二人のことを考えてしまっている理由は、何となく分かっていた。
きっと、昨日のブランカ様に妙な親近感を抱いてしまったせいだろう。
シュミット様の考えに反発したのは、私も同じだったから。
「ソフィリア、なにかあったのか?」
「はっ!?」
思ったよりもすぐ近くからウィリアム様の声が聞こえてきて、私は顔を上げる。
いつの間に私のそばまで来ていたのだろう。
気づけば、ウィリアム様が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
あまりの近さに、思わず私の心臓がどきりと跳ねる。
――近いって!
ウィリアム様と親しくなれたのはいいものの、じっと見つめてきたり急に近づいてきたりと、最近距離感がおかしい!
そもそもウィリアム様は、対人関係への興味が薄いのではなかったのか。
私に対して興味を持ってくれているのはわかったから、急に近づいてくるのは心臓がもたないから勘弁して欲しい。
「だ、大丈夫です!」
私がウィリアム様から逃げるようにぴんと背筋を伸ばして座り直すと、ウィリアム様も少しだけ距離を取ってくれた。
といっても半歩後ろに下がってくれただけだが。ほんの少し開いたその距離にほっとする。
「そ、それで、エリオット、さっきは何を話していたの!?」
誤魔化すように話を振ると、にまにまとこちらの様子を眺めていたエリオットは「ああ!」と思い出したように声を上げた。
「えっとですね、俺、明日は所用がありまして、夕方以降お休みをいただこうと思いまして」
「へぇ、そうなの」
何となく、エリオットはいつもウィリアム様の傍に控えているイメージがあったものだから、休みをとるという言葉が意外に思えた。
しかし、エリオットも人間だ。休みは必要だろう。
私の相槌に、エリオットは「そうなんです」とやけに神妙な面持ちで頷き返してくれた。
――ん? なんだか、エリオットのこの表情、少し前にも見た覚えがある気がするわ。
私は妙な既視感をおぼえるが、いつどこで見たのかすぐには思い出すことができなかった。
「ただ明日、殿下は外での公務が入ってしまっているんですよね。夜遅めなので俺が殿下に付き従う予定だったんですけど、無理そうなのでソフィリア様に俺の代わりとして殿下のお供をして頂きたいな〜、と!」
「ふむふむ……ってええ!?」
――それってもしかして、私一人で!?
エリオットの話を一拍遅れて理解した私は、ぎょっと目を見開いてしまう。
今まで執務室で仕事をしている時も、フェルゼン領へ視察へ向かった時も三人だった。
女王陛下の執務補佐官をしていた時に視察へ同行したことはあるが、他の執務補佐官たちも共にいた。
完全に自分だけで補佐を務めるのは初めてで経験がないことだった。
これは責任重大だ。
「もちろん、夜間労働手当も出ますし、護衛もついて行くので危険はありません!」
「そ、それは構わないけれど……」
エリオットの言うようなことは心配していないけれど、どうしても緊張はしてしまう。
私の緊張まじりの返答を聞いて、エリオットはなぜか、
「よっし!」
とぐっと拳を握りこんでガッツポーズをしていた。
――よし?
一体なにがよしなのだろう。
私の疑問の視線を感じとったのか、エリオットは誤魔化すように笑った。ガッツポーズをなかったことにしようとしているのか、手のひらを擦っている。
「ちなみに、公務ってどんな内容なの?」
そういえば今回はどんな仕事内容なのか聞いていなかったことに気づいて、私はエリオットに尋ねてみた。
以前は、女王陛下の代わりに領地の視察という仕事だったが、今回はどこへ行くのだろう。
「王立劇場の視察で、殿下はオペラを鑑賞予定です!」




